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第11話 田中、ギルド改革するって
この案件は直ぐにギルドマスターに伝えられ、即日告示されて決定した。その時に勉強会の話も全員に伝えられたのだが、実際に俺の元に来たのは真面目な嬢六人だけだった。
「あの、私達に勉強を教えてくださるというのは」
通常業務が終わり、更に日中後回しになっていた仕事を片付けて彼女達が集まったのは夜の九時を回った後。顔には疲労の色が見える。
場所はギルドの地下にある資料室にした。理由は静かだからだ。
「講師を務めます、田中と申します。よろしくお願いします」
立ち上がり、まだ戸口にいる彼女達に頭を下げると彼女達も戸惑いながら頭を下げる。そこで、適当な席に座ってもらい俺は彼女達の前に十題の計算問題と、小さな石のついたペンを置いた。
「これから、こちらのテストをしてもらいます。制限時間は四十分。全てできなくても大丈夫ですし、間違っても問題ありません。現状、皆さんがどのくらいできるのかを把握する為の試験ですので」
それでも緊張した空気が漂ってくる。問題を見て固まる子が半数だ。
「それでは、始め」
その号令で真剣な様子で問題に向き合う彼女達だが、スラスラとペンが走るかと言えばそうではない。ちなみに、問題は小学生レベル。しかも足し算と引き算だ。
リースの話では、高位貴族は数学や語学、歴史、礼儀作法などの教養学習をしているが、一般庶民は簡単な計算と読み書き程度らしい。ここに居る六人は精々町のお店の娘、中には教会孤児だった子もいるという。
確かにこれでは派手嬢に勝てないな。
実際、回収したテストは誰も全問解けた者はなく、半分できていれば及第点といった所か。
「お疲れ様です。皆さんの状況は理解できました」
「あの……この状態から、本当に七日でどうにかなるのでしょうか?」
本番の試験は七日後。よって、勉強会の成果も七日で出さなければならないが。
「貴方達は真面目で、継続することもできる努力家だと思っております。ですから、可能だと思います」
そう言って、俺は更に十問、違う問題が書かれた問題用紙を彼女達に配った。
「練習問題です。残りの時間でこれらを解いてください。分からない事がある時は挙手をお願いします。問題が全て出来た時には俺の所まで持ってきてください。採点後、新しい問題をお渡しします」
「まだ計算をするんですか!」
少し疲れた様子で問われ、俺は平然と頷く。
「計算はパターンをこなせばそれだけ身になる学問です。やっていくうちに自分なりの方法が分かったり、単純に計算が速くなっていきます。俺の方では個人の苦手分野を見極め、それを克服するような問題を提示し、練習させます。これを七日繰り返すうちに、貴方達は数字に対する拒否感も薄れ速度も上がるでしょう」
俺のこの宣言に彼女達は多少躊躇うものの、そこは真面目に頷いて問題を解き始める。その姿と、静かにペンを走らせる音だけが夜の資料室に響いた。
◇◆◇
試験勉強二日目、予想通りの事が起こった。
「タナカさんが、勉強見てくれてるんですかぁ?」
「……はぁ」
俺は現在ギルドの廊下で、やたら胸元を強調してくっついてくる派手嬢に絡まれている。長い金髪に青い目の、二十代中程の彼女は俺の胸に指を立ててクリクリしているが……正直萎える。
「あのぉ、それって教えて欲しいんですけれどぉ」
「業務が全て終わった後、夜の九時以降に資料室で行っております」
「それじゃぁ、都合つかなくてぇ。今ダメですかぁ?」
「今は通常業務中ですので、業務に集中してください。裏方業務が滞っています」
「……ちょっとサービスしちゃいますよぉ?」
……この人、自分がどれだけ魅力的だと思い込んでいるんだ? 自意識過剰もいいところだ。それとも、俺が女性であればなんでもいいチョロい奴に見られているのか?
「不要です。業務に戻ってください」
「そんな事いわないでぇ」
そう言って彼女が俺の服を引いたタイミングで、ようやく助け船が現れてくれた。
「マイラさん、頼んだ資料は持って来ていただけましたか?」
「主任! えっと……いっ、今からです」
「早くお願いします。タナカさん、こちらの作業を手伝っていただけますか? 力仕事でして」
「わかりました」
マイラと呼ばれた女性の脇をスルリと抜けて、俺はリースの隣に並び一緒に去っていく。彼女は悔しそうに背後から視線を送るばかりだ。
「予想通り、勉強の中身だけを上手く抜き取ろうとしていましたね」
リースの言葉に俺は頷く。全て想定内だ。
派手嬢達は効率がいい。勉強会なんて面倒なものには出たくないが、内容は気になる。だからこそ聞き出し、コツだけ盗む事を考えて俺や、真面目嬢に接触するだろう。その対策もしてある。
「昼時にアニーさんに絡んでいる他の嬢にも遭遇しました」
アニーというのは真面目嬢の一人で、教会出の子だ。やや臆病で声も小さい事から、派手嬢のターゲットになっているという。今回も怖い思いをしただろうが、怪我をしない対策は万全だ。
「それにしても、彼女達に配ったペン全部に魔法付与しろって言われた時には驚きましたね」
苦笑したリースの目が少し活き活きする。これに、俺は準備期間の事を思い出した。
「彼女達に危害が加わらないように対策をしたいので、ペンに魔石を埋め込んでそれに魔法付与をしてください」
開口一番に俺はリースに頼んだ。魔王はいわば魔法のプロ。複雑な魔法も出来るだろうと思ったのだ。
だが、リースは最初嫌な顔をした。
「対策って……何を付与するの?」
「物理と魔法、両方に対する結界。この際、結界内部を防音にしてください。あと、自然と嫌な気配を感じて加害者が立ち去るようにしたい」
「物理と魔法の結界に、防音と嫌悪の魔法ね。複雑ですよ」
「プロでしょ?」
そう問うと、まずは理由を求められて俺はこの可能性を語った。
「まぁ、実際の勉強はひたすら反復練習で、テストの具体的な対策などありません。テストはリースさんとギルドマスターに作ってもらい、俺はノータッチですし。問題を教えろとか、秘密の計算方法とかも無意味ではありますが」
あえて泥臭い方法を取った。基礎の向上なのだから。
「ですが、以前にもこうしたいざこざで怪我をした嬢がいたと聞きますし、金銭も絡めば見えない所で動きはあるでしょう。真面目嬢が恐怖を感じて自主退職しては意味がありません」
「使える彼女達を辞めさせる訳にはいきませんよ!」
そう言って、リースは十本の素朴な、何処にでもあるようなペンについた小さな魔石に複雑な付与魔法を施してくれた。
これのお陰で、今のところ被害は出ていない。
「それにしても、上手く考えますよね。勉強の時に配ったペンに願掛けをして、日夜持ち歩き勉強すると学力が上がるなんて」
「学力は上がります。ですがそれは願掛けのお陰ではなく、ペンを使い勉強し続けた彼女達の努力が結実するからですが」
嘘は言っていない。
「物はいいようですね」
「それより、テストの方は出来てますか?」
問うと、リースはニッコリと微笑んだ。
「勿論です」
「では、予定通りに」
「えぇ」
これで適当に別れて、俺は備品の補充や買い取り窓口へのお使い、裏作業などを行う。
準備は着々と進んでいった。
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