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第2話
試合は午前九時半から始まった。
K高校に来たのは初めてだ。
最初体育館の場所が分からず、良杜が自力で着いた時にはすでに激しいボールの奪い合いが行われていた。
ボールの弾む音やバッシュの擦れる高い音が体育館に響く。
シュートが決まるとワァッとギャラリーから歓声が起こった。
K高校が四点リードしているようだ。
基依が言うにはK高校はバスケの強豪校らしく、自分達のY高校は一度も勝った事がないらしい。
—負ける可能性が高いとわかっていても、試合をするんだな。
スポーツ経験は小さな頃嫌々通ったサッカー教室くらいで、それから何もスポーツをやってこなかった良杜にはそのメリットはよくわからない。
負けるとわかっているのなら最初からしなければいいのに・・
そんな考えが浮かんだところで良杜はそれを振り払うように首を横に振った。
友人が頑張っているのに・・本当に自分の卑屈なところが嫌になる。
良杜は切り替えるように両頬を軽く叩くと、体育館の中央に目を向けた。
基依が手に持ったボールをちょうどゴールに向けてシュートしたところだった。
しかしそれは敵側の選手に手で払い落とされてしまう。
床に勢いよく叩きつけられたボールを別の敵側の選手が素早くキャッチする。
背が高く整った顔立ちの選手だ。彼がボールを取ると会場から黄色い声が上がった。
どうやら人気のある選手らしい。
その声援に応えるように彼は素早い動きで自分のゴール前まで戻ると、あっという間にシュートを決めた。
会場がさらにワッと盛り上がる。
するとキャーキャーと叫ぶ声援に混じって「あぁ!何やってんの!」という声が聞こえた。
良杜はその声の方に目を向ける。
一見、女子と見間違うような小柄で綺麗な顔の男子生徒が頬を膨らませていた。
首にはエメラルドグリーンの首輪が光っている。
つまり彼はΩということだろう。
彼はフーと息を吐くと、今度は両手を口に当て大きな声で叫んだ。
「もー!基依君!頑張ってよー!」
その言葉を聞いて良杜は目を見開く。
彼が着ている制服はK高校のものだ。なのに基依を応援している。
ということは・・もしかして・・
半信半疑のまま、良杜はその彼の動向を気にしつつ試合を観戦した。
結果はやはりK高校の勝利となった。
基依や明は悔しそうな顔をしている。
久しぶりのスポーツ観戦だったが、真剣に勝負している人の姿は輝いて見えた。
小学生の頃、あのサッカー教室を辞めずに続けていたら何か違っていただろうか。
そんなことを考えながら良杜は両選手が挨拶と片付けをしている間、体育館の隅で待つことにした。
気がつくと先ほどの綺麗な顔の彼も数人の生徒に囲まれて体育館の出入り口に立っている。
輪の中心にいながら穏やかに微笑む様は、さながら騎士に守られているお姫様のようだ。
ーやっぱりちゃんとしたΩは違うんだな・・
羨ましそうな視線でそちらを見つめていると、後ろからポンと肩を叩かれた。
「おう!お待たせ」
振り向くと基依と明が並んで立っている。
「あ・・お疲れ様。もう大丈夫なの?」
「おう。今日は現地解散だからな」
そう言う基依の後ろをY高校の部員達がゾロゾロと帰って行くのが見えた。
「迎君、今日は来てくれてありがとう。なのに負けちゃってごめんな」
明は爽やかに笑って言ったが、頬はまだ熱っていて真っ赤だ。
「いや、こちらこそ・・二人ともすごい頑張ってたよ。お疲れ様」
こんな時どんな言葉をかけるのが正解なのか分からず、良杜は視線を逸らしながら笑う。
「へへ、ありがとう」
明が眉尻を下げて頭を掻いていると、その横の基依が何かに気づいたように大きな声で叫んだ。
「あ、幸!こっち!」
その視線の先は体育館の出入り口だ。
そこで集まっていた集団の中から、一人がこちらに目を向ける。
するとその人物はヒラヒラと周りの友人達に手を振り、小走りで近づいてきた。
・・やはり・・思っていた通りだった。
目の前にやってきたのは、先ほどの華奢で美人なΩの彼だ。
「お疲れ様ー明。頑張ってたねぇ」
