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第1話
第二次性の中でも、Ω性は綺麗な人が多い。
華奢で儚げで、その見た目だけでも多くの人を惹きつける。
さらにヒートでΩのフェロモンを纏えば、αだけでなくβすらも惑わしてしまう。
それがΩ。
そんな風に言われている。
でもさ、例外だってあるんだよ。
Ωだけど見た目は地味で平凡。
フェロモンは嫌がられ近くに寄るな、なんて言われちゃうような。
そんなΩもいるんだよ。
ーー
『迎 良杜』の名前を探すと三組の欄にあった。
毎年クラスが変わるたびになんと読むのか?と聞かれる。
良と杜で『いと』と読むと伝えると、だいたいの人は「へぇ」とだけ返してくる。
それよりも性別がΩであることを伝えた方がみんなの反応は大きい。
『Ωには思えない』という意図を含んだ「えぇ?」が返ってくるのだ。
自分でも思っていることだから今更傷つきはしないけれど。
良杜は改めてクラス替えの紙を見つめた。
今年もどうかαが同じクラスに居ませんように、とこっそり祈る。
この学校のレベルを考えればαはおそらく少ないだろうが・・
三組の教室に入ると自分の出席番号の席についた。
周りを見回すと何人か見知った顔がいる。去年同じクラスだった人達だ。しかし仲が良かったわけではないので良杜は話しかけることなく下を向いた。
すると右隣に誰かが座る気配がした。パッと顔を上げると、金髪に近い明るい髪色の男子生徒がこちらをチラリと見ている。
視線が合い良杜は小さく会釈だけをした。
男子生徒は特にそれに返すことはなく、頬杖をついて言った。
「・・なぁ、元何組?俺は元3組の神垣基依」
「あ、元1組の、迎良杜です・・」
「むかえいと?いとってあの糸?」
「いや、良いに木編に土って書いて・・」
「へぇ」
やはり予想通りの反応だ。
そう思っていると、突然後ろから「基依、同じクラスじゃん!てか髪色!また染めたん?」と1人の生徒がやってきた。
「おぉ。中2以来だなぁ、同じクラスになるの。心機一転で染めたの。かっけーだろ」
基依は後ろを振り返り手を上げる。
後ろからきた生徒は良杜も知る人物だ。去年も同じクラスだった。
その彼が良杜の方に目を向けてから基依を見つめた。
「基依、迎と席隣りなんだ。お前Ωと縁があるんじゃない?」
「えっ?なに、迎君Ωなの?」
基依が良杜を見ながら問いかける。高校生になると、入学の際に性別の公表が求められている。αやΩ間でのトラブルを避けるため事前に性別を把握させる必要があるからだ。
「あ・・うん」
良杜は遠慮がちに頷くとふと疑問に思ったことを聞いた。
「縁があるって・・?」
すると基依ではなく先ほどのクラスメイトが自慢げに言った。
「基依、他校のΩと付き合ってんだよな。しかも超美人のさぁ」
「え・・・」
「やめろよ。変に持ち上げんの」
基依が面倒くさそうに両手を振る。
その様子を見ながら良杜の心臓がバクバクと速くなり始めた。
しかしそれを抑えるように胸に手を当てると、口元を震わせながら呟くように言った。
「・・あの、君はαなの?」
「え?」
基依が眉毛を上げてこちらを見た。
「ちげーよ。俺は普通のβ。αじゃねぇよ」
「・・あ、そうなんだ」
ホッとして思わず顔が綻ぶ。
αが隣にいるなんて考えただけで、ゾッとする。
彼がβでよかった。
「あと、俺の名前神垣基依ね。基依って呼んでいいから。君って呼ぶのはやめろよ」
「あ、ごめんなさい・・も、基依君」
口調が強い。少し苦手なタイプだ。
良杜は小さく肩を落としたが基依は興味ありげにまだこちらを見てくる。
