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第20話 運命の鎖

「いやあ、お疲れのところすみません」  鶴原は、先日会った時と同様に、タイトなスーツをスマートに着こなし、極めて丁寧な姿勢で晴人と百八を出迎えた。  百八は、無駄な霊力を使いたくないからという理由で、三毛猫の姿に戻り、晴人の左肩にちょこんと乗っている。 「あなたが噂の式神さんですね、こんにちは」  鶴原が百八に向かって挨拶をすると、百八は一言、「にゃあ」と言って尻尾を動かした。  ——本当は喋れる癖に、良いよな都合のいい時だけ猫になれるんだから  内心でそう毒づきながら、晴人は鶴原に負けじと丁寧なお辞儀をしてから、促されるままに執務室のソファに腰をかけた。  何を言われるのかは分からないが、何だか自分がどんどん面倒なことに巻き込まれていることだけは理解できる。やはり、安倍の家に生まれた時点で、その運命からは逃れられないのだろうか。  ——いや、何とかして逃れたい…  晴人がビクビクしながら話を待っているのを察したのか、鶴原が微笑を浮かべて言った。 「あ、大丈夫ですよ、そんなに緊張しなくても。何もとって食いはしませんから。ま、とりあえずコーヒーでも飲みながら、お祝いしましょうか。聞きましたよ、史上最短記録で最終試験を突破したらしいじゃないですか。この度は、誠におめでとうございます」 「あ、いえそんな…どうも有難うございます」  晴人はかえって恐縮しながら、深く頭を下げる。そのまま、運ばれてきたコーヒーに口をつけると、前回よりもわずかにほろ苦い味がした。  ——こんな時、あいつならきちんと対応できるんだろうな…  カップを置く晴人の頭に、自然とミヤビの顔が浮かぶ。自分と同年代なのに、きちんと芯があり、常に冷静な青年。  第五位の認定試験をクリアしたばかりの晴人と、第二位に昇格した彼の間には、陰陽師としての実力だけではない、「何か」のれっきとした差が存在している。 「それで、そのぉ、お話というのは…」  そんな複雑な思いを振り払うかのように、晴人は自分から口を開くことにした。とにかく、話の内容が何であるか分からないことには、この落ち着かない気分をどうすることもできない。 「あ、早速本題に入りますか。結構、結構」  鶴原はまるで仮面を被っているかのような笑顔を浮かべたまま、この前会った時と同様に、両肘をテーブルにつき、手の甲に顎を乗せる独特のポーズを取った。  それだけで、局長としてのオーラが一気に増す。  ——この人、目の奥が笑ってないんだよな…  晴人は、膝に手を置いたまま、鶴原が言葉を続けるのを待った。 「実はですね…早速で大変恐縮なのですが、安倍様にお願いしたい依頼がございまして…」 「はあ、俺…いや、僕にできることであれば…」 「あ、もちろん、内容をお聞きになって無理そうであればお断り頂いても構いません。これはあくまでも本庁からのご相談であって、強制力は全くございませんので」  その言葉とは裏腹に、鶴原の笑顔の下に隠された「圧」が上がっていくのを、晴人は感じた。この若さで局長の肩書きを持っているのも、伊達ではないと言ったところか。  そもそも、第五位の陰陽師試験をクリアしたばかりの晴人に、仕事の依頼を断る選択肢など、はなから与えられていないはずだ。 「先日、庁舎内にもののけが現れてから、うちの方でも調査を進めまして、ようやくその、何と言いますか、核心に迫る糸口のようなものを見つけたのです」 「糸口…」 「はい、ところで、現在日本各地でもののけたちの動きが活発化しているのはご存知ですか?」 「あ、はい。兄たちもそんなようなことを…」 「ああ、晴臣様と晴政様ですね。お二人にもいつも大変お世話になっております。ちなみにお父様はまだご帰宅されていないと伺いましたが