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07-4 お前のおかげだよ(4) 正義と慈悲

広場に静寂が戻った。 群衆の歓声も徐々に落ち着き、代わりに重い空気が漂う。 崩れた石柱の陰から、鎖につながれたエドマンドが引きずり出されてきた。 召喚の儀を行った反動で、彼の顔は蒼白に染まり、汗に濡れていた。 だが、その瞳だけはなお狂気の炎を宿し、ユリウスを射抜いていた。 「……負けぬ。力は……王の証だ。民など、石ころに過ぎぬ!」 弱々しい声で叫ぶその姿に、群衆から罵声が飛ぶ。 「黙れ、裏切り者!」 「魔獣を呼び出して民を犠牲にするなど……!」 「ユリウス様を貶めようとした罪、万死に値する!」 怒号が広場を揺らす中、ユリウスは壇上に立った。 震えそうになる膝を、両手で押さえ込む。 父の背中を思い出しながら、彼は一歩を踏み出した。 「叔父上、エドマンド。あなたの罪は重い」 声はよく通った。 群衆の喧騒が、すっと収まっていく。 「王家の血を持ちながら、民を裏切り、魔を呼び寄せ、この国を混乱に陥れた。斬首以外に道はない」 その言葉に、人々は大きく頷いた。 「当然だ」と口々に叫ぶ声があがる。 兵士たちも剣を握り、今にも斬り捨てる覚悟を見せた。 だが、ユリウスはその手を挙げ、制した。 「……だが」 その一言に、広場が再び静まる。 ユリウスは息を吸い、真っ直ぐに叔父を見据えた。 「王は、憎しみに支配されてはならない。あなたの罪は消えない。だが、処刑で終わらせれば、残るのは恨みだけだ」 ざわめきが起こる。 民衆の中には反発の声もあった。 「甘い!」 「生かせばまた禍根を残す!」 その声にユリウスは首を振った。 「だからこそ、永遠に牢へ閉じ込める。王家の名を持ちながら、光の届かぬ地下に繋がれ、民に背いた己の罪を噛み締め続けるのだ」 その宣告に、広場は再びどよめいた。 処刑よりも苛烈な、生涯をかけた贖罪。 それがユリウスの下した裁きだった。 エドマンドはその場で崩れ落ち、嗚咽を漏らした。 だが、それが悔恨か、怒りかはわからなかった。 群衆の一角から、ゆっくりと拍手が起こった。 それはやがて広がり、広場全体を包んでいった。 「殿下こそ、真の王だ……!」 「処刑ではなく裁き。慈悲と決意を併せ持つ方だ!」 「我らの王に万歳!」 人々の歓声が渦を巻き、空へと昇っていく。 その中で、ユリウスは拳を強く握りしめていた。 まだ恐怖は残っていた。 自分は完璧な王にはほど遠い。 だが、この瞬間に確かに一歩を踏み出せた。 「……父上。ようやく、少しは近づけたでしょうか」 心の中で呟いたその時。 「よくやったな、子猫ちゃん」 背後から、温かな声がかかった。 振り返れば、レオンハルトがそこに立ち、いつものようににやりと笑っていた。 「王の器ってのは、でかい拳じゃ測れねえ。お前みたいに、泣きながらでも立っていられるやつが、本物なんだろうよ」 その言葉に、ユリウスの胸が再び熱くなる。 涙が零れそうになるのをこらえ、彼は精一杯背筋を伸ばした。 「ありがとう、レオンハルト」 それは王としての感謝であり、一人の少年としての心からの言葉だった。 広場に新たな歓声が湧き、空に響き渡った。 こうして、裁きの場は幕を閉じた。

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