「なぁ、Ωなのに首輪はしねーの?あ、もう番がいるとか?」
「え・・・あ、いや。番はいないんだけど・・」
自分の首筋を指で擦りながら良杜は言いづらそうに口籠る。
「その・・多分俺には必要ないから・・」
「なんで?しておいた方がいいぜ。嫌なやつと番になったら大変じゃん」
「・・だ、大丈夫。俺のヒートってなんでか嫌がられるんだよね、αに」
「え?」
基依は眉間に皺を寄せた。
「なんだそれ。そんなことあるか?」
「・・・うん、あるんだよ」
そう、あるのだ。
初めてヒートになった十四歳のあの日。
まだ自分がΩだという自覚は薄く、普段と何も変わらないいつもの日常だった。
しかしそれは、突然起こった。
全校生徒が体育館に集まっていた朝会の時間。
初めは頭がクラクラとして眩暈でも起こしたかと思い、その場で膝をついて座り込んだ。
後ろに並んでいた同級生が「大丈夫か?」と肩を叩いて聞いてくる。
「うん。ごめん、なんかフラッとして・・」
そう言って顔を上げた瞬間、今度は心臓がバクバクと鳴り始めた。
これは・・もしかして・・
予感と共に冷や汗が額に滲み出る。
良杜は震える膝を押さえつけるようにして立ち上がった。
「俺、保健室に・・行ってくる」
「え、大丈夫か?」
心配そうに見上げる同級生に小さく頷いて返事をすると、良杜はフラフラと歩き出した。
早く、ここから離れなくては。
今この体育館には数百人の生徒がいる。
もしかしたらαがいるかもしれない。
まだ簡単な冊子で読んだ知識しかないけれど、Ωのヒートにあてられるとαは興奮状態を起こし襲いかかってくることがあるらしい。
そんなことになったら大変だ。
自分の身を守るためにも、αに迷惑をかけないためにも。
人のいない場所へ移動しなくては。
良杜はヨロヨロと歩きながら、生徒の横をすり抜けていく。
ーどうか近くにαがいませんように。
そう祈るような気持ちで歩いている時だった。
「えっ。なんか臭くない?」
良杜が前を通り過ぎた瞬間、一人の男子生徒が眉間に皺を寄せて言った。
ー臭い?何かあるのかな?
良杜は怠い身体を引きずるように歩きながら周りを見回す。
しかし良杜には分からない。男子生徒の周りにいる友人達も不思議そうな顔をしている。
「みんな分かんねぇの?すっげー嫌な臭いするのに」
鼻をつまんでそう言う男子生徒の視線が良杜に向けられた。
「お前・・お前から臭ってる。なんだよ、何かつけてんの?」
「えっ、俺?!俺は別に・・」
良杜は自分の身体に鼻を近づけた。特に何も匂わない。
それよりも早くここから出て行きたい。こんな所で止まっていたくはないのに。
「あ、あのすみません。俺急ぐので・・」
そう言って節目がちにその生徒の前を通り過ぎていった。
それから体育館の入り口を目指した。入り口にはこの集会を見守るように一人の生徒が立っている。その生徒の前を通ろうとした時、再び「うわっ、何この臭い?」という声が聞こえた。
良杜はハッとして顔を上げる。
その声を発したのは入り口に立っていた生徒だ。そしてその顔には見覚えがあった。
三年生の生徒会長だ。
成績優秀で運動神経も抜群。人望も厚く噂ではαだと言われている。
「・・君、大丈夫?」
生徒会長は不可解そうな表情を浮かべながら良杜に目をやった。
「あ、あの・・俺・・」
良杜は荒い呼吸を整えながらなんとか声を絞り出す。
身体が先ほどより熱くなってきている。
ヒートが強くなっているようだ。
「・・その感じ、もしかして君Ω?ヒート中なのかな?」
「・・・」
その問いに答えるべきか迷い良杜は目を泳がす。
もし噂通りこの人がαだったら・・ヒート中だなんてわかったら危ないのではないだろうか。
