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〝ダチ〟③

 ギクッ──。  鈍くないと自負するだけあって鋭いな。  二人が付き合い始めたと察した日、僕は胸がチクチクして眠れなかった。  でも、それは必然なのかなとも思った。  毎日が嫌になるくらい家の中が淀んでいても、僕を励まし続けてくれた逞しいお姉ちゃんと、何かあれば駆け付けてくれる優しい蓮くん。  ご近所さんで学校も学年も同じで、話題が尽きない二人が一緒にいる時間が増えたら、自然と惹かれ合ったとしても何にもおかしくない。  お姉ちゃんと蓮くんはお似合いだと、誰の目にもそう思う。  だからこそ僕は、見ているだけで幸せだった。  いや……幸せだと思うようにした。 「蜜って呼んでると、毎回焼き芋食いたくなるんだよな」 「えっ」 「いや、マジで。久しぶりに焼き芋食いてぇな」 「え……」  時期じゃねぇけど、と笑う蓮くんの話題転換に、僕は全然ついていけない。  こういう時に、社会性を身に着けてこなかったツケが回ってくる。  お姉ちゃんと蓮くんが居ればいいと狭い世界しか知らないせいで、僕はまともに他愛もない会話すら出来ない。  こんな僕と一緒にいても楽しくないだろうに、立ち上がった蓮くんはまだ機嫌が良さそうだった。  僕が未だに他人行儀だという話は、深堀りしないでいてくれるらしい。 「蜜はベッド使っていいからな。俺は床に布団敷いて寝る」 「え!? だ、ダメです! お邪魔してる僕がベッドなんて無理です! 僕が床で寝ます!」 「それは俺が許せねぇの」 「でも……っ」  そこまで気を遣わなくていいと、大慌てで僕も立ち上がった。 「じゃあ一緒に寝る?」 「えっ!? そ、それは……っ」 「床に布団を二組敷けばオッケー?」 「そそそそんなの……僕の心臓が……!」 「心臓が何?」  心臓が……保たない。  そう言おうとして口ごもる僕を、何か言いたそうな目で蓮くんが見つめてくる。  想いを見透かされてるんじゃないかと錯覚しそうな展開に、どう答えたらいいか迷った。  断り続けてもいけないだろうし、かと言ってオッケーしたら隣同士で寝る事になる。  いやいや、待って。  僕の隣で蓮くんが寝る……そんなの耐えられる? 「とりあえずまずは風呂だな。親にも話は通してあるから、サラッと挨拶したら大丈夫」 「は、はい」  考え込む隙を与えてくれない蓮くんに連れられて、一階へと下りる。  付き合いの長い蓮くんのご両親にお邪魔しますの挨拶をして、トイレやバスルームの位置を教えてもらうと、僕たちはもう一度二階へ上がった。  蓮くんはどこからか持ってきた寝具のセットを抱えて、だ。 「さて、どうするかな」  腕を組む蓮くんの隣で、僕はベッドと寝具セットを交互に見た。  ここはもう、蓮くんの言う事に従おう。  ベッドを使えと言うならそうするし、わざわざ運んでくれた寝具セットを使えと言うなら喜んで頷く。 「蓮くんの言うこと聞きます」  隣同士を避けられるなら、もはやどっちでもいい。  こうしている今もドキドキが治まらないんだから、自分では決めきれないと蓮くんを見上げてみると、その瞬間「プッ」と吹き出された。 「あはは……っ、そんなこと俺に言っていいの」 「僕は決められないので……」  決定権ないし……と俯いてモゴモゴ言うと、蓮くんはさらにご機嫌に笑った。  何がそんなに可笑しいんだろう。  今日はレアな顔をたくさん見られて嬉しいんだけれど、僕の何がそんなに笑顔を生んでるのかは分からない。  笑い声までかっこいい蓮くんをそっと盗み見ようと、少しだけ顔を上げる。 「俺の言うことを聞くって?」  すぐそばに蓮くんの気配が迫っている事にも気付けなかった。  密着するように肩を組まれて、あげく耳元で囁かれた僕の心臓は、隣同士で眠る前に壊れてしまう。 「……はい」 「何でも?」 「え、……はい」  蜜ロボットは、「はい」しか言えない。  蓮くんの体温を感じるほどに密着している今、僕の思考回路は完全に壊れた。 「じゃあ、ベッドで一緒に寝よ」 「えっ!?」 「ウソだって。冗談」  なーんだ、と笑い飛ばしたかった。  蓮くんがとても楽しそうだから、僕も笑いたかったんだ。  いつの間にか一番ヤバイ選択肢が復活していてギョッとした僕は、揶揄われている事に気付いても顔を真っ赤にするだけでロクな反応も出来やしない。  それに、普段は無口な蓮くんが僕に気を遣ってリードしてくれているとしか思えないから複雑だった。  蓮くん、無理してないかな……僕を泊まらせるなんて本当は嫌なんじゃないかな……お姉ちゃんが良かったのにって、内心とても残念がってるんだろうな……。  僕は棚ぼた的に蓮くんと過ごせてラッキーだと感じているけれど、自己肯定感の低さから不安ばかりが渦巻いていく。

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