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13-3 お前を離さねぇよ(3) 精霊を縛る者の策略

森の奥から現れた影は、黒い外套を纏った痩身の男だった。 その周囲には、炎の獣、水の巨人、風の鳥――先ほどよりさらに凶暴に進化した精霊たちが従っている。 「ようやくお出ましか」 レオンハルトが拳を鳴らす。 男は不気味に笑った。 「我が名はゾルダ。精霊を縛り、力を得る者だ。聖者と聞いて出向いてみれば……腕力しかない道化か」 その嘲笑に、兵士たちの怒りが爆ぜる。 だが、レオンハルトは平然と肩をすくめた。 「そうだな。魔法なんてねぇし、呪文も唱えられねぇ。でも――ぶん殴る腕はある」 男の笑みが一瞬だけ消える。 ユリウスが剣を掲げ、毅然と言い放った。 「精霊は本来、人と共にある存在! 貴様の私欲で縛るなど断じて許さぬ!」 「理想論だな、若造。だが精霊は強い。力こそ正義、支配こそ秩序だ」 ゾルダの手が動いた瞬間、炎の狼が群れをなして突進してくる。 熱風が吹き荒れ、兵士たちの盾が赤く染まる。 「下がれ!」 レオンハルトが前に出る。 狼の顎が迫った瞬間、拳が突き出され、轟音と共に炎が四散した。 「お前ら、俺に吠える暇があったら消火活動でもしてろ!」 兵士たちが思わず笑い声を漏らす。 恐怖がほんの一瞬、和らいだ。 だが、ゾルダはさらに手をかざす。 水の巨人が森の木々を薙ぎ倒し、暴風の鳥が嵐を巻き起こす。 地鳴りが響き、大地そのものが震えていた。 「くっ……! これほどの数を同時に……!」 ロイの顔が青ざめる。 「精霊の心を完全に縛っている……なんて非道な……!」 ユリウスの剣が震える。 その時、ゾルダが口角を吊り上げた。 「小僧、王子と聞いたぞ。人質になれば、聖者も動きを止めるかもしれん」 次の瞬間、風の刃がユリウスを狙った。 兵士たちが叫ぶ間もなく、ユリウスの体は吹き飛ばされ、木の幹に叩きつけられる。 「ぐっ……!」 胸元に赤い線が走り、血が滲む。 「ユリウス!」 レオンハルトの怒号が森を震わせた。 彼は一気に駆け寄り、ユリウスの前に立ちはだかった。 「誰がこいつに手を出していいって言った?」 炎の狼が群れで襲いかかる。 レオンハルトは片腕でユリウスを抱きかかえながら、もう片方の腕で次々と拳を叩き込む。 爆ぜる炎。砕ける牙。 「俺の大事な奴に指一本触れさせるかよ!」 ユリウスは震える手で彼の服を掴んだ。 「レオンハルト……私などのために……!」 彼は振り返り、優しく笑った。 「お前がいるから、俺は戦えるんだよ」 その言葉に、ユリウスの頬が熱くなる。 痛みよりも、胸の鼓動の方が強く響いていた。 **** だが、ゾルダは冷ややかに笑う。 「愛だの絆だの……くだらん幻想だ。精霊も人も、縛れば従う。それが真実だ」 「へぇ。じゃあ証明してやるよ。お前の“縛り”なんかより、ユリウスの想いの方が強いってな」 レオンハルトが拳を構えた瞬間、空気が張り詰めた。 兵士たちはその背中を見つめ、希望を取り戻す。 「聖者様……!」 「まだ戦える……!」 ゾルダの指が動き、暴走する精霊たちが一斉に咆哮した。 炎、水、風――三つの怒りが森を呑み込む。 だが、レオンハルトの瞳には恐怖の色はなかった。 「まとめて来い。全部叩き潰して、その鎖もぶっ壊してやる」 次の瞬間、地鳴りと共に拳が振り下ろされた。 精霊と人間、そして「支配」と「解放」をかけた戦いが幕を開ける。

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