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〝ダチ〟
◆
いつもは部屋にこもってスマホとにらめっこしてる時間だから、この夜の街はすごく新鮮というか、独りだったら耐えられない独特の雰囲気がある。
隣を歩く蓮くんは、あんまり違和感が無いどころか溶け込みすぎていて僕は気後れしてしまう。
夜の八時を過ぎても明るい街並みが物珍しくて、ずっとキョロキョロする僕を見て何度もクスクス笑っている蓮くんは、さっきとは打って変わって機嫌が良さそうだ。
まだ高校生の僕が出歩いても問題無い時間なんだけれど、夜に街を出歩くのが初めての僕は何もかもが物珍しい。
「ちゃんと連れて帰るからそんなにビビんなよ」
「ど、どういう意味ですか」
「今の蜜は、ドナドナって感じだから」
「ドナドナ……?」
「いや……なんでもない」
そう言ってまたクスクス笑う蓮くんは、やっぱり機嫌が良さそうに見える。
僕を心配するあまりキレてた時とは違って、というかいつもの団らん中でさえ拝めないほどレアで眩しい笑顔がたくさん溢れていた。
「あの……」
「ん?」
「蓮くんはやっぱりお姉ちゃんと一緒にいた方が……」
僕の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれる蓮くんにトコトコついて来たはいいものの、お姉ちゃんを差し置いて僕が隣にいるのは違うんじゃないかと、立ち止まって不安を訴える。
何日か分の着替えを入れた鞄は、とりあえず蓮くんのお家に置かせてもらった。
今日は金曜日。週末は蓮くんのお家で過ごすように言われて、荷物を詰めていた僕の頭の中はまたもクエスチョンマークでいっぱいになった。
「証拠ゲットのチャンスだから」
「あぁ……! そういう事ですか」
「明日から動く予定だったけど、事情が変わったからな。花にも羽を伸ばしてもらおうじゃん」
「…………」
ニヤッと笑う蓮くんの言葉には、皮肉がたっぷり込められている気がした。
僕をそばに置くのは、お姉ちゃんを〝友達〟のところに行かせるためで、それが一日早まったからって蓮くんにとっては好都合でしかない、という事か……。
「もしかして今……」
「そう。追跡中」
「そうだったんですか……!」
闇雲に僕を連れ回していたわけじゃなく、実は目的があったなんてさすが蓮くん。
……じゃなくて、僕にとっては気が進まない尾行を知らずに実行していたと知って、さすがに気まずくなった。
蓮くんは、お姉ちゃんが確実に浮気していると踏んで『花もダチんとこに泊まれ。また親父が帰ってくるかもしんねぇだろ』と、さも親切な恋人のように言ったんだ。
「でも、あの……お姉ちゃんがどこに行くかなんて分からないですよね?」
「それが分かるんだな」
「えっ」
ほら、と右斜め前を指差した蓮くんは、少し屈んで僕と目線を合わせた。
その指先を目で追うと、そこは想像通りの居酒屋みたいなお店で、今まさにお姉ちゃんが誰かと入店するところだった。
「お姉ちゃ、……!」
「シーッ。コラッ、尾行中に声かけるヤツがいるか」
「すみません……っ」
だって、だって……!
お店に入って行ったお姉ちゃんは、知らない男の人と一緒だった。
明らかに年上だと分かる出で立ちのその男の人は、ビシッとスーツを着て、四角い鞄を手に持ち、典型的なサラリーマンという感じ。わりと派手な外見のお姉ちゃんとは、接点が無いように見えたんだ。
蓮くんに叱られてしまったけれど、僕は声を掛けようとしたわけじゃない。
ついつい、「その人は本当に友達なの」って思いが口をついて出ただけだ。
「友達……」
「……には、見えねぇよな」
「…………」
頷きたくなかった。
僕にも到底、二人が〝ダチ〟には見えなかったから。
ただ、まだお姉ちゃんが黒と決まったわけではないよ。
会社の先輩とか、取り引き先の人とか、ほら……社会人になれば交友関係は広がると聞くし、蓮くんの口振りからも浮気相手の特定にまでは至ってなさそうだから、決め付けるのはよくない。
「とりあえず今日はここまでにしとくか」
スッと背筋を伸ばした蓮くんが、ふと僕を見る。
てっきりもう少し見張ってるのかと思いきや、入店だけを見届けて満足したらしい。
「え、もう尾行は終わりですか」
「出てくるまで待つ?」
「いや……」
決定的な証拠を掴むためには、もっと長い時間をかけて二人を尾行した方がいいんじゃないかなと、まるで僕の方が尾行にノリノリみたいな発言をしたせいで蓮くんが揶揄ってきた。
そういうわけじゃ……と口ごもる僕の頭を、ニヤついた蓮くんが子どもみたいにぽんぽんと撫でてくる。
「じっくり行こう。焦ってもしょうがねぇ」
「……はい」
この時から、僕はようやく何かがおかしいと気付き始めた。
頭をぽんぽんされて浮ついて、無意識にドキドキしながらもちゃんと矛盾を感じていた僕は、自分でもよく分からない感情を持て余す。
なんで蓮くん、笑ってられるの?
あの店内で、彼女であるお姉ちゃんが知らない男の人と二人きりで居るのに、蓮くんは腹が立たないの?
恋愛経験の無い僕には、恋人に浮気されて問い詰めたいと思ってる側の蓮くんの上機嫌な理由が、さっぱり分からなかった。
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