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05-3 こんなにも好き、なのか?(3) 破滅を貫く光
轟音が大地を裂いた。
紫色の空間が大きく揺らぎ、まるでこの世が裏返るような不協和音を放つ。
「やめろ……止まれ……!」
地に伏したクレインが、震える手を伸ばす。
だが、砕け散った魔法陣は二度と再生せず、魔力の奔流は彼の声をあざ笑うように膨張していく。
「も、もう駄目だ……! このままでは王都まで……!」
兵士たちが悲鳴を上げ、恐慌に陥る。
その中で、レオンハルトだけが一歩前に出た。
彼の背は揺るぎなく、迫りくる崩壊の渦をも遮る壁のようだった。
「……俺が行く」
「な……なにを言っている!」
クレインが顔を上げ、血走った目で睨む。
「これは理の問題だ! 拳でどうにかなるものでは……!」
「理屈はお前に任せる。だが、止めるのは俺の役目だ」
短くそう言い残し、レオンハルトは魔力の渦へと歩み出した。
兵士たちが思わず息を呑む。
「せ、聖者様!? いくらなんでも無茶です!」
「戻ってください!」
誰の声も届かない。
吹き荒れる魔力の嵐が衣を裂き、皮膚を焼く。
普通の人間なら一歩で灰になる。
だが、彼は進むたびに拳を振るい、押し寄せる魔力の塊を次々と砕いていった。
まるで暴風を拳で切り裂くように。
まるで稲光を手で握り潰すように。
理を超えた力が、確かにそこにあった。
「バカな……! そんな……!」
クレインの声は絶望と嫉妬に震えていた。
「魔法では不可能なことを……拳で……!」
ロイだけは違った。
瞳を輝かせ、拳で魔を砕く男を見つめる。
興奮して体が熱い。
(やっぱり……私は、あの人を……!)
やがて彼は、渦の中心――巨大な魔力核の前に辿り着いた。
それは黒い水晶のように脈動し、周囲の大地を食らい尽くしている。
レオンハルトは拳を握りしめ、低く呟いた。
「……ユリウス。俺に力を貸してくれ」
彼の耳に、確かに聞こえた気がした。
遠く王城にいるユリウスの声。
必ず戻ってこい――その祈り。
「――おう!」
吠えるように叫び、全身の力を拳に込める。
振り下ろした一撃が、轟音と共に魔力核を直撃した。
瞬間、世界が閃光に包まれる。
空を裂いていた紫のひび割れが音を立てて崩れ落ち、暴走していた魔力の奔流が霧散していく。
****
静寂。
空は青を取り戻し、ただ風の音だけが残った。
兵士たちは呆然と立ち尽くし、やがて一人が叫んだ。
「せ、聖者様が……止めた……!」
次々と歓声が上がり、地鳴りのように広がる。
その中心で、レオンハルトは拳を下ろし、肩で息をしながらも堂々と立っていた。
「ふ……やれやれ」
額から汗を流しながらも、余裕の笑みを浮かべる。
その姿は、魔導士たちが積み上げてきた理を否定し、なお輝く“力”そのものだった。
クレインは膝をつき、震える声で呟く。
「……こんなの……ありえない……。私の術式でも止められなかったのに……」
だが、兵士たちはもはや彼を見ていなかった。
誰もが、拳で魔を砕いた男に視線を奪われていた。
――魔力核を砕き、世界は静寂を取り戻した。
****
帰路の馬上。
夕暮れに照らされる背中を見つめながら、ロイはとうとう抑えきれなくなった。
「……レオン様」
「なんだ」
「私は……あなたのことを、好きになってもいいですか?」
沈黙。
風が木々を揺らし、騎馬の足音だけが響く。
やがて、レオンハルトは低く答えた。
「……俺を好きになるのは構わない。しかし……王子殿には迷惑をかけるな」
「……!」
その言葉の意味に、ロイは息を呑む。
(やっぱり……殿下も、レオン様を……。そして、もしかしたらレオン様も殿下のことを……)
胸が熱くなる。
恋のライバルが王子だと突きつけられても、不思議と退く気持ちはなかった。
薄々気づいていたことだった。
それに、もしレオン様が殿下に対して主従関係以上の想いがあったとしても、巻き返しは十分に出来る。
一緒にいる時間が多い分、有利なのだ。
(男と男の勝負。なら……私だって負けない。絶対に)
ロイの瞳は、夕陽を映して力強く燃えていた。
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