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その後のお話

ボートに乗って二十メートルほど下まで一気に落下した。 激しい水飛沫が顔にかかる。 先ほどまでの緊張と恐怖はどこかにいき、今は興奮と爽快感で頭がいっぱいだ。 「た、楽しい・・」 ボソッと呟くと、隣に乗っていた創が嬉しそうに笑った。 「なっ?!乗ってみたら案外怖くないだろ!」 「う、うん!」 良杜もつられて笑顔になる。 「他のジェットコースターも乗ろうぜ!次はあれとかいいじゃん」 創がそう言って指差したのは、ハイスピードで急旋回するこの遊園地でも一二を争う人気のアトラクションだ。 すると後ろの席から「えっ!」と大きな声が聞こえた。 「俺、あれはちょっと・・」 明が口元をひくつかせ困った顔をしている。 「じゃぁみんながあれに乗ってる間、俺と明は違うアトラクションに乗ろうよ」 明の隣に座っていた昴が笑顔でフォローするように言った。 「とか言って、やっと二人きりになれるチャンスとか思ってるんじゃないの?」 「今日はみんなで旅行に来てるの忘れるなよ、矢野」 明達のさらに後ろから幸と基依が茶化すように言いながら顔を覗かせた。 「別にそんなこと思ってないよ」 昴がチラリと二人に鋭い視線を送る。 「その顔は図星だろ」 意地悪そうに基依がニヤリと笑った。 明と幸はお互いを見ながら、フッと吹き出す。 そんな光景を、先頭に座っている良杜は微笑みながら眺めた。なんだか不思議な気分だ。 まさかこのメンバーで旅行にくることになるなんて、夢にも思わなかった。 ーー 「良杜さぁ、春休み旅行行かね?」 突然基依からそう言われたのは、バレンタインも終わりまもなく三月に入ろうかという時期だった。 「え、旅行?」 想像もしていなかった言葉に良杜はポカンと口を開けて応える。 「おう。俺と幸と明と矢野と、それから良杜と天谷」 一人ずつ名前を上げ数を数えるように基依が指を折りながら言った。 「な、楽しそうじゃん?良杜も天谷と旅行したいだろ?」 「え、え〜。したいって言われれば、したい・・かな?」 考えたこともなかったので良杜は返答に困る。 天谷とは週に一回は会っているが、泊まりで遊んだことはまだない。けれどそれで今のところは十分に満足している。 「天谷はしたいと思ってるって、絶対!な、春休みにさ一泊くらいなら大丈夫だろ?」 「う、うん・・多分大丈夫だとは思うけど・・でもなんで・・」 良杜がそこまで言いかけたタイミングで「あ、もしかしてもう話してる?」と後方から声がした。 振り向くと明が申し訳なさそうな顔で笑って立っている。 「良杜君、急な話でごめんな」 明が胸の前で手刀を切って小さく頭を下げた。 「あ、えっと旅行の話?」 良杜が聞くと明はコクンと小さく頷く。 「そう。せっかく行くなら良杜君と天谷君も誘おうってことになったんだ」 「そ、そうなんだ。でもなんで急に旅行の話になったの?」 「修学旅行の写真を見せ合ってる時に、矢野がボソッと自分は明と旅行したことないってぼやいたんだよな。そしたら幸がじゃぁみんなで旅行しようって言い出したわけ」 基依が笑みを浮かべながらも少し呆れたような口調で答えた。 「とはいえお金もかかるし、一泊で関西あたりがちょうどいいかなって思ってて。どうかな?」 明が窺うような視線を良杜に向ける。 「だ、大丈夫だと思う。天谷にも聞いてみるよ!」 友人と旅行だなんて、そんな嬉しいお誘いはない。 良杜は頬を染めて嬉しさを噛み締めるようにして言った。 創に確認したところ、迷うそぶりもなくすぐにOKの返事がきた。 