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13-4 お前を離さねぇよ(4) 嵐を切り裂く拳

ゾルダの号令に呼応するように、精霊たちが一斉に牙を剥いた。 炎の狼が群れをなし、燃え盛る牙を振るう。 水の巨人が地を揺らし、奔流の腕を振り下ろす。 風の鳥たちが空を覆い、刃の雨を降らせる。 兵士たちは震え上がり、盾を構えるが――その背に立つレオンハルトは、ただ不敵に笑った。 「上等だ。暴れるなら、俺の拳で正気に戻してやる」 拳が地を打ち抜いた瞬間、衝撃が広がり、炎の狼たちが一斉に吹き飛ぶ。 燃え盛る毛並みが散り散りに裂け、消えた火花が空に舞う。 「一匹や二匹じゃねぇ。百だろうが千だろうがまとめて来い!」 叫びと共に、彼の拳は次々と巨躯を砕いていく。 水の巨人が殴りかかれば、その拳を正面から受け止め、逆に打ち砕いた。 砕け散った水の雫が雨となって降り注ぎ、森を濡らす。 風の鳥が刃を放てば、腕を一振りして渦を裂き、拳圧で空を切り裂く。 嵐の中で、ただ一人、彼だけが揺らぐことなく立っていた。 **** 「バカな……精霊をここまで力で抑え込むだと……!?」 ゾルダの顔に動揺が走る。 「精霊は操り人形じゃねぇ。元はお前らみたいに、自然を守るために存在してんだ。なら――」 レオンハルトは地を蹴り、ゾルダの目の前に迫る。 拳を握りしめ、叫んだ。 「鎖なんざ、ぶっ壊してやる!」 轟音と共に拳が大地を叩き割った。 その衝撃は根を伝い、精霊たちを縛る黒い鎖に届く。 パリン、と耳を劈く音が響き、炎も水も風も、その体を覆っていた暗黒の枷を失った。 「……あ……!」 ユリウスが息を呑む。 解き放たれた精霊たちは怒りを鎮め、静かにその場に立ち尽くした。 狼の瞳から炎が消え、水の巨人の姿は波となって溶け、風の鳥は羽音だけを残して霧散する。 森に訪れる静寂。 兵士たちが呆然とその光景を見つめる。 「や、やったのか……?」 「精霊が……止まった……!」 歓声が広がる中、ゾルダは顔を歪めた。 「馬鹿な……私の術を……! 数十年かけて築いた封印を、力で破壊するなど……!」 「お前のくだらねぇ術なんざ、ユリウスの想いの前じゃ紙切れだ」 レオンハルトはユリウスの方を振り返った。 その瞳は、確かな誇りに輝いていた。 「お前が精霊を信じたから、こいつらは縛られたままでいられなかったんだ。……ありがとな」 ユリウスは胸が熱くなり、言葉を失う。 ただ、頬を紅潮させながら必死に声を絞り出した。 「わ、私は……何も……! 戦ったのはお前で……!」 だが、レオンハルトは笑って首を振る。 「俺一人じゃ、ここまで来れなかった。お前の声が背中を押した。だから勝てたんだ」 その言葉に、ユリウスの瞳が潤む。 心臓が痛いほど高鳴り、胸の奥が震えていた。 **** 「ふざけるなあああああああっ!」 ゾルダが叫び、最後の力を振り絞る。 黒い霧が彼の体を覆い、巨大な怪物へと変貌していく。 腕は木々をなぎ倒し、声は森全体を揺るがす。 「見せてやる! 力こそが全てだということを!」 兵士たちが怯え、後退する。 ユリウスも震えたが、その隣で拳を握る男の背が、あまりに大きく見えた。 「ユリウス、下がってろ」 「で、でも……!」 「大丈夫だ。お前は俺を信じてりゃいい」 レオンハルトの言葉は、不思議と揺るぎない安心を与えた。 ユリウスは剣を下ろし、彼の背を見守ることを選ぶ。 黒い怪物が咆哮を上げる。 レオンハルトは一歩踏み込み、拳を振り上げた。 「力が全て? なら教えてやる。俺にとっちゃ――」 その拳が振り下ろされ、衝撃が森を貫いた。 黒い怪物の体が粉砕され、霧が一瞬で霧散する。 「ユリウスを守ることが、全てだ!」 光が差し込み、森を包んだ闇が晴れていく。 兵士たちの歓声が、空へと響き渡った。

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