しかし良杜が答えるよりも前に生徒会長が困ったような顔をして首を振った。
「・・でも、違うのかな?ヒートだったら俺の身体もっと反応するはずだもんな・・」
「え・・・」
「俺、αだから。前に一回Ωのヒートに遭遇したことあるけど、その時は自分でも怖くなるくらい身体が興奮状態になったんだ。でも、今はそんなことない。むしろ・・」
そこまで言って彼は躊躇うように口を閉じた。
「・・む、むしろなんですか・・?」
良杜は不安そうな視線を向ける。生徒会長は良杜から視線を逸らすように横に目をやると、言いづらそうに言葉を続けた。
「・・なんか、君からする匂いは、すごく苦手っていうか・・身体が拒否反応を示すようなそんな感じなんだ」
「・・・」
よほどショックな顔をしていたのだろう。
生徒会長は良杜の顔を見ると、慌てて手を振ってフォローするように言った。
「あ・・でもヒートだって感じ方は人それぞれだから!相性とかもあるだろうし!」
「・・・わかりました・・すみません・・」
良杜は俯いて呟く。それからペコリと頭を下げると、ゆっくりと歩き出した。
「だ、大丈夫?保健委員呼んでこようか?」
「大丈夫です。一人で保健室行けますから・・」ヨロヨロとした足取りで体育館を出ていく。
一刻も早くこの場を立ち去りたい。
恥ずかしくて居た堪れない。
良杜は手のひらを強く握りながら廊下を歩いていった。
おそらく、最初に『臭い』と言った男子生徒もαだったのだろう。
どうやら自分のヒートは、αには不快な匂いを出すものらしい。
・・そんなことがあるのだろうか。
第二次性について勉強したとき、Ωのヒートはαを興奮状態にさせる大変危険なものだと学んだ。ヒートの時に出るフェロモンは甘美なもので、αの本能を無理やり引き出してしまうものだと。
だからヒートが起こる年齢になったら、しっかりと薬を飲み体調管理をする必要がある。
そうすることでΩも、そしてαのことも守ることになるのだそうだ。
Ωのフェロモン。それはαの人生を狂わすほどのもののはず。
それなのに、自分は何なのだ?
臭いと言われ、不快な顔をされる。
本当に自分はΩなのだろうか?判定が間違っていたのではないか?
けれど・・今自身の身体に起きている反応は間違いなくヒートだ。
下半身が疼いている。男なのに・・欲しいと頭が熱くなっている。
なのに、なぜ・・?
なぜ自分のヒートにはαは拒否反応を示すのだ?
「あはは!マジで?やべー!」
混乱する頭で廊下を歩いていると、向かいから二人の男子生徒が笑いながら歩いてきた。
もうとっくに集会は始まっているというのに焦る様子はない。
近づいてくる二人を見て良杜の心臓が先ほどよりも強くドクンと音を立てた。
二人ともよく知る人物だ。そのうちの一人はαではないかと言われている。
良杜はどんどんと速くなる胸を押さえるようにしながら俯いて歩いた。
なるべく顔は見られたくない。
二人は前から来る良杜のことなど気に留めることなく喋っている。
ーどうかこのまま通り過ぎてくれ・・
そう願いがながら二人とすれ違った瞬間。
「・・・なぁ」
少しキーの高いよく通る声が良杜を呼び止めた。
「迎、お前なんか変じゃねぇ?」
鼻に手を当ててそう言ったのは小学校からの同級生、天谷創だった。
創造の『創』一文字で『つくる』と呼ぶ。友人達からはよく名前で呼ばれているが、良杜はそこまでの仲ではない。お互い苗字で呼ぶ距離感の間柄だ。
明るくリーダー気質で、最近サッカー部の次期部長にも任命されたと言う話を噂で聞いた。
そうやって周りから噂話をされるほどには皆が彼に注目している。
明らかに自分とは属するグループが違う人種だ。
ー最後に会話をしたのは何年前だったろう?