昴や幸からすでに打診があったようだ。 「楽しみだな」という創の言葉に良杜も大きく頷いた。 こうして、受験生になる前の春休み。 六人での一泊二日の旅行が敢行された。 一日目が遊園地。二日目が観光の予定だ。 朝早く起き、新幹線や在来線を乗り継いで約二時間で目的の場所に到着した。 遊園地に一番テンションが上がっていたのは基依だ。そんな基依を冷ややかな目で見ながら幸が隣りを歩いていく。 その後ろでは昴と明が和やかな雰囲気で会話をしている。 昴は明のことを愛しそうな視線で見つめていて、一緒にいられることを心から喜んでいるのがこちらにも伝わってくるほどだ。 改めて二つのカップルの様子を観察しながら、自分達はどのように見えているのだろうと隣の創に目をやった。 創はスマホで遊園地のマップを確認しながら、どう動くのが効率が良いか考えている。 何事も仕切りたいタイプの創らしい。 「うん?なんか乗りたいものあるか?」 良杜の視線に気づいたのか、創がこちらに目を向けて聞いた。 「あ、いや。別に」 良杜は慌てて前に向き直る。見ていたことがバレてしまっただろうか。 「お腹空いてきたし先に昼ごはん食べん?お昼ぴったりだと混みそうだし」 基依がお腹をさすりながら言った。 その提案に創も頷く。 「そうだな。六人の席探すのも大変だし早い方がいいな。ちょうどそこ曲がったところハンバーガーの店だけど入るか?」 創がスマホを見ながら指を指す。 レトロでオシャレな外観の大きな建物が目に入った。 「いいんじゃない?入ろうよ」 幸の返事を聞いて昴と明も同意するように頷いた。 どうやら幸の意思決定がこの三人には大切なようだ。 「じゃあ、俺席探してくるわ。みんな先注文しててよ」 創がそう言って率先して店の中に入っていくのを見て、良杜は慌ててその後を追いかけて行った。 「あ、俺も天谷と一緒にいくよ」 「え、別に一人でも大丈夫だけど・・」 「・・一緒に行きたいから」 良杜はそう言うとチラリと創を見つめる。 創はグッと息を飲み込む仕草をすると「じゃあ・・あっちから探しに行こうぜ」と言って頬を染めながら歩き出した。 そんな創の後ろを良杜も恥ずかしそうについていく。 付き合ってから気づいたことがある。 こうやって何かをお願いする時、良杜が目を見て言うと創は大抵聞いてくれるのだ。 それだけで、愛されていることを実感できる。 こんな自分のことを好きでいてくれる。 それがとても嬉しく、そしてどこかこそばゆい。 「良杜君と天谷君て本当に仲良しだよな」 ハンバーガーにかぶりつきながら正面の明が嬉しそうに言った。 「え・・」 良杜はポテトに伸ばしかけた手を止める。 「今日見ててさぁ、二人ともすごい波長があってそうっていうか。性格は違うはずなのに二人でいる時の空気はぴったりって感じ!」 「そ、そうかな。ありがとう」 照れながら良杜はお礼を言う。 「やっぱり運命の番ってすごいんだな!」 「・・明、昴が悲しむからそういうこと言わない」 明の隣に座っていた幸がピシャリと冷めた声で言った。 その言葉を聞いて良杜はチラリと昴の方に目を向ける。 昴はどこか複雑そうな顔をしながらも、うっすらと笑みを浮かべてジュースを飲んでいた。 「えっ!違うから!運命の番の絆はすごいんだろうなって思っただけで、昴が運命の番と一緒になった方がいいって言いたいわけじゃなくて・・」 慌てて隣の昴の腕を掴み、明が釈明する。 「大丈夫、わかってるよ」 昴はニコリと笑って明の手のひらを撫でた。 「意地悪なこと言うなよな、幸。そういうお前こそもし運命の番に出会ったらどうするんだよ」 呆れたような顔で幸の前にいた基依が問いかける。