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プロローグ 檻の予感 ― 白い灯の下、拒まれた言葉
―― 番でも、恋人でもない始まり。
深夜の編集フロアは、白すぎた。
窓に映るのは、俺だけの影。
欲しかった言葉は、まだどこにもない。
ディスプレイもコピー機も眠り、蛍光灯の唸りだけが残る。
同僚が置いていった刺のような台詞は、まだ背中に残っていた。
「Ωはどうせ印に縛られる」
「ヒートで現場止めるんだろ」
笑ってやり過ごすしかない。
それでも喉は渇き、指先は紙のように乾いて、提出済みの台本を無意味になぞる。
本当は、欲しかった。
その呼び名で。
恋人だと呼ばれる――ただその一言だけが。
飴玉みたいに甘いはずの願いは、手に届く前に溶けて消える。
「……俺たちって、恋人っぽいですよね」
小さな独り言の先で、足音が止まる。
振り返らなくてもわかる。
広告代理店のディレクター、春臣。
俺の上司であり、β。
間がひとつ落ち、空気が薄くなる。
視線がこちらを射抜き、次の一言だけが冷たく落ちた。
「くだらねぇ。そんな呼び名、要るか?」
胸の奥が遅れて沈む。
息を吸ったはずなのに、肺のどこにも空気が触れない。
俺は番でも、恋人でもない。
それでも、この人から目を逸らせなかった。
窓の向こうで街が瞬く。
言葉のない関係のまま――夜が始まる。
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