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第9話 田中、元魔王と協力する(1)

 魔王を名乗った人は今、何処からか出した椅子に座っている。日中よりも余程楽しげに。  一方の俺は冷や汗ものだ。だが、現実的に考えて俺如きが何をしようとこの人に抗うことはできない。これは覆せない問題なのだから、考えるだけ無駄だ。  そう思うと諦めもついて、冷静に向き合うことができた。 「おや? 思ったよりも動揺しませんね」 「俺では貴方にはどうしたって抗えないので、いっそ諦めました」 「諦めた?」  途端、目の前の人は目をまん丸にして……次に可笑しそうに声を上げて笑った。 「ふふっ、諦め。恐怖とかじゃなくて……面白」 「俺は勘弁してほしいですが」 「そうですよね。ふふっ。でもこれにはちゃんとした理由がありまして」  そう言った彼がパチンと指を鳴らすと、重苦しい空気感は消え失せ、目の前の人も角がなくなり知っている姿に戻った。 「まず一つ。君、鑑定のスキルがあるじゃない?」 「はい」 「僕の擬態はそこらの鑑定では見破られない。例え教会でもね。大聖女くらいかな?」 「では、なぜ俺に明かす気になったのですか?」  確かに、今のリースからは押し殺すような空気も、不穏さも感じない。むしろ柔和で穏やかな空気を感じる。そんなに己の擬態に自信があるなら、わざわざ明かす必要はなかったはずだ。  だが、リース本人はのほほんと笑っている。 「君の目は神が授けたもの。だからきっと、君が僕に鑑定をかければ僕のステータスに表示されちゃうと思ってね」 「え?」 「やってごらんよ」  そう言われたので、失礼ながら鑑定をかけさせてもらった。  半透明なウインドウには確かに名前と、種族に魔族。そして役職に「元魔王」とある。  驚いて二度見すると、リースは苦笑した。 「ほら、驚いた。このことはヴァイスしか知らないから、表で不用意な行動や発言は困るんだ。だから先に明かして、リスク回避をしようかと思って」 「なる、ほど?」  確かにここで知っておけば驚きはしない。  怯える可能性は捨てきれないが。 「もう一つ。君は僕が内部改革を行わないことに疑問を持ったよね?」 「あぁ、はい。優秀な方に見えたのにと」 「それね。実は僕の行動には制限がかかっているんだ。その影響で、ヴァイスが許可してくれる範囲以外のことはできないんだよ」  なるほど、この話を総合するにリースはギルドマスターとの間に契約を結んでいて、その影響で自由勝手には振る舞えないようだ。そして今回の受付嬢問題は、何かしらの理由で思うような成果を上げられない。もしくは手腕を振るえない。 「ちなみに、今回の問題をリースさんはどのような方法で解決しようとなさったのでしょうか?」 「ん? 面倒だから心を弄って従わせてしまおうかなって」 「アウトです」  それはギルドマスターが止めて正解。流石に人道にもとる。  俺のこの反応にもこの人は「楽なのに」と宣う。これが人と元魔王の感覚的な違いかと、密かにギルドマスターの苦労を思った。 「まぁ、ヴァイスにも怒られたのでしません。そういうことで、注意喚起などを行ったのですがあの小娘共、なかなかに小狡くてですね。ちょっと、イライラしているのです」 「はぁ……」 「そこにタナカさんがいらしたので、人間的な方法で知恵を貸していただけないかと思い、こうして参ったわけです」 「正体を明かす理由は?」 「無用な疑惑とかを持たれると、やりにくいので。不信感は一度抱くとなかなか拭えないものでしょ? でも事情を知ってしまえば、今後少し不自然なものを感じても制限が掛かっているのかと思える。これでも僕は貴方と、仲良くやっていきたいんです」  確かに、一度抱いた不審はなかなか拭えないものだが……それに対する種明かしが特大過ぎるんだよな。  それでも、リース的に誠意を見せてくれたのだ。これに応じないのはこちらも誠意を欠く行いだ。  それに、受付問題は早急にどうにかしたいと考えていたのだし。 「俺も、今日見た段階で受付の問題は長引くとギルドへの不満になると思います。改善できなければ冒険者からの信頼も得られなくなります。何とかしましょう」 「決まりですね。よろしくお願いします、タナカさん」  改めて、社畜と元魔王の友誼が交わされたのであった。

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