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第5話
一切の挿入がないのに、頭がおかしくなるくらいにぐずぐずにされる夜が続いた。
正確には、室内はずっと薄明りで窓がないので、旦那様は「夜だ」と言っているけれど、リナリアには分からなかった。
そんな日々が10日から2週間…、いや、1ヵ月だろうか?
とにかくそのくらい続いた。
ある日、散々僕を泣かせた旦那様に
「仕事が立て込んでしまって、数日間は来れないんだ。
その間は大人しくするんだよ。私が信頼しているメイドにリナリアの身の回りの事は任せるから、困ったことがあったら彼女を呼びなさい。
また逃げようなんてことがあったら、今度こそ、リナリアを物理的に縛るからね、賢いリナリアなら身の振り方は心得ているよね?」
と、半ば脅迫のようなことを言われた。
散々泣かされて疲れていた僕は、あまり理解が出来ていないまま「はい」と頷いた。
旦那様は宣言通り、ぴったりと僕の軟禁部屋には来なくなった。
仕事が忙しい…
僕は、旦那様のお仕事については何も知らない。
どんなことをしているのかも。
ただ、孤児院で最低限の読み書きしか習っておらず、1度も働いたことのない僕には出来ないようなことだと思う。
本当にお仕事で来れないという確証もない…
なんて、住まわせてもらっている身の癖に旦那様を疑うだなんて最低だ。
旦那様が来なくなって2日目くらいから僕は食事はとれなくなった。
2日目と数えられたのは、僕が軟禁されていた部屋の窓(布で隠されていた)が開かれ、朝夕の見分けがつくようになったからと、メイドさんが3食を決まった時間に持ってきてくれるからだ。
あんなに僕をしばりつけて、旦那様がつきっきりで面倒を見ていたのに…、こんな風に急に解放されたら、捨てたと言っているようなものだ。
どうしてだろう…
急に要らなくなったとか?
やっぱり本命の人がいて、その人とうまくいきそうだからとか?
頭が悪い僕には、こうなってしまった理由が分からない。
「リナリア様…、もう丸1日お食事をとられていません。
それ以上痩せてしまわれたら大変です」
メイドの女性が困ったように眉を下げる。
申し訳ないと思う。
でも、食べられない。
「ごめんなさい…、でも、どうしても食べられないんです。
今日も明日も、もう食事は準備頂かなくて大丈夫です」
彼女の目を見てほほ笑むと、彼女はより一層辛そうな顔をした。
こんな風に誰かに心配してもらえるだけで僕は幸せなのに…
その次も、メイドさんは食事を持ってきた。
「リナリア様、少し食べてください。
もう少し太らないと、婚儀のドレスが合わなくなってしまいます。
せめて、逃げられる前までの体重にお戻しください」
メイドに頭を下げられて、僕は呆然とした。
「婚儀…?」
「はい。リナリア様の誕生日まで1週間です。
それまでに…」
「嘘を言うのはやめて!!!」
耐えかねた僕は、ヒステリックに叫んだ。
こんな状態でそんな嘘を吐くなんて、いくら馬鹿な僕でも見抜ける。
「リナリア様っ!
嘘なんかではありません!旦那様はっ」
メイドさんが何か言うのを遮って、僕は布団をかぶった。
「僕をその気にさせて、放置して、こんな気持ちになるのもう嫌だ!
旦那様のために逃げたのに、連れ戻して…、こんな気持ちで生きているのが嫌なんだ!
このまま餓死した方がマシ!死んだ方がマシ!!」
僕がそう叫ぶと、メイドさんは「リナリア様…」と何か言い淀んでいる様子だった。
だけど、ドアの開閉音が聞こえ、彼女が退室したことが分かった。
その後も僕は布団に包 まっていた。
死んだ方がマシ…、か。
餓死をするのに何日かかるか分からない。
この部屋の窓から飛び降りようにも、おそらく2階なので怪我をする程度だろう。
もし怪我をしても、優しい旦那様は僕をここに住まわせるだろう。
それじゃダメなんだ。
捨てるなら捨てるで早く見切りをつけてほしいのに、逃げることすら敵わないなんて、旦那様は鬼畜だ。
僕の気持ちなんて分からないのだろう。
部屋が暗くなり、夜の訪れを感じる。
明かりは点けない。
どうせ誰も来やしない。
ギィっとドアが開く音がして、僕は目をぎゅっと瞑った。
きっとメイドさんが夕食を持ってきたのだ。
あんな八つ当たりをしたのに、見捨てないなんて…
「リナリア」
思っていた人物と違う声が聞こえて、僕は体を強張らせた。
聞き間違えるわけがない。
旦那様の声だ…
僕は目をぎゅっと瞑り、寝たふりをする。
旦那様は明かりを点け、こちらに歩み寄る。
「寝ているのかい?」
旦那様は優しく言って、僕のベッドに腰掛ける。
そして僕の背中を撫でた。
「…、細い。
アリッサ が言っていた通りだ…」
沈んだ悲しむような声。
どうして旦那様が悲しんでいるのか分からない。
僕の事は要らないんじゃないの?
