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07-5 お前のおかげだよ(5) 静かな祝福の夜

裁きが下された後も、王都の広場は熱気に包まれていた。 人々は口々に殿下の名を呼び、聖者の勇姿を語り、涙を浮かべて抱き合った。 「ユリウス様こそ我らの希望だ!」 「聖者レオンハルトに万歳!」 「この国はきっと安泰だ!」 兵士たちも安堵の表情を浮かべ、互いの肩を叩き合う。 長く続いた疑念と不安が、一気に払われた瞬間だった。 ユリウスは壇上に立ち続け、その光景を見つめていた。 人々の歓声を浴びながらも、心の奥底ではまだ信じられない気持ちが残っていた。 (私なんかが……本当に、王になれるのだろうか) 胸の奥に宿る不安は消えなかった。 だが、その肩に大きな手が置かれた。 「お前、だいぶ王様っぽくなったな」 耳元で低く囁かれ、ユリウスはびくりと肩を震わせた。 振り返れば、レオンハルトがいつもの調子で立っていた。 戦いの疲れを少しも見せず、堂々とした姿で。 「……そんなこと、ない」 ユリウスは視線を逸らし、小さく呟いた。 「私はまだ、怖いし……泣きそうだった」 するとレオンハルトは、豪快に笑った。 「それでいいんだよ。恐怖に抗うやつを、本物の勇気って呼ぶんだ」 その言葉に、ユリウスの胸がじんわりと温かくなる。 同時に、頬が赤くなり、慌てて視線を逸らした。 「な、なんで……そんな簡単に言えるんだ」 「簡単じゃねえさ」 レオンハルトは遠くの空を見上げた。 「俺だって怖いさ。拳を振るうたびに、壊すんじゃねえかってな。でも――守りたいものがあるなら、怖くても殴るしかねえだろ?」 その横顔は、普段の軽口からは想像もできないほど真剣で、ユリウスは思わず見入ってしまった。 やがて二人は壇を降り、城へと戻る道を歩いた。 途中、民衆が次々と駆け寄り、感謝の言葉を述べた。 「ユリウス様、どうかご自愛ください!」 「聖者さま、命を救ってくださり……!」 その度にユリウスは必死に笑顔を作り、言葉を返した。 震える声でも、真摯に応じる姿に、民はますます信頼を深めていった。 一方のレオンハルトはというと、民衆の少女に手渡された花の冠をひょいっと自分の頭に乗せた。 「……子猫ちゃん、どうだ、俺に似合うだろ?」 突然振られ、ユリウスは真っ赤になってそっぽを向いた。 それは、民の英雄であり、王国の英雄であり、自分の英雄の凛々しい姿。 「し、知らない! ……でも、似合ってる」 小さく付け足したその言葉は、レオンハルトにはしっかり届いていたらしい。 彼は嬉しそうに口角を上げ、胸を張って歩き出した。 城に戻ると、夜の帳が下り始めていた。 宴が催されることもなく、今日は静かな夜となった。 人々は安堵の中で眠りにつき、街は穏やかさを取り戻していった。 ユリウスは自室の窓辺に立ち、星空を見上げていた。 胸の奥にはまだ不安があった。 だが、それを押し潰すほどの熱もまた宿っていた。 「私は……必ず、この国を守る。父上のように……いや、それ以上に」 その誓いを胸に刻んだとき、背後の扉が開いた。 「お、真面目な顔してるな」 レオンハルトが勝手に入ってきて、窓際の椅子に腰を下ろした。 にやにやとユリウスを見上げる。 「……ノックぐらいしろよ」 「王子様の英雄だ。そのくらい構わないだろ?」 あまりに勝手な物言いに、ユリウスは思わず笑ってしまった。 その笑顔を見て、レオンハルトも満足そうに目を細める。 星明かりに照らされたその時間は、戦いの喧騒からは遠く離れた、穏やかで温かなものだった。 そしてユリウスは、ふと小さく呟いた。 「レオン。私は……お前がいてくれるから、ここまで来れたんだ」 その言葉に、レオンハルトは一瞬だけ真剣な表情を見せた。 次に、いつもの調子で肩を竦める。 「光栄だな。お前の勇気の半分くらいは、俺の拳ってことか?」 「……いや、全部だと思うが?」 ユリウスの不意の切り返しに、レオンハルトは目を丸くした。 そして、豪快に笑い出す。 「ははっ! いいぞ、子猫ちゃん。そうやって俺をからかえるなら、もう立派な王様だ」 二人の笑い声が、夜の静寂に溶けていった。 こうして、試練の一日が幕を閉じた。 だが、王国の未来はこれからだ。 ユリウスとレオンハルト――王と聖者の物語は、まだ始まったばかりだった。

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