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第19話 誓いの暁

 鎖骨の間を、百八の舌が滑る。  そのまま、それは下へと向かい、やがて晴人の両胸に咲いた小さな蕾へと至った。舌先で、蕾を転がしながら、同時に腰の下の根も愛撫され、何が何だか分からなくなる。 「っあ…ああ…う…ん」  自分でも気がつかないうちに腰が動いているのを感じ、もっともっとと求めているようで恥ずかしい。しかし、晴人の体はブレーキが壊れた車のように言うことを聞かず、快感がどんどんエスカレートしていく。  ——駄目だ、もう俺…こいつに全部支配されてる… 「気持ち良いだろう?」  百八が薄い微笑を浮かべ、上目遣いにこちらを見つめながら言った。 「今のお前は最高に可愛いぞ。あいつと闘って消耗した霊力が、どんどん体に戻ってくる。もっと感じてくれよ、晴人。もっと淫らな声を俺に聞かせてくれ」  百八の言う通り、彼の体は今や黄金色のオーラのようなものに包まれていた。晴人が喘ぎ声を漏らす度、そのオーラがまるで生きているかのように波打つ。  ——これが、誓約の力…  晴人は、頭が痺れるような快楽に溺れそうになりながら、百八の全身を見つめた。もはや、彼も白い着物を脱ぎ去っており、その逞しい筋肉があらわになっている。 「ん…っ…百八…もっといっぱい俺が気持ち良くなったら、お前も…っん…もっと強くなるのか…?」 「その通りだ晴人。俺は『淫』の式神だからな。今こうしている間にも、どんどん俺の霊力は上がっている。正直今なら、あいつだって倒せそうな気分だ」 「ん…あいつって…っあ…カグラって奴のこと?」  晴人がそう言うと、百八の瞳の奥がぎらりと光った気がした。 「そうだ。俺とあいつには因縁があってな。復讐を果たすためにも、俺にはお前が必要なんだ。まあ、今はそんなことはどうでも良い。思い切り楽しもうぜ晴人」  そう言って、これ以上言葉を発させないと言うように、百八は晴人の唇を自分のそれで塞ぐ。口と、胸、そして腰の下の根を同時に愛撫され、晴人は意識が飛びそうになるのを感じた。  百八の体を包む黄金色のオーラが、さらに力強さを増していく。 「ん…っ…ん」  息ができないほど激しい口づけに、晴人はもがく。やがて、快楽が絶頂に達した時、晴人は大きな声を上げて、果てていた。 「あ…っあ…ああ…っ‼︎」  蜜が滴り落ちるのを見ながら、百八が舌なめずりをするのが分かる。やがて、その迸りがおさまると、肩で息をする晴人をよそに、百八は溢れ出した蜜を舌で入念に舐め取っていった。  その仕草は、まるで本当に三毛猫のようだ。 「いっぱい出たな晴人。霊力がみなぎってくるのを感じるぞ。やはりお前と誓約して良かった。俺たちは番になる運命だったんだ」 「…もしかしてこれってお前だけが得する仕組みなんじゃね?」  痴態を晒した恥ずかしさを誤魔化すように、晴人は百八を睨みつける。しかし、百八はその視線にも動じず、にっこりと笑って言った。 「そんなことないのはお前が一番よく分かってるだろ?晴人、お前の体はどんどん美味くなるぞ。さあ、さっき言ってた最終試験ってのはいつだ?早く戦いたくてウズウズする」 「…あ、そう言えば…日程とか聞くの忘れてた」  快楽の名残に少しだけ息を切らしながら、晴人は言った。 「後で調べてみるよ。多分そんなに先のことじゃないと思うから。でもその前にまた霊力使うなよ?じゃないと…」 「良いじゃないか、そしたらまたお前から霊力を補給するだけの話だ」  ——それじゃ俺の体がもたないんだよ…てかもうとっくに…  晴人は、複雑な気持ちでベッドに横たわった。 「はあ、今日はとにかく疲れたな」  思わず独り言のように呟く。  ——あ、てか大学の授業全部飛ばしたんだった。まあ単位は落とさないと思うけど…  そんなことを考えているうちに、何故か再び三毛猫の姿に戻った百八が、晴人の体に乗ってくる。 「にゃあ」  鳴き声を上げる彼に向かって、晴人は言った。 「…にゃあじゃねえよ、本当は喋れるくせに——」  *** 「最終関門、クリアです!」  数日後の土曜日——目の前で巨大な梟の姿をしたもののけがどさりと試験会場の床に倒れるのを、晴人は眺めていた。  試験が開始されて数分。百八が四発ほど矢を撃ち込んだ時点で、勝敗はついていた。そのあまりにもあっけない終わり方に、呆れを通り越して、妙な誇らしさすら感じる。 「お前、やるじゃん」  晴人がそう言うと、百八は鼻を擦りながら、まるで何事もなかったかのように言った。 「何だよ、これで終わりか?もっと手応えのある奴が出てくるかと思ったのに」 「おめでとうございます、安倍晴人様」  試験の様子を見守っていたスーツ姿の男性が、二人に向かって近づいてくる。確か、この前、庁舎にもののけが現れた時に晴人を案内してくれた職員と同じ人物だ。 「私の覚えている限り、このタイムでの最終関門クリアは最短記録です。いやぁ、本当に見事でしたね」 「あ、どうも有難うございます。じゃあ、俺は…」 「はい、見事第五位陰陽師の認定完了です。これからは、正式にもののけを祓うことができますし、ご申請いただければ、もののけのレベルに応じた報酬をお支払いすることも可能です」 「やった!…あ、じゃなくて良かったです」  百八は、状況をよく理解していないのか、まだ戦い足りないのか、腕組みをしてやけに不満げな表情を浮かべている。 「この後簡単なお手続きをして頂くことになりますが…」  と、男性が言いかけた瞬間、別の女性職員が近寄ってきて、彼に何かを耳打ちした。不意に、それまで笑顔だった男性職員が真顔になる。 「あの、何か…?」  どこか不穏な空気を察知した晴人は、おずおずと男性職員に向かって尋ねた。  ——まさかまた庁舎内にもののけが現れたとか言わないよな? 「あ、いえすみません」  男性職員は、再び顔に笑みを浮かべると、晴人に向かってこう言った。 「どうやら、局長の鶴原が折行って安倍様にお話があるようで、お疲れのところ大変申し訳ございませんが、局長室で面会をして頂けますか?——」

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