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第12話 田中、謀をする

 約束の試験当日、通常業務を終えた午後六時過ぎに全員が資料室に集められた。  受付以外の職員が全員に一人ずつつき、答案用紙を裏返して渡す。  前にはギルドマスターとリースが立って、試験の説明を始めた。 「それでは、これより学力試験を行いますが、その前に念のため、契約書に署名してもらいます」 「契約書?」  これに真っ先に反応したのは派手嬢だった。嫌な顔をしている。 「この試験は受付嬢である皆さんの力を測るもの。いかなる不正も許されません。それでは実力がみられませんので。その旨と、総合上位三人に五万リムの臨時ボーナスを出します」 「五万!」  これには嬢全員が何かしら反応した。  この世界の通貨はリム。最小単位は十リムで小銅貨。日本円で十円だ。五万リムは金貨で、五万円になる。臨時ボーナスとしてはそこそこ潤う。  これら、破格の設定に真っ先に派手嬢が署名した。餌が大きく明確であればより食いつきはいいが……あまりに浅はかだな。  リースを見ると、彼はひっそりと笑みを浮かべている。まぁ、当然だろう。今回一番の目的を果たすことができたのだから。  全員が署名し、一時間のテストが始まった。  内容は見慣れた伝票処理だ。足し算と引き算が間違いなくできればできる。  普段から見慣れている真面目嬢は問題無くスラスラと書いているが……意外なのが派手嬢もちゃんとやっている。腐っても……ということだ。 「お終いです。答案を側の職員に手渡してください」  ペンを置いた彼女達の答案を職員が回収し、リースに手渡す。それを確認してから、リースは一つ頷いた。 「明日は実技の試験があります。本日は残業もなしで構いませんので、休んでください」  この言葉に全員が「ありがとうございます」と返して出ていく。答案を持ったリースはギルドマスターと一緒に執務室で採点を。俺は夕食を食べてから湯屋に行って、自室へと入ると当然のようにリースがいた。  予想はしていたが。 「タナカさん、思惑通りですね」  ニッコリと微笑んだ彼はご満悦なのだろう。もの凄くいい顔をしている。俺はというと、やや気は咎めるのだが。 「まさかこんなにあっさりと、魔法契約書にサインしてくれるなんて。誰も仕掛けに気付きませんでしたよ」 「それは良かったです。ギルドマスターはなんと?」 「ガチヤバい騙し討ちだろうが! と」 「まぁ、ですよね」  俺だってそう思うのだ、しかたがない。とんでもない悪人になった気分だ。  俺が仕掛けたのは契約詐欺の手腕だろう。  聞くと、テストにおける不正防止の署名契約はわりとあることで、問題無い。これは普通のサイズで書いた。  同時に、それにおける利益をリアルな数字で明記した。これは、本当に隠したい文言に目が行かないようにする為だった。  重要なのは、このあと。契約書に書かれた単なる罫線……に見せかけて、極小の文字で一文書き足していたのだ。 『尚、今テストの結果により、より最適な人事が行われる可能性がある。署名者はこれに異義を唱える事を禁じる』  違えれば罰としてビリビリ攻撃があるそうだ。地味に痛いよな。 「これで、テスト結果を理由に人事異動ができる。それに異義など申し立てられない」 「真面目嬢達のテスト結果はどうでしたか?」  明日の実技試験については問題はないだろうが、それでもテストの点数がヤバいとこの計画は崩れる。ここは正直賭けだが……。  だが、リースはニッコリと笑った。 「皆、とても良い成績で小娘達と遜色ありませんでした。明日の実技試験で決まる感じです」 「それは良かった」  どうやら俺の役目は果たせたそうだ。  全ては明日、はっきりするだろう。まぁ、その後も色々とあるだろうが。 ◇◆◇  翌日は全ての受付を開ける。午前中に五人、午後から五人で交替制である。 「実技試験は実際の受付業務をしてもらいます。正確に、数をこなしてください」  これにも不正防止で職員が側につく。当然、冒険者には今日、実技試験があるとか告知はしていない。いつも通りだ。  派手嬢はみな自信を持っていた。だが、実際は違っていた。 「どうして……」  扉を開くなり、冒険者は迷う事なく真面目嬢の受付に並び派手嬢の所にはあまり人がいない。沢山並んで混雑しても、彼らは派手嬢の窓口にはいかなかったのだ。  業を煮やした派手嬢が「こちら空いてます!」と声を上げても結果は変わらず。  まぁ、予想通りだった。  午後、人を入れ替えても結果は同じ。そうして一日の業務が終わる頃にはこの両者の間に明確な差が出来ていた。 