彼はまず明ににこやかな笑顔を見せた。
「ありがと。とは言っても俺、出番後半だけだったけどね」
「なーんで基依君がスタメンで明が控えなの?基依君なんて何回も昴にボール取られてたのに」
彼は上目遣いで基依をチラリと睨みつける。
「はいはい。せっかく一生懸命応援してくれたのに活躍できてなくてごめんな、幸?」
基依は意地悪そうな言い方をしつつも、嬉しそうに笑う。学校では見せたことがない表情だ。
これが恋人に見せる顔なのか、と良杜は思わず感心してしまった。
すると今度は彼の視線がこちらに向けられた。
「で、俺に紹介したいって言うのが、君なのかな?」
「えっ。あっ、はい!そうです」
良杜は両腕を体の横にくっつけて、姿勢を正すように真っ直ぐに立った。
「基依君と同じクラスの迎良杜です。あの・・よろしくお願いします」
「・・四十万幸です。明の双子の兄です。どうぞよろしく」
「え・・双子なんですか?」
良杜は明と幸を交互に見つめた。
「そうだよ?あれ?基依君伝えてなかったの?」
幸はジロリと基依を睨みつける。
「えー、言ってなかったっけ?兄弟とは言ってたよな、明?」
誤魔化すように笑いながら基依は明に話を振った。
「兄とは言ったけど双子とは言ってなかったかも。ごめん、迎君!」
「いや、謝ることじゃ・・」
「でも似てないから驚くよな!双子とは言っても二卵性なんだ俺達。幸は母さん似で昔から美人で評判なんだよ。俺とは全然顔違うんだ」
言い慣れてるのか明がスラスラと説明する。それもどこか自虐的な笑みを浮かべて・・
これは・・第二次性がΩだと驚かれた後に笑って応える自分と同じ表情だ。
きっと明も今まで何度も言われてきたのだ。
『似てないね』だとか『お兄さんは綺麗だね』だとか。
良杜の頬がカッと熱くなる。今まで自分がされてきて嫌だった反応を、明にしてしまった。
そんな自分の未熟さが恥ずかしい。
「あ、あの俺は別にそんな・・全然・・」
なんとか取り繕う言葉を言おうとしたがうまく口が回らない。
そんな良杜の気持ちを察したのか、明は話題を変えるように明るく言った。
「そうそう!幸、迎君Ωの知り合いが周りにいないみたいで、色々Ωの話を聞いてみたいんだって!だからこの後ファミレスでご飯でもどうかな?」
「俺はいいけど。昴は置いて帰るの?」
「うん。K高校は午後別の学校と練習試合あるんだって。それに昴はいない方がいいと思うし」
明はそう言うとチラリと良杜を見た。
先程から出てくる『昴』とは誰のことだろう?どうやらK高校の選手のようだが・・
「よし、じゃぁ行こうぜ」
「あ、うん」
先陣を切って歩き出した基依の後ろを、良杜は慌てて着いて行った。
K高校はY高校よりも敷地も広く設備も整っているようだ。
来た時は体育館の場所がわからずゆっくりと見る時間はなかったが、改めて見てみるとそれがよくわかる。
さすがは県内でも一、ニを争う進学校だ。部活動が強いのも頷ける。
グランドを見ると野球部とサッカー部が休日なのに練習をしていた。大きなグラウンドなので二つに分けてもまだ余裕がありそうだ。
良杜はじっとサッカー部の練習を見つめる。
先程、サッカーを続けていれば・・などと思ったがやはり自分には無理そうだ。この広いグラウンドを何時間も走れる気がしない。
そんなことを考えていると、練習している生徒の一人がこちらを見つめていることに気がついた。
誰か知っている人でもいるのだろうか。
もしかしたら幸の友人かもしれない。しかし前を歩く幸は特に気にすることもなく基依と話している。
すると、その生徒が勢いよく走り出しこちらに近づいてきた。
近くなるにつれ顔がはっきりと見えてくる。
ーえ・・・
その瞬間、良杜の心臓が痛いくらいに大きく跳ねた。
思わず眉間に皺を寄せ胸を押さえつける。
「どうかした?迎君?」
明が心配そうに声をかけた時だった。
「やっぱり・・迎じゃん」
目の前にやってきた男子生徒は驚いた顔でそう呟いた。
「・・天谷・・?」
中学二年のあの時、良杜の初めてのヒートに対して苦しそうに歪んだ顔を浮かべた天谷創だ。
なぜ彼がここに・・?