すると幸は口を尖らせ澄ました顔で答えた。 「そんなの決まってる。もし運命の番が現れたらそっちを選ぶに決まってるじゃない」 「はぁ!?お前なぁ!?」 「だって間違いない相手なんでしょ?好きとか嫌いとか感情に振り回されるの俺は得意じゃないし。運命の番が現れたらそりゃそっちを選ぶよ」 「もー、幸。ここにきて喧嘩するなよ」 明が宥めるように幸の肩をポンと叩いた。 その様子を見て創が驚いたような表情を浮かべる。 「へぇ。幸って思ってた以上に冷めたタイプなんだなぁ」 「別に冷めてるわけじゃないけど。人に振り回されるのが嫌なだけ」 「ほー。でも、好きな相手になら振り回されてもいいよな、基依君?」 創はニヤリと笑って基依に同意を求めるように言った。 「あんまり振り回されすぎたら愛想尽きるかもしれないけどな!」 基依の怒りは溶けていないらしい。フンと鼻を鳴らして、目の前の幸を睨む。 しかし幸は動じることなくツンとした顔で食事の続きを始めた。 そんなやりとりを見ながら良杜は先ほど創が言った言葉を頭の中で反芻する。 『好きな相手になら振り回されてもいい』 そんなことを思っていたなんて。 いつも、なるべく迷惑をかけないようにと思っていた。 嫌われたくないし、見離されたくないから。 けれど・・ もう少し、自分の気持ちや思いを素直に言ってもいいのかだろうか。 「見ろよ。あいつらもう仲直りしてる」 昼食を終えシアター型のアトラクションに並んでいる時、創が少し先で待っている幸と基依を見て言った。 相変わらず幸は澄ました顔をしているが、基依は笑って対応している。 「あれさ、基依が運命の番の話を振ったから幸は怒ったんだろうな」 「え、そうなの?」 良杜は驚いて目を見開く。 「そうだよ。基依が試すようなこと言ったから幸が怒ったんだ。まぁ、基依も不安なんだろうけどさ」 「不安?」 「βだろあいつ。もし本当に幸に運命の番が現れたらって思ったら、不安になる気持ちもわかる」 「・・あぁ、なるほど・・」 良杜は小さく頷いた。 『運命の番』が引き寄せる力の強さ。それは自分も実感しているものだ。 けれど、どうしてだろう。 なんだか胸の辺りがモヤモヤする。 「・・・」 良杜が黙って俯いていると、そんな心情を読み取るように創が言った。 「でもさ、俺は思ってるよ。お前が運命の番じゃなくても好きになってたって」 「え・・・」 「俺は今の迎のことが丸ごと好きだから。自信なさそうなところも全部」 「・・・」 「まぁ、もう少しワガママは言ってくれていいと思うけどな。っていうか言って欲しい」 「・・・う、うん」 良杜は震える声で返事をする。 「お、俺も・・天谷のことすごく好き。だから、俺は・・逆に運命の番でよかったなって。大好きな天谷が『運命の番』だったなんて、それこそ本当に運命だ。だから、その運命を逃したくなくて・・素直に言いたいこと言えない時もあるけど・・でも、これからは言うようにする。天谷のこと、信じてるから・・」 「あぁ。なんでも言えよ。本当に、なんでも」 ニコリと笑い自信満々な顔の創を、良杜は涙を浮かべながら見つめる。 この人が、永遠に自分の番でありますように。 そのために、自分も変わるから。 だから、どうか・・ ずっと一緒にいられますように。 そう良杜は心の中で願った。 「おーい、俺達の番だぞ」 前の方から基依が大きな声で呼びかけてきた。 「よし、行こう。迎」 創は大きな手のひらで良杜の手を優しく握る。 「うん!」 その温もりに応えるように、良杜はその手を強く握り返した。

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