そんなことを考えながら、久しぶりに創に話しかけられ良杜は戸惑うように視線を泳がせた。
「あ・・えっと・・」
「何?どうかしたのか?」
創の隣の人物が不思議そうに二人を見つめた。
彼も小学校からの同級生だ。創と同じサッカー部で名前は藤村だ。六年の時に同じクラスだった。
「・・藤村、お前何も感じないの?」
創は鼻に手を当てたまま藤村に聞いた。
「え、何が?なんかあるの?」
藤村は辺りを不安そうに見回す。
その様子を見て創はチラリと良杜の方に目を向けた。
先ほどよりも息苦しくなってきている。
早くこの場から立ち去りたい。
「あ、あの・・俺、もうー」
「藤村!迎、保健室に連れて行ってやってよ」
良杜が一歩前に出て話そうとした瞬間、創は顔を背けるようにして藤村に大きな声で言った。
「え、迎を?」
藤村が不思議そうな顔で良杜に目を向ける。
「迎、なんか体調悪そうだから。早く!」
そう言った創の顔はひどく歪んでいる。
良杜はそんな創を見て、二人から離れるように下がって言った。
「お、俺一人で大丈夫だから!ごめん!」
それから二人に背を向けると、前のめりになりながら駆け出した。
「あ、おい!迎!」
後ろから創の声がする。しかし良杜は振り返ることなくその場を後にした。
なんとかふらつく足に力を入れて保健室の前までたどり着く。
それから一度深く息を吸った。まだ心臓は速い。身体も熱っている。
良杜は自分の腕を鼻に当て匂いを嗅いでみた。
特に気になることはない。ただ温かいだけだ。
それに先ほどの藤村の反応を見ても、特に不快な様子はなかった。
ということは・・
「やっぱり、天谷創もαなのか」
彼の歪んだ表情が脳裏を掠める。きっと自分の匂いがひどく不快だったのだろう。
なぜ・・?どうして?
熱い体とは裏腹に良杜の心は不安でどんどん冷めていく。
「はい、薬」
保健室に入ると、すぐに事情を察した養護教諭がヒートを抑える薬をくれた。
「まだ年齢的に周期は安定しないと思うけど、これからは常に薬は持ち歩いた方がいいわね」
先生は気遣うように優しく微笑む。
「・・ありがとうございます」
小粒の白い錠剤を飲むと、少しずつ身体が落ち着いてきた。薬の効きは早いみたいだ。
「あの、先生・・」
「うん?なあに?」
「・・ヒートって、αを興奮させたり惹きつけたりするフェロモンが出るんですよね?」
「そうね。先生はβだから実際の感覚はわからないけどαの本能を直接刺激して興奮状態にさせてしまうみたい」
「・・・」
その言葉を聞き、良杜は手に持っていたコップを強く握った。
「迎君、大丈夫?ここに来るまでに怖い目にあった?」
心配そうに先生が良杜の様子を伺う。
「・・・いえ、違うんです。その、逆っていうか・・」
「逆?」
「・・はい。あの、多分αの人達にすごく嫌がられたというか・・」
「嫌がられた?」
「・・俺のフェロモン、臭いみたいなんです。鼻をつまんでる人もいたし、苦手だとも言われました。Ωのヒートってそんなこともあるんですか?」
「え・・・」
先生は困ったように首を傾げた。それから棚に並んでいる一冊の本を手に取った。
表紙には『第二次性 オメガについて』と書かれている。
先生はパラパラとめくりながら「うーん・・」と小さな声で唸った。
「基本的にはΩのフェロモンはαにとってとてもいい匂いであるはずなんだけどね。もちろん個人差はあって、匂いが薄い人や逆に強過ぎて目眩を起こさせる人もいるみたいだけど・・」
「嫌がられるって人は・・・」
「そういう話はあまり聞かないけど・・・もしかしたら迎君の場合は、君のフェロモンと相性の良い人が極端に少ないってことなのかも。でもそう考えたら『運命の番』を見つけやすいし、他のαから襲われる心配も少ないし良い事でもあるんじゃないかな?」
先生は笑顔で慰めるように言った。
「・・『運命の番』・・それって都市伝説って言われるくらい見つかるのが低い確率の相手ですよね?」
「そうだけど、それってみんな『運命の番』を気付けずに他の人と番になっちゃうからじゃないかな?本当はもっと身近にいるものなのかも」
「・・・」