「どうしたら…、リナリアを幸せにできるのだろう…」
優しい手が僕の背中を、頭を撫でる。
久々に触れてもらえて嬉しい。
なんて単純なんだ…
「死んだ方がマシだなんて言わせて…、私は配偶者として、αとして最低な人間だ。
もしも、リナリアが死ぬなら…、その時は私も死なねばならない」
旦那様の手が小刻みに震えている。
旦那様が死ぬ…?
そんなことになったら悲しむ人が沢山いるし、旦那様のような優秀な魔法使いがいなくなったら世界は大変なことになる。
「ダメです」
気付いたら声が出ていた。
「リナリア?」
「旦那様が死ぬのはダメです」
振り返って、ちゃんと目を見て言う。
目が合った旦那様は、ふっと力なく笑った。
「番を失ったαというものはね、死んだも同然なんだ。
いや、バース性は関係ないな。
リナリアがいなくなったら、私は死ぬ」
旦那様のお顔は悲しみに揺れていた。
「αは複数の番を持てると聞きます。
それに、僕と旦那様は番じゃないです」
僕がそう言うと、旦那様は目を見開いた。
「番だよ。リナリアと私は、魂の番だ。
それに、前にも言ったが私はリナリアしか愛せない。
愛せない番など要らない」
「じゃあ…、なんで…
ヒートの時以外は抱いてくれないんですか?
フェロモンがないと僕じゃ立たないですか?
最近は会いにすら来てくれないですよね。
もう僕に飽きたんじゃ…」
「違う!!全部誤解なんだ。
お願いだ、リナリア、話を聞いてくれ」
旦那様が僕を抱き寄せる。
あまりに力が強くて苦しい。
「誤解なんかじゃないと思います…」
ぐっと唇を噛んだが間に合わず、僕の目からは涙が零れ落ちた。
旦那様が体を離し、僕の顔を両手で挟んで目を合わせた。
「ああ…、リナリア、泣かないで。
でも…、君は泣いた顔すら美しいんだね」
そう微笑んで僕の唇に吸い付く。
こんなことされたって、絆されないんだからと胸を押し返した。
旦那様は露骨に傷ついた顔をするが、「そうだ、誤解を解かなきゃね」と話し始めた。
僕をヒート時以外に抱かないのは、前も言った通り、必死な姿を素面の僕に見られたくないから。
でも、抱かれたがってる僕が他の男にいかないようにと、僕の下の処理だけは丹念にしていたんだそう。
だからあんなに泣いても泣いても止めてくれなかったのか、と納得した。
そして最近は、婚儀とハネムーンのために、仕事を前倒しでしていたから忙しかったとのこと。
僕は、盛大な結婚式もハネムーンもいらないと言ったけれど、旦那様曰く
「リナリアが私のものだと大衆に見せつけておかないと、おちおち外にも出してあげられないんだ。
ハネムーンは私がリナリアと行きたいだけだから気にしないでくれ」
とのこと。
「僕は…、旦那様がいてくださるなら外出なんてしなくていいです。
それに、どんな旦那様だってかっこいいので素面の時も入れてほしかったです」
僕がそう返すと、旦那様は胸を押さえる。
「はぁっ…、まさかこれほど可愛いとは…
神様は罪を犯している…」
と、旦那様はぶつぶつと呟いている。
僕が傍観していると「とにかく、誤解は晴れたかな?」と旦那様はこちらを覗 ってきた。
全部に納得がいったわけではないし、旦那様が僕と同じくらい僕を好いてくれているかは些か不安だ。
「じゃあ、今から証拠に抱いてくださいますか?」と上目遣いに訊く。
無理だと言われるだろう。
そしたら、僕は旦那様を諦める。
「…、ぐっ……、うう…」
と、旦那様は顔を覆って逡巡している。
ほらね、と思ったところで、旦那様は顔から手を外した。
「リナリアは、どんな私でも嫌いにならない?」
そう訊かれたので、当たり前だと思いつつも「はい」と答えた。
旦那様は、「分かった」と頷いて、僕をベッドに縫い付けた。
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