良杜は無意識に一歩後ろへ下がった。
あの日以来、良杜は創を避けるようにしていた。
同じ学年でαだと確実にわかっていたのが彼だけなのもある。しかし何よりも、もう二度とあんな顔をされたくなかったからだ。
本人に悪意があったわけではないのは分かっている。それでも、またあんな反応をされたら自分の心の傷にさらに塩を塗り込むことになる。
ならば最初から関わらなければいい。
そう思い、創を見かけると面倒くさくても同じ道を歩かないように気を付けていた。
そうやって徹底して避けていたので、進学先の高校はまったく知らなかった。
まさか・・K高校だったとは・・
白いK高校のサッカー部のユニフォームがよく似合っている。
相変わらずサッカーを続けているらしい。
「なんで迎がうちの学校にいんの?」
創はぶっきらぼうな口調で聞いた。
「え・・あ、あのバスケ部の試合を見に・・」
良杜は胸に手を当てたまま答える。まだ動悸は収まらない。いや、むしろどんどんと早くなっている気がする。
頭もなんだかグラグラしてきた。
「バスケ部の試合?なんでバスケなんか・・」
そこまで言いかけた創の視線が良杜の前にいる幸に向けられた。
「あれ?四十万じゃん。迎と四十万、友達なの?すっげぇ意外なんだけど」
急に話しかけられた幸はツンと澄ました顔で首を傾げる。
「ごめん、誰だっけ?」
「あー。そうきますか、さすが四十万だねぇ。今年四十万の相棒と同じクラスになった天谷創。矢野から聞いてない?」
創は口の端を上げて、余裕のある笑みで言った。
「・・聞いてない。初めて聞く名前かな」
幸もにこやかに笑い返す。しかし決して友好的な笑顔ではないことは良杜にもわかった。
「はー、矢野君連れないなぁ。α同士だから仲良くしようと思って、俺結構話しかけてるのになぁ」
「あの人、そういう馴れ合い好きじゃないから」
幸はプイッと横を向いた。
「あっそ。で、それはいいとしてなんで迎がここにいんの?四十万とはいつからの友達?」
再びこちらに話題をふられ良杜は、え・・と声に詰まる。
代わりに答えるように基依が前に出て言った。
「幸と繋がりがあるのは俺っすよ。今日俺達のY高校とK高のバスケ部が練習試合するっていうから見に来たんすよ」
基依は良杜と自分、それから明を親指で指した。
「Y高?迎、Y高にいったんだ」
「あ、うん・・」
良杜は絞り出すような声で答える。
先ほどより息も苦しくなってきたような気がする。
早く創との会話を終わらせたい。
そう思い良杜は創から視線を逸らした。
しかしなぜか創はこちらをじっと見つめてくる。
「なんか・・お前、変じゃねぇ?」
「え・・」
その言葉にビクッと肩が揺れた。
昔、一度だけ創に同じことを言われたことがある。初めてヒートを起こしたあの日だ。
「う、嘘・・だって、俺ちゃんと薬飲んでるし・・」
「良杜!」
ガクガクと震える肩に基依が支えるように両手を置いた。
「お前大丈夫か?なんか顔色が変だし」
「基依君。迎君ヒートを起こしかけてるのかも。早くこの場を離れよう。αがいるみたいだし」
幸は冷静な口調でそう言うと、チラリと創を睨みつけた。
「なんだよ?俺はただ・・・」
「ご、ごめん天谷!俺早くいなくなるから!ごめんな」
良杜はそう言うと、その場を飛び出すように走り出した。
「あっ、迎君?!」
後ろから驚くような明の声が聞こえる。
しかし良杜は止まることなく校門の外を目指して走り続けた。
早く創から離れたい。その一心で。
「迎君!」
校門をちょうど出たところで、手首を強く掴まれ良杜は足を止めた。
振り向くと、明が荒い息を整えるように胸を上下させている。
「四十万君・・」
「大丈夫?もしヒートなら一人にさせる方が危ないと思って追いかけてきた。K高はαの人いるだろうし」
「あ・・ありがとう。でも・・」
良杜は項垂れると消え入りそうな声で言った。
「大丈夫だよ。俺のヒートで興奮するαはいないから・・・」
ーー
「ヒートを嫌がられる?」
隣に座った明が不思議そうな顔で目の前の烏龍茶を飲みながら言った。
「うん・・」
良杜は手に持ったグラスの水滴を指先で拭きながら頷く。