どれも先生の予想に過ぎない話だ。良杜のフェロモンが多くのαに不快である事実は変わらない。
『運命の番』だって、そんな相手と出会えた話なんて実際には聞いたことはない。
望みを持つだけ無駄だろう。
ならば・・これからの自分の生きる道は・・
とにかくできる限りαに近づかない事だ。
そしてしっかりと薬を飲み、ヒートを起こさせない。
もう、あんな・・自分のせいで歪んだ顔はされたくないから・・
「へぇぇ。そういうこともあるのかぁ?」
始業式での校長先生の長い話の最中、前に並んだ基依が退け反りながら言った。
『自分のフェロモンはαには不快に感じる臭いらしい。今までもヒートを起こすと嫌がられてきた』とかいつまんで言ってみたのだ。
「そう、だから俺は普段は首輪もしてない。する必要ないんだ。俺普通のΩと違って全然モテないしさぁ」
良杜は小さな声でコソコソと話した。まだ校長の話は続いている。
この数年ですっかり性格は卑屈になってしまった。
第二次性が何なのか、思春期の頃には特に盛り上がる話題だ。
皆がその話で盛り上がる度に『Ωに見えない』『地味なのにな』と言われ、良杜は自分の内面にも外面にも自信がなくなってしまったのだ。
「モテたっていいことないぜ。変なやつに好かれるより、好きなやつに好かれるのが一番だろ」
基依はケロッとした顔で言う。
自分に自信があり堂々とした人物のようだ。美人なΩの恋人がいるのも頷ける。
「なぁんか、お前拗らせてる感じするなぁ〜。あ、話終わった。やっと教室戻れる〜」
壇上を見ると、校長が舞台を降りて行くところだった。基依はグンと背筋を伸ばす。
「ほら、行こうぜ。良杜」
ゾロゾロと動き始めた生徒の波に乗りながら基依が良杜に言った。さきほど知り合ったばかりなのにもう自然と名前呼びだ。
最初は合わなそうと思ったが、基依は思っていたよりも話しやすかった。
「も、基依君は俺がΩで、変だと思わない?」
「え?別に思わないけど?なんでだよ?」
「だって、基依君の恋人も美人なんでしょ?Ωってやっぱり綺麗な人が多いじゃん。俺とは真反対っていうか・・」
良杜が自虐的に笑いながら言うと、基依は眉間に皺を寄せ考えるような顔をした。
「・・・お前、俺の友達にちょっと似てるよ。その自信なさそうな感じとか」
「え?」
基依の言葉を聞き返した時だった。
「あ、ほら。あいつあいつ。おーい、明!」
基依が呼び掛けた方を見ると、一人の男子生徒がこちらに目を向けた。
「お〜、基依!その髪色目立っていいなぁ」
彼は嬉しそうに笑いながら近づいてきた。
「明、何組になったんだっけ?」
「1組だよ〜!内海と一緒」
『めい』と呼ばれたその人物は、二人の前まで来るとジッと良杜を見つめた。
「あ、基依の友達?俺、基依と同じバスケ部の四十万明です。今年1組!」
「迎良杜です。よろしく・・」
良杜は遠慮がちに応える。バスケ部というだけでなんとなく警戒心が働いてしまう。花形の運動部に所属している人間とは合わないことが多いからだ。
「おーい、なに縮こまってんだよ!言ったろ、お前と明ちょっと似てるって。多分気が合うよ」
基依はそう言って笑うと良杜の背中をポンと叩いた。
「え、俺と似てる?なになに?何の話?」
興味津々な顔で明が目を輝かせる。
「いや、なんか良杜すごい自分に自信なさそうなこと言うからさぁ。明に似てるなぁって」
「えっ!基依、俺のことそんな風に思ってたの?!自信なさそうって?!」
「うん?あれ、言ったことなかったっけ?」
「えー。多分・・えー。そっかぁ」
あからさまに肩を落とす明を見て、基依は誤魔化すように笑った。
「あはは。まぁそれは出会った頃の印象っていうか。今はあんまり思ってないって。やっぱあれだな、矢野と付き合うようになって変わったんじゃん?」
「なにそれ。めっちゃ言い訳っぽい。幸に言おうかな。基依が俺のことこんな風に思ってたって」
「おい、やめろよ。あいつ、なんだかんだブラコンなんだから。怒らせると面倒くさいだろ」
そんな二人のやりとりを良杜は黙って聞いている。
どうやらこの四十万明には恋人がいるらしい。
どこが自分と似ているというのか。
人から好かれる要素がちゃんとあるだけで自分とは住む世界が違う気がする。
