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〝ダチ〟②
◆
「好きに過ごしてくれていいから。あ、でも必要なものがあって向こうに取りに行く時は、絶対に一人で行かない事」
「……はい」
帰宅早々、蓮くんの部屋がある二階に案内されて一言目に釘を刺された。
整理整頓された六帖くらいの部屋はどう見ても清潔そのもので、いつもふわっと香る蓮くんの匂いでいっぱい。
促されてもなかなか座れないくらい、好きな人の生活空間にドキドキした。
だから、空返事だったかもしれない。
「向こうには俺も一緒に行くから」と床であぐらをかいて座る蓮くんが見上げてくると、心臓がドクンと大きく弾む。
蓮くんの部屋で二人きり、だなんてシチュエーションは想像すらしていなかった。
普段は必ずお姉ちゃんが間にいて、僕と蓮くんは一人漫談みたいに饒舌なお姉ちゃんの話を聞く。時々二人きりになるタイミングはあったけれど、僕がカチコチになるから会話らしい会話は出来なくて。
そんな僕の緊張感が伝わっていたのか、蓮くんはいつもさり気なく僕に気を遣ってくれていた。
「蜜、突っ立ってないで座れば」
「……は、はい」
ロボットみたいにぎこちない動きで蓮くんの前に正座する。
すると突然、僕の左の頬に手をやった蓮くんが眉を顰めた。
「……痛かったろ」
「…………」
「可哀想に……」と呟かれて、お父さんに叩かれた事を忘れていてハッとした。
目的は尾行だけれど、どうやら僕はキラキラした夜に連れ出してくれた事がすごく嬉しかったらしい。
少しだけ腫れて赤くなった頬が、じんわり温かくなる。
突然の事でカチコチになってる僕に、蓮くんは気付いていそうだ。
触れてくる手のひらが、男らしくて大きいのにすごく優しかった。
優しくて優しくて、触れられていると自然と目を閉じてしまいそうになる。
お父さんが腕を振り上げた時は、身構えずにはいられないのに。
「これが最後だ。もう二度と蜜を傷付けさせねぇから」
僕へのそれを、蓮くんは自分に言い聞かせるように、噛み締めるように言った。
さすがにこの苦しげな表情を見ると、触れられて嬉しい、ドキドキする……なんて呆けていられなかった。
蓮くんは、ある日突然他人の家の事情に首を突っ込む羽目になったというのに、一度も嫌がらず、むしろいつも血相を変えて助けに来てくれたっけ。
小学生だった僕にお父さんが手を上げるようになって、お姉ちゃんが幼馴染みの蓮くんに助けを求めたのがきっかけだ。
その数年前から、「喧嘩が増えたね」と襖越しに聞こえる両親の怒鳴り声に僕とお姉ちゃんは震えていて、とうとう酔っ払った勢いで叩かれた日の事は今でも忘れない。
いきなり〝お父さん〟としてやって来ても特に可愛がってくれるわけでもなく、お母さんの収入をあてにして生活していたまさにヒモ男。
僕たち姉弟の思いは、『早く出て行ってほしい』に尽きた。
「俺たち、知り合って何年だっけ」
手を引いた蓮くんが、向かい合って座る僕に静かに問いかけてきた。
緊張しきりな僕の心を察してか、会話をしてくれる事が嬉しい。
「……十ニ年くらい、ですね」
「そっか。もうそんなになるか」
問われてすぐに言えるからって、何にも凄くないし偉くもない。
思いがけず接点が生まれて、お姉ちゃんの幼馴染みから近所のお兄ちゃんに、そして市民プールで溺れかけたところをすかさず助けてくれた〝かっこいい蓮くん〟へ、想いがだんだんとステップアップしていった。
本当はもっともっと気軽に、心安く会話をする間柄になっていてもおかしくないはずなのに、それを出来なくしたのは自分のせいだ。
「なのに、いつまでも他人行儀だよな、蜜は」
「……ごめんなさい」
「謝るってことは思い当たる節でもあんのかな?」
「…………」
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