二人の正面には幸と基依が並んで座っている。
二人の前にもドリンクバーで注いできた飲み物が置かれているが、良杜の話が終わるまで口をつけないでいた。
校門を出た後、持っていた抑制剤を飲むとすぐにヒートは落ち着いた。発情期じゃなくても常に持ち歩くようにしているのだ。
それから後から追いついてきた基依達と合流すると、近くのファミレスに入ることにした。
ちょうどお昼時だったが空いていたのかすぐに案内された。
「だから、俺がヒートになってもαを惑わす心配はないから大丈夫なんだ」
良杜は自虐的に笑うとコップのコーラに口をつけた。
「・・大丈夫ってことはないよね」
それまで黙って聞いていた幸が綺麗な切長の瞳をこちらに向けて言った。
「迎君、さっきのヒート苦しそうだったじゃない。ちゃんと抑制剤を常備してるみたいだけど、それでも突然なったらヒートはすごく辛いものだよ。αを惑わさなければいいってものじゃないよ」
「あ・・いや、でも。俺普段は全然ヒートにはならないんだ。周期は安定してるから発情期が近づいたら先に抑制剤を飲むようにしてるし。今日も発情期ではないはずで・・」
「そうなの?じゃあなんでヒートになったのかな?」
「・・もしかしたらだけど・・」
良杜は手に口を当て考えるポーズをした。
「なんか、トラウマで発作みたいなものが起こったのかも・・」
「トラウマ?」
横の明が良杜の方に目を向ける。
「・・さっき会った天谷は中学の同級生なんだけど・・中学で初めてヒートを起こした時、天谷俺の匂いを嗅いですごくキツそうな顔したことがあって・・俺はそれがすごいショックだったから、天谷に会ってあの時のこと思い出したのかも・・ヒートの感じもその時のに似てた気がするし・・」
「・・それは、辛かったね」
正面の幸が眉を下げて悲しそうな顔をした。
どんな表情でもその綺麗な顔は歪まない。
「天谷君のことは忘れた方がいい。今日の感じからしてαとしてのプライドが高そうな人だったよね。ああいうタイプはΩのことを下に見る人が多い。関わらないのが一番だよ。それに、ヒートがαに効かないなら変なやつを寄せ付ける心配もないじゃない」
「・・・それ、初めてヒートになった時保健の先生にも同じようなこと言われたなぁ。あぁ、そうだ。それから・・・」
「それから?」
良杜が口を噤むと、促すように幸が見つめた。
この先を言うのは少し躊躇いがある。夢物語みたいなものだからだ。
しかし皆が自分に注目している。ここで黙るのも気まずい。
良杜は恥ずかしそうに視線を下に向け小さな声で言った。
「・・もしかしたら、俺のヒートに反応するのは運命の番だけかもしれないねって。だから運命の番を見つけやすくて良いじゃないかって・・」
「運命の番・・?」
幸は切れ長の瞳を丸くさせた。
「・・迎君は、運命の番を信じてるの?」
「え・・と、いや・・」
口籠もりながら、良杜は空になったグラスをキツく握る。
「ほ、保健の先生が、みんな運命の番を見つける前に他の人と番になっちゃうだけで、本当は意外と身近に運命の番はいるものなんじゃないかって言ってて・・でも、俺も別に信じてるわけでは・・」
良杜は顔を赤くして早口で喋った。
やはりこんな都市伝説のような話を信じてる者は少ないのだ。
「そっかぁ。確かにそうだよな。番になっちゃうと、もうΩのフェロモンは番相手にしかわからくなっちゃうんだもんね」
恥ずかしそうに俯いてると、隣の明が感心したような口ぶりで言った。
「じゃぁ迎君の運命の番を見つければいいんだ!その人と番になれば他のαには迎君のフェロモンは分からなくなるんだし、嫌な顔をされることもなくなるよね」
「明、だから運命の番なんてなかなか見つかるものじゃないんだよ。簡単に言わないの」
幸が冷めた視線を明に送る。
「でも、他のΩよりは見つけやすいってことでしょ。迎君のフェロモンが苦手じゃないってαを探せばいいんだ」
「だから、それをするには迎君がαの前でヒートを起こさなきゃいけないんだよ。それの方が辛いよね?」
幸にそう聞かれ良杜は黙り込む。
