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第10話 田中、元魔王と協力する(2)
「それで、タナカさんは具体的にどうするのがいいとお思いですか?」
ごく普通に問われ、俺は考える。既に問題点はある程度洗い出してあるし、これに対する案もあるのだが。
いや、この人の協力を得られればより安全に事が進むだろう。
「まず、現状の問題は雇用契約に従業員に対する罰則規定が明記されていないことです」
「罰則規定?」
疑問そうに首を傾げることから理解した。おそらくこの世界の雇用契約は単純なもので、業務内容の明示、それに対する雇用主側の対価。これがメインなのだろう。
平和な世界だ。
「まず、冒険者ギルドは冒険者の個人情報を取り扱う、機密事項が多い職場です。そして、受付嬢とはそれらを知り得る立場にある。これを個人の利益の為に悪用することは、俺のいた世界では業務規則違反で刑事告訴……捕まえて何かしらの罰を与える対象になります」
「厳しいんだね」
「この世界が少しザルすぎます。更に、従業員がギルドに対して、何かしらの不利益行動を行い、その為に実際金銭的、もしくはギルドの信用を貶める行為を行った時にも、雇用側はその従業員に対して注意を行い、それでも改善されない場合は解雇も視野に入ります」
「注意は散々しましたね」
「また、度重なる注意喚起の後の解雇は不当解雇ではありません。にも関わらずギルドの悪評をばらまく行為は明らかに違反です」
現代社会では刑事、もしくは民事で訴えられかねない。
「それで?」
「この世界では、雇用契約は魔法契約で、破れば何かしらのペナルティがかかるのですよね? ならば、ギルドを守る為にもこれら従業員側の問題行動を規制する文言も、魔法契約に含む方がいいと思います」
「……なるほどね」
口元に手をやり、納得してくれたリースだが「でも」と続ける。勿論、その後に続く言葉は予想済みだ。
「彼女達の契約は既に締結している。新たな雇用契約書を適用するには古い契約を一度破棄し、新しいものに署名させる必要がある。自分達にとって不利益となる新しい契約書に、彼女達が署名するとは思えないけれど?」
「それにつても、考えがあります」
真っ当な方法ではないし、ある意味詐欺だ。だが、相手方があの態度なので今回だけは使わせてもらう。
「受付嬢限定で、筆記と実技の試験をしましょう」
「試験?」
まずは罠にかける。その為の舞台とアメを用意するのだ。
「計算力の速さと正確性を競う筆記試験と、実際の受付業務の正確性と受付件数を競う試験です」
「でも、あの小娘達は腐っても商家や小貴族出身ですよ? 真面目にやっている子達よりも、本気を出せば計算は速いですし」
「問題ありません。真面目な受付嬢の計算速度を俺が上げます」
「……どうやって?」
「時間外での勉強会を開きます。勿論、派手嬢達にも告知はします。自由参加でどうぞと」
ここでのポイントは「時間外」と「自由参加」だ。自分達の頭の良さを過信している派手嬢達が、業務後の時間に給金も出ない勉強会に参加するかと考えれば、限りなく可能性は低い。逆にここで参加するならば、言葉による説得が可能だろう。
これにはリースも気付いた。そして、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「出来るの?」
「まぁ、出来る限りはやります」
「いいですよ、それで。でも、あの子達はそもそも試験など面倒だと思うんじゃないかな?」
「総合成績上位三人に、ボーナスを出すと宣言したらどうですか?」
どの世界でも金の効果はある程度ある。派手な装いや化粧の彼女達はきっと金がかかるだろう。貰える物は欲しいと思うものだ。
そして、目の前のリースはとても悪い顔をしている。
「いいね、それ。試験で真面目な子達の実力をはっきりと示せるし、成績を理由に解雇もできるかも」
「試験の実施はあくまで囮です。一番重要なのは、彼女達に『ギルドにとって不利益な行動を取らない』という魔法契約を結ばせることです」
「……どうやって?」
これに、俺はニヤリと笑いリースに耳打ちをする。最初目を丸くしていた彼も徐々に悪い顔になっていって、最終的には硬く握手をした。
「貴方は悪い子ですね、タナカさん。腹黒くて好きですよ」
「まぁ、善人ではないと思いますが。これは今回だけ使う方法なので、他言無用で。正直これが広まると詐欺が横行します」
「えぇ、勿論。ふふっ、あの小娘達が絶望する顔を見られるかと思うと、今からとても楽しみです」
肩を震わせ、ふふふふふっと笑う人のストレス値がヤバい気がする。今の俺は疲労も睡眠不足も蓄積されておらず頭は冴えているが……こうなる気持ちが分からないわけではないな。
「やりましょう、ギルド受付改革です」
こうして、ギルド改善計画は始動したのであった。
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