63 / 80

13-1 お前を離さねぇよ(1) 怒れる精霊との衝突

王都の復興が進む中、レオンハルトは珍しくのんびりと庭園の芝生に寝転がっていた。 青空を見上げ、欠伸をひとつ。 「平和ってのは退屈だな」 その隣でユリウスが書類を抱え、呆れたように見下ろす。 「お前が勝手に騒動を片付けすぎるからだろ。普通なら、まだ混乱が続いてるところだ」 「まぁいいじゃねぇか。国が落ち着いて、お前が安心できるなら」 「……!」 さらりと告げられた言葉に、ユリウスの頬が赤く染まる。 「そ、そういうことを軽々しく言うなよ!」 「軽くなんかねぇよ。本気だ」 レオンハルトは笑い、再び空を仰ぐ。 ――その瞬間だった。 風がざわめき、庭の花々が一斉に震えた。 小鳥たちが一斉に飛び立ち、犬が吠える。 「……?」 ユリウスが眉をひそめる。 「今の、何……? ただの風じゃない」 レオンハルトはすぐに上体を起こし、気配を探った。 大地の奥から、微かな唸りのようなものが響いていた。 「……精霊だな」 「精霊?」 「そうだ。森や川、炎や風に宿る連中。普通は人に害をなすことはねぇが……今のは違う」 言葉を交わす間にも、空気はざわつきを増していく。 遠くから響く雷鳴。雲ひとつない空に、不気味な音が轟いた。 **** 数日後。 調査に出たロイが戻ってきた。 彼の顔は蒼白で、手は小刻みに震えている。 「陛下……レオン様……! 大変です。森が……森が怒っています!」 「森が怒っている?」 ユリウスが問い返す。 「はい……! 精霊たちが暴走しているのです。森の木々が勝手に根を動かし、村を押し潰そうとして……! 人々が逃げ惑っています!」 「……やはりか」 レオンハルトは低く呟き、立ち上がった。 「行くぞ。放っておけば国が崩れる」 「待って! ここは慎重に……」 ユリウスが呼び止めるが、レオンハルトは振り返り、まっすぐに見つめた。 「お前が守りたい国なんだろ? なら俺が拳で黙らせてやる」 「……!」 その瞳に射抜かれ、ユリウスは息を呑む。 同時に、胸の奥が熱くなる。 (どうして……この人は、こうまでして……) 心臓の鼓動が早鐘を打つ中、ユリウスは小さく頷いた。 「分かった。私も行く。王として、国の民を見捨てるわけにはいかない」 「上等だ。じゃあ一緒に暴れるか」 豪快な笑みに、緊張がわずかに和らぐ。 ****  一行は王都を出て、深い森へと向かった。 道中、鳥の鳴き声はなく、風は淀み、空気は重く沈んでいる。 足を踏み入れるごとに、木々はうねり、枝は槍のように彼らを狙ってきた。 「ひっ……!」 兵士たちが悲鳴を上げる。 レオンハルトは迷いなく前へ出ると、拳で枝を粉砕した。 轟音とともに木片が飛び散り、道が開ける。 「ビビんな! 精霊が暴れてるだけだ!」 「だ、だけってレベルでは……!」 ロイが顔を引きつらせる。 ユリウスは真剣な眼差しで前を見据えた。 「この森の奥に、必ず原因がある。精霊たちの怒りを鎮めなければ……」 風の囁きが、まるで嘲笑うかのように彼らを包む。 その奥で、巨大な気配が待ち受けていた。

ともだちにシェアしよう!