確かにそれの方が辛い。また不快な顔をされたら傷つくだけだ。
けれど、ではどうやって運命の番を見つければいいのだろう。明の言った通り、ヒートになって自分のフェロモンを嫌がらない相手を探す以外の方法はない。
考えるように黙っていると、それまで黙って聞いていた基依がボソッと口を開いた。
「別に、無理にいいんじゃね?」
「え?」
「別にαとか運命の番にこだわらなくても。βや同じΩで気の合う奴探せばいいじゃねーか」
「・・基依君」
基依のその言葉にいち早く反応したのは幸だ。
「俺らだってβとΩのカップルだけど問題ないぜ。まぁ、幸が本当はどう思ってるかは知らないけど」
「何それ?俺が何か不満を持ってると思ってるの?」
「別に。でも俺らβにはΩのフェロモンをどうすることもできないのは事実だから。でも、俺は幸が不安にならないように上手く付き合っていきたいと思ってるけど」
「・・・」
幸はその言葉を聞いて下唇を尖らせながら頬を染めた。どうやら嬉しいようだ。
良杜はそんな二人をじっと見つめる。
正直、心底羨ましい。こうやって、選び選ばれる関係が。
自分だって別にαにこだわっているわけではない。
ただ自信がないのだ。誰かに好きになってもらえるという自信が。
だから、運命の番なら間違いないと思ったのだ。
運命の番ならどんな自分でも選んでもらえるのではないかと・・
「・・みんな、ありがとう」
良杜はニコリと微笑んだ。
「こんなに自分のことやΩのこと話せたのは初めてだから嬉しかった。基依君の言う通り、第二次性にこだわらないようにしてみるよ」
「・・迎君」
明は、それで本当に大丈夫なのか?といいたげな視線を向けてくる。
「よし、じゃぁまた今度こうやって集まろうぜ!良杜に必要なのはもっと色んなやつと知り合って楽しく遊ぶことだって!」
仕切り直すように基依がポンと手を叩いた。
「・・うん。本当にありがとう。また、よろしくお願いします」
良杜はペコリと小さく頭を下げた。
みんないい人達だ。解決策はまだ分からないけれど、話を聞いてもらえただけでも少し気持ちがスッキリした。ずっと、一人で悩み傷ついてきたから。
みんなと知り合いになることができてよかった。
ファミレスから外に出ると、陽が沈み始めていた。
思っていたより長居していたようだ。
三人と別れると良杜は自分の家に帰るため駅の方へと歩き出した。
基依も本来は電車で帰るそうだが、今日は幸の家に寄る予定らしい。すっかり家族公認の仲だそうだ。
良杜は歩きながら四十万幸の顔を思い浮かべた。初めて同い年のΩと話した。そして痛感した。やはり自分はΩらしくないと。
幸は一目見ただけで惹きつけられるような美しさがあった。それに繊細そうで守護欲を引き立てられるような雰囲気だ。
あれがΩ。多くのαが求めるのはああいうΩなのだ。自分はきっとお呼びではない。
そんな自分を、誰かが見つけてくれるのだろうか。運命の番なら、気づいてくれるのだろうか・・
「迎!」
後ろから名前を呼ばれ、良杜はビクっと肩を揺らした。
その声に聞き覚えがあったからだ。
良杜はゆっくりと振り返る。
「・・天谷」
天谷創が右手を上げて小走りでこちらに駆け寄ってきた。
一瞬心臓がギュッと縮んだような気がして胸を抑える。
しかし先ほどのような動悸は起こらない。薬が効いているのだろう。
「お前、こんな時間までここで何してんの?」
創は良杜の前まで来ると、自然と横に並んで歩き出した。
良杜は戸惑いつつも同じペースで着いて行く。
「あ、さっきまでファミレスで話してて・・」
「ファミレスって、四十万達と?」
「う、うん・・」
肩に掛けたトートバッグの紐をキツく握りながら良杜は頷いた。
何事もなかったかのように創と話しているこの状況が不思議だ。
先ほどの事、それから初めてヒートが起こった時のこと。
彼は何も思っていないのだろうか。
「しかしさっきはビックリしたよ」
「え・・・」
「お前がうちの学校の有名人と一緒にいるもんだからさ」
「・・え、有名人・・あぁ、四十万幸くんのこと?」
もしかしてヒートのことを聞かれるのかと身構えてしまった。