「あ、そうそう。良杜もΩなんだよ。幸と一緒。だからさ、なんかあったら助けてやってよ」
「ちょっ。基依君・・!」
急に自分の二次性をばらされ、良杜は少し怒った顔で基依に目をやった。
Ωであることはできるだけ知られたくない。Ωだとわかった途端みんな色眼鏡で見るようになるからだ。
しかし明は良杜の予想とは反して心配するような表情でこちらを見てきた。
「そうなんだ。俺の兄もΩだから大変さはわかるよ。俺の母親はΩで薬剤師やってるし、何か薬のこととかで困ったことがあったら言ってよ」
「え・・あ、ありがとう・・」
Ωであることを驚かれもせず受け入れられたことに、良杜は拍子を抜かす。
「し、四十万君のご家族はΩが多いんだね・・俺は一族で初めてのΩらしくて・・」
「えー、そっかぁ。それじゃぁみんなが理解してくれるまでが大変だったんじゃない?」
「・・うん、親は大慌てだった。本たくさん買い込んで勉強してくれた」
「あはは。いい両親じゃん!」
明はにこやかに笑う。
明るく空気が柔らかい。とても話しやすい人物だ。そして基依が言うように少し遠慮がちな雰囲気がある。
自分と似ていると言われたらそうかもしれない。
「俺、周りにΩの知り合いがいないから全部ネットで調べるしかなくて。四十万君のお兄さんはすぐ相談できる人が近くにいて羨ましいよ」
「あぁ、まぁ確かに。幸はすぐになんでも母さんに喋ってるからなぁ」
明はそこまで言うと、一瞬何かを考えるように目を上に向ける。
それからすぐに満面の笑顔をこちらに向けてきた。
「それじゃあ、今度うちの兄と会ってみる?」
「え・・」
明の提案に良杜は目を丸める。
すると良杜が返事をするよりも先に隣の基依が大きく頷いた。
「おぉ!いいじゃん!会ってみろよ。幸なら色々話聞いてくれるだろ」
「えっ、でも・・」
「今週の土曜日、K高校でバスケの練習試合があるんだ。幸も応援に来るし迎君もどうかな?その時紹介するよ」
「・・K高校?」
「うん。幸はK高通ってるんだ。俺の地元K駅だから」
「あ、そうなんだ・・」
K高校といえばこの辺りでは一番の進学校だ。Ωで通っているのならきっと優秀なのだろう。同じΩでも自分とは出来が違う。
「俺、話し合うかな・・」
不安そうに笑うと、基依がバシバシと背中を叩いた。
「大丈夫だって!あいつ頼られるの好きだから!」
「・・基依君は、その四十万君のお兄さんのことよく知ってるんだね?」
「え、だって俺の恋人だもん」
ケロッとした顔で基依が言う。
「えっ!」
と言うことは・・先ほど教室で話していた美人の恋人ということか・・
勉強もできて美人とは・・ますます気が引けてくる。
「・・まぁ、無理そうだったら大丈夫だからさ。もし時間があったら応援にでも来てくれたら嬉しいな」
そんな良杜の気持ちを察したのか明は眉尻を下げ気を使うように笑った。
「あ、うん・・」
その心遣いが申し訳なくなり良杜は視線を下げる。
この四十万明の兄弟だというのだから、きっと悪い人ではない。
こちらが勝手に卑屈になっているだけだ。
そんな自分の醜い感情でせっかくの機会を反故してしまっては、きっとこの先も自分は変われない。
自分のΩ性をすんなり受け入れてくれた。そんな人との出会いを失わないためにも・・
「いや、行くよ!それで、お兄さんと色々話をさせてもらえたら嬉しいな」
良杜は手のひらを握りながら力強く言う。けれど少し語尾が震えてしまった。
「本当!?良かった!」
明は嬉しそうに目を細める。
「おう!じゃあK高校で待ってるな!」
基依も満足げに笑った。
「うん、よろしくお願いします」
良杜はペコリと小さく頭を下げた。
自分の卑屈さを少しでも直せるように。
Ωという性ともう一度向き合ってみる、いい機会かもしれない。
本当は、ずっと・・諦めきれなかったから。
こんな自分を選んでくれるαがいるかもしれないことを。
だから、変われるのなら変わりたい。
いつか出会えるかもしれない。
ただ一人の『運命の番』のために。
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