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09-1 ずっと俺の隣にいろ(1) 暗殺者の足音

建国祭から数日が経った。 王都はまだ祭りの余韻を引きずり、街のあちこちに彩りが残っていた。 だが城の中は、浮かれた雰囲気とは対照的に緊張感に包まれていた。 ユリウスは執務机に向かい、山積みの書類に目を通していた。 王位継承を済ませた彼の一日は、重責に追われていた。 ふと視線を上げると、窓の外に見慣れた人影が立っていた。 「……また来たのか?」 わざと素っ気なく声をかける。 「またとはなんだ。俺はお前の護衛だろ」 腕を組んで立つレオンハルトは、いつも通りの余裕を漂わせていた。 「書類に埋もれて倒れてたら困るからな」 「私は子供じゃない!」 反論しながらも、ユリウスの胸は温かく満ちていた。 建国祭の夜――あの告白と口づけ。 それ以来、二人は互いを意識しながらも、どこかぎこちなく距離を測っていた。 「……お前は、どうしてそんなに落ち着いていられるんだ?」 「落ち着いてねぇぞ。お前が横にいると、心臓がやかましい」 「……!」 赤面しそうになるのを必死に堪え、書類に視線を落とした。 こんなふうにからかうのはいつものことなのに、今は妙に刺さる。 恋人になったという事実が、すべてを違って見せていた。 **** そんな甘いやり取りを遮るように、部屋の扉がノックされた。 「失礼いたします!」 現れたのは側近のルカだった。 息を切らし、焦りの色を隠せない。 「ユリウス様、重大な報告がございます」 「どうした、ルカ?」 ルカは一度息を整え、言葉を選ぶように口を開いた。 「王都に、魔族が潜伏している可能性が高いとの情報が入りました」 「……魔族……建国祭の間に……?」 ルカはうなずいた。 ある程度は想像通りだった。 ユリウスとレオンハルトは目くばせして確認をとる。 「はい。王城の警備をすり抜け、王族暗殺を企てていると。既に何人か、影のように消えた兵が……」 室内の空気が一気に張り詰めた。 想像以上に近くまで潜入されている。 ユリウスの背筋に冷たい汗が流れる。 「……王族……私を狙っているというのか」 「可能性は高いです」 ルカの声は重かった。 「既に、いつどこから襲撃されてもおかしくありません」 ユリウスの胸に不安が渦巻く。 しかし、その隣に立つレオンハルトは、いつものように涼しい顔で言った。 「なるほどな。だが安心しろ」 「安心……?」 「狙われてるなら、俺が代わりになってやればいい」 言葉の意味を理解した瞬間、ユリウスは目を見開いた。 「まさか……お前が、私の影武者に?」 レオンハルトは口の端を上げ、愉快そうに笑った。 「そういうことだ。どうせ暗殺者なんざ、拳で迎えてやれば終わりだ」 ユリウスは思わず立ち上がる。 「命を狙われているのは私なんだ! お前が代わりに……そんなの、耐えられない!」 必死の声が室内に響く。 その真剣さに、レオンハルトは一瞬だけ表情を和らげた。 「……心配してくれるのか?」 「当たり前だろ!」 「フッ、そうか」 大きな手がそっとユリウスの頬に触れる。 「でもな、ユリウス。お前が死んだら、国も俺も終わりだ。俺はお前を守るためにここにいる」 まっすぐな瞳に見つめられ、ユリウスの心臓が痛いほど跳ねた。 恐怖と同時に、どうしようもない安心感が湧き上がる。 「……ほ、本当に大丈夫なのだな?」 「ははは、俺にとっちゃ散歩みたいなもんだ」 また余裕の笑みで返され、ユリウスは呆れながらも微笑んでしまった。 この人なら――そう思わせる不思議な力があった。 **** その夜。 王城の一角、誰も使っていない部屋に、闇が忍び寄っていた。 窓から滑り込むように現れた影は、人の形をしていながら異質だった。 漆黒の肌、赤い瞳、そして冷たい刃を携えている。 「……標的は国王ユリウス」 低い声が闇に溶けた。 「聖者が守っていようと、必ず討つ」 影は音もなく廊下へと消えていく。 王城の空気が、さらに冷たく張り詰めていった

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