違うとわかり、良杜はホッと胸を撫で下ろす。
「そう、校内で有名だよあいつ。うちの学校でΩなの今あいつだけだし。何かと噂されてる」
「へ、へぇ・・」
Ωという言葉に反応しないように、良杜は俯いて相槌を打った。
「なぁ。四十万と繋がりがあるって言ってたあいつはなんなの?」
「え・・基依君のこと?」
「あー、そんな名前だっけ?四十万もたしかそう呼んでたな」
「・・基依君は・・」
正直に言って良いのだろうか。
今日の幸の応援の仕方を見る限り、特に隠しているわけではなさそうだったが。
「あの・・幸君と付き合ってる人で・・それで今日幸君を紹介してもらったっていうか・・」
「・・え、まじか」
創は少し釣り上がった瞳を丸くさせた。
「四十万って矢野と付き合ってるんだと思ってた」
「矢野?」
「同じクラスのαの奴だよ。四十万と幼馴染らしくていつも二人で仲良く登校してるぜ。αとΩだしてっきり二人はできてるんだと思ってたけど」
「・・そ、そうなんだ。でも、付き合ってるのは基依君だと思うけど・・」
「なぁ。その基依ってαなのか?」
「え・・いや、基依君はβだけど・・」
「ふーん・・」
創は何か含みのある笑みを浮かべる。
「じゃあ、俺四十万狙ってみようかな」
「はっ?!」
あまりの驚きに良杜は大きな声を出した。
「な、何言ってんの?幸君と基依君は付き合ってるって・・」
「でもβなんだろ?Ωが付き合うなら絶対αの方がいいに決まってるじゃねーか」
「・・・いや、でも・・」
「てっきり矢野とできてると思ってたから対象外にしてたけどさぁ。βと付き合ってるならきっとそのうち別れるだろ」
「・・・天谷は、四十万君のこと好きなの?」
「え?まぁ、綺麗だとは思うけど・・」
創はそこまで言うと、何かを考えるように黙り込んだ。
それから良杜の方に目を向ける。
「なぁ、迎ってΩ?」
「・・え」
「ずっと、聞こうと思ってたんだよ。でも、お前首輪もしてないし、やっぱ違う?」
「・・・」
良杜は自分の首筋を手でなぞった。
このまま誤魔化してしまおうか。そうすれば、あの時の不快な匂いはΩのフェロモンではなかったと思ってもらえるかもしれない。
「ち、違うよ。俺がΩなわけないじゃん」
良杜は微笑みながら創の目を見て言った。
「・・ふーん、そっか。違うんだ」
なんとなくつまらなそうな顔で創が応える。
「俺、Ωのフェロモン感じたことないんだよな。だからΩと付き合ってみたいなぁと思って」
「・・・」
違う。本当はあるのだ。自分の不快なフェロモンなら・・
けれどそんなこと言えるはずもない。
「身近にΩだってわかってるの四十万だけだし、まぁ、ちょっかいかけるくらいいいだろ」
創は意地悪そうに笑った。
「幸君と基依君、すごく仲良さそうだったから、無理じゃないかな・・」
良杜の言葉を聞いて、創はじろりと睨みをきかせる。
「・・・お前、結構言うじゃん。昔はもっと口数少なかったのにな」
その視線に良杜は怯えるように肩を強張らせて言った。
「・・昔って、いつの話・・?」
「そりゃ、あの頃だろ。お前がサッカー教室いた頃。一回だけ合宿にも参加したことあったよな。あん時もお前、大人しそうにしててさぁ」
「あ、そういえば・・サッカー教室、一緒だったね・・」
「はぁ?忘れてたのかよ。薄情なやつ」
「・・ご、ごめん」
良杜は慌てて頭を下げて謝る。
今まで忘れていた。
と言うよりは、あまり良い思い出ではないので記憶の隅に追いやっていたのだ。
そう、創とは小学生の頃数ヶ月ほど入っていたサッカー教室が一緒だった。
きっと創と最後にまともに話したのもそのサッカー教室の時だ。
あの時、創はなんて言ったっけ?
まだ背丈も同じくらいだった頃。
練習で泥だらけになった創が、楽しそうに笑っていた。
そんな創を不思議そうに見つめて、確か聞いたのだ。
「どうしたの?なんかいいことあったの?」と。
すると創は鼻を突き出す仕草をしてみせてこう言ったのだ。
「なんか、お前って美味しそうな匂いするよな」
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