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帰り道1

【東峰 春side】 「お疲れ様でーす!」 バイトが終わった。 時刻は8時過ぎ。 「東峰(トウミネ)は歩き?どうなんだっけ」 バイト先の先輩に声をかけられた。 彼は冬森 郁斗(イクト)先輩。髪はやや茶色で、耳にピアスの穴を開けている人。 バイトがなければ、ピアスもつけて、髪ももっと明るい色に染めるんだそう。 俺より身長が高くて、今年で大学三年生って言ってたから、俺より一つ歳上だ。 「はい、今日は歩きですね」 正装の服を脱いで笑って言う俺。 他のバイトのメンバーは、もう既にそれぞれで固まって、これからカラオケに行こうだの、食べに行こうだのと、浮き足立っている。 俺からすれば、そんなの信じられないんだけどな。そんな体力なんて、バイト終わりに残ってないし。俺。 「じゃ、送ろうか」 鞄に服を詰めていると、ふと側のロッカーでまだ着替えをしている冬森先輩が言った。 え… 送るって、そんなのわざわざ、いいのに。 「いいですよ。俺、そのまま直で帰るし」 「俺と帰るの、嫌?」 「、そうじゃないですよ!!」 ってか、そんなこと誰も一言も言ってないし! 「じゃあ、決まり」 冬森先輩は俺の方に振り返って、にこっと軽く笑った。 同じ男なのに、その仕草に不謹慎にも、ドキッとしてしまった。 俺って、おかしいんだろうか……というか俺って、そっちなんだろうか……。 冬森先輩は、バイクの免許を取っている。 だからバイト先には、必ずバイクで通ってきている。 もうすぐ夏のくる夜風を感じながら、隣をゆっくりとした歩調で歩く先輩に、 「あの、今日…バイクは…」 そう、少々遠慮気味に聞いた。 実を言えば、俺と冬森先輩は、そこまで仲が親しいというわけではなかった。 ただ単にバイト先の先輩と後輩というだけで、プライベートな話も、本当にしたことなどないのだ。 今日はたまたま、帰る時間が同じで、だから多分こんな一緒に帰る?みたいな形になっちゃったんだろうけど…。 でも実際、俺としては、一人でゆっくり帰りたかったなぁ…とか思ってたり。 「ああ。今日は置いてきた」 冬森先輩の横顔を見ながら、俺はそんな短い一言を聞いた。 置いてきた……って… それからすぐ沈黙になる雰囲気に、俺は内心すげぇ焦ってたりする。 あまりそこまで仲良くない先輩。でも、全然悪い人ではなく、寧ろいい人で、だけどすごく無口だから、会話が続かないというか、なんと言うか。 俺は基本、ペラペラ喋ってたい体質だったりするんだけど、冬森先輩を前にすると、その口も何故か嘘みたいに開かなくなってしまうから、不思議。 あぁー…いや、困る、か。 「えーと〜、冬森先輩は、次どこ入ってるんですかー?」 長い長い自分の家までの道のりを恨む。 「次?次は…確か木曜だったかな」 気ぃ遣いまくりの動揺しまくりの俺に対して、冬森先輩は涼しい程までに落ち着いてそう答えた。 そもそも、冬森先輩と俺の住む世界って違う。 「あ〜そうなんですかー。俺は、金曜だったかなぁ〜」 若干はにかみながら話すと、冬森先輩はそうなんだ、と、それだけ言った。 冬森先輩は、バイトの仕事もすごく出来る人で、見た目が少々チャラい割に、色んな人から頼られている存在だったりする。 俺は、見た目黒髪で無駄に色白くてなよなよしてて、仕事はまあまあできるどころか、できなかったりするから、冬森先輩とはどこを比べても全く比べものになんない。 だからちょっと、自分で気づいてないだけで、嫉妬心とかあるんだと思う。冬森先輩に対して…。 だって、先輩といえど、同じ男だし…。

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