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金、それだけ 1

同僚に誘われた沖縄旅行の夢はあっけなく散った。 通帳の残高は八二五円。 二百円足して千円を引き出す。 給料日まであと三日。 二十四時間どこにいても膨れ上がった七桁の数字が頭の九割を占めていた。 この呪いをいち早くどうにかしなければならない。 退職届は既に提出して受理されている。 看護部長には「はい。もっと北海道の陽のあたりずらい地域に沿うような医療に関わりたくて」と最高の笑顔を見せた。 部長からは「休職って形にしたら?あと院内広報に載せたいんだけど」と言う有難いお言葉を頂戴したが速やかに断る。 手当つくならやりますけど、という余計な一言を飲み込んで。 五年過ぎてたらもう少し出たんだけどね、と言われ提示された退職金の少なさにため息が漏れた。 
  数ヶ月前の夜勤明けの出来事である。 一月の札幌は寒い。 とにかく寒い。 気温自体も低いのに、俺を更に凍えさせたのは気付いてしまった支払いの額だ。  とはいえ把握できたからと言って今すぐどうにかできる訳でもなくとりあえずは温かいベッドに潜り込んで、寝入るまで目的もなくスマホをいじり倒していた。  ダラダラとインスタを眺めてはつまらないとTikTokを開く。ポイントの為に動画を流すもこちらもまた面白くないと二十秒すら見ていられずインスタへ逆戻り。  屍のように意思もなくスワイプする指が、その名前をスライドさせて行ったのを俺は見逃さなかった。  その男を俺は嫌というほど知っていた。  ウェーブのかかった髪、綺麗な二重に少しだけかかる前髪、刈り上げた襟足。長い手足。胡散臭いまである甘いマスク。つか甘いマスクって何なんだよ。誰だよ考えた奴。  俺を特別扱いし、俺の尻を好きに弄び、隙を見ては廊下でキスをした。それも一度や二度じゃない。何度も、だ。  転勤が決まり「結婚するか?いや、俺達ならパートナーシップか」などと微笑み耳元で囁いた次の週には、あっという間に知らない女と結婚していたクソドクター。 結局女の方が良いんじゃねえかよと喚き散らしたくなる気持ちをどうにかこうにか耐え忍び日々を過ごしていた。  そんな俺の空いた時間と寂しさを埋めたのは、他の人間ではない。  スマホの中のバニーちゃんやディーラー、いわゆる今世間を騒がせているオンラインカジノだ。  増えた減ったと一喜一憂、毎月のカード請求が増えたなと思った頃には時すでに遅し。 三枚持っていたクレカは限度額MAX。 生活費にまで侵食していった引き落としをリボ払いにしてようやくことの重大さに気づく。 維持費節約のために手放した車はローンだけが残った。 引き落としを確認する手元のiPhoneは手に入れた時は最新。 仕事で使うかもと言い訳をして買ったiPadProはYouTube機になっているが、三十六回払いだし、が今の俺には重くのしかかっている。  そう、この一年で俺が付き合い始めたものは総額四百万越えの借金だった。  尻の痛みは消えても心の痛みと財布の痛みは一発殴って百万くらいは払って貰わなければ気が済まない。  そのためにボクシングも習い始めた。のは、ちょっと嘘が混じっている。 実は東京にいた時に始めて、札幌に戻ってからも、たまにスパーリングで汗を流すくらいには通っている。 ちなみに金を借りに行った実家には当然のように追い出された。 貸してくれても良いだろう。 数年前にたんまり退職金を2人分いただいているんだろうし今でもバリバリ働いているのだから別に困ってないだろうし。 ま、しらんけど。 貯金なんてもんできる奴が、オンカジで四百万の借金を作るわけがない。 大体看護師の給料だって、世間が思ってるほど良くないんだ。 は?全部自己責任だろって? 知らねえよタコ。ハゲ。甘いマスク。

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