「何か小細工したわね!」  声を張り上げた派手嬢に、真面目嬢はビクリとしながら首を横に振る。この様子にリースは間に立ち、ギルドマスターが動いた。 「日頃の事を考えれば、当然の結果だな」 「何がですか!」 「さっさと受付して依頼に行きたいってのに、お前等はくっちゃべってばかりで仕事が進まない。しかも関係の無い話ばかりだ。だが、そっちの嬢ちゃん達は一生懸命迅速に窓口業務に取り組み、去り際に一言添える気遣いをしている。冒険者からすると、後者のが有り難い」 「そんなこと!」 「していないと?」  スッと、リースの気配が冷たくなるのに俺とギルドマスターが一瞬慌てた。彼は魔王だ、あばれたらどうする事もできない。  だが、この人はちゃんと冷静だった。 「再三にわたり、業務姿勢についての注意と指導をしてまいりました。それでも、貴方達は優秀であるからと受付に置いておりましたが、この度はっきりと数字で示されています。申し訳ありませんが、貴方達四人をこのまま受付に置いておく事はできません」 「はぁぁ! そんなの聞いてないわよ! 横暴じゃない!」  ツインテールにキツい目の女性が立ち上がって抗議を行った、その瞬間、彼女の腕にぐるりと黒い痣が浮かび上がり、そこからバチン! という音がして彼女は悲鳴を上げた。 「……なにこれ、契約違反の輪じゃない」 「契約書に署名しましたでしょ? 今回のテストの結果によっては人事異動もありえる。それに異義を申し立てる事はできない。と」 「知らないわよ!」 「ちゃんと読んでいなかったのですか? いけませんよ、契約書は大事ですからね」  ニタリと彼は笑う。赤銅色の瞳は冷たく彼女達を見下し、綺麗な顔が更なる迫力を出している。  角、出なくても魔王じゃん。  派手嬢達もこれには怯えた様子を見せ、四人固まってしまった。 「人事については検討いたしますが、ひとまず四人には辞令が出るまで謹慎をしてもらいます。新しい職場と雇用契約書は出来上がり次第」  それだけを伝えてリースは去り、すっかり凍り付いた雰囲気に慌てたギルドマスターは彼女達を酒場に誘ったのだが……まるで葬式だったと、彼は嘆いていた。 ◇◆◇  試験から二日後、裏で仕事をしていた俺の所に駆け込んできたリースの顔は化けの皮が剥がれる寸前だった。 「タナカさん! どうして彼女達を解雇せずに、酒場のウエイトレスにしたんですか!」  柔和で穏やかな受付主任の顔が崩れている。だが、これについてはギルドマスターとも話した結果だし、他従業員とも会話した結果だった。 「適材適所ですし、彼女達の同意も得られました。何よりギルドマスターの許可と、酒場の責任者の合意を得ております」  事実、本当に人員は足りていなかったのだ。  酒場で食事をして観察していると、酒場の従業員は男ばかり。華がない。理由は単純なもので、酒の入った冒険者が喧嘩でもすれば女性は危ないという事だ。  あと単純に、普通の女性は冒険者がたむろする環境は怖い。  だが、ものは考えようだ。派手嬢達は仕事はできた。受付嬢としてはマイナスであっただけ。物怖じもしない度胸がある。何よりあれだけしゃべれるのはコミュニケーション能力の高さがあってこそ。接客業は本来むいている。  そして彼女達にも利益がある。一つは酒場の冒険者と好きに会話ができる。勿論適度の範囲内であればだが。  これを説得し、彼女達用の新しい制服を提示した。事前に用意していたものだ。  デザインは王都でも人気のもので……ようは、フリルとレースとリボンのついたメイドさんスタイルだった。  オシャレやカワイイを重視する彼女達がこれに食いつかない筈がない。  更に身の安全は以前リースが作った魔法付与のペンを渡した。地味だが、これが身を守る結界を作ってくれて安全を確保できると伝えると大人しく受け取った。  酒場の店主とギルドマスターも立ち会いで四人には契約内容を間違いなく理解させ、上司からの注意には真摯に反省をすること。ギルドや酒場の信用を貶める事をしないよう釘を刺して、新しい契約書にサインをしてもらった。  まずは五日、お試しで日中の業務をしているが、思いのほか活き活きしていた。 「……謀りましたね」  ギロリと睨まれたが、俺はすっぱりとそこは切って捨てる。 「ギルド改革は、一歩進んだと思いますよ」  一つブラックを駆逐できた。目指すはノー残業、ノーブラックだ。  現代で過労死した俺がこの世界に呼ばれ、何か自分の存在を示すならばこれ以上の事はない。これからも、俺はここで生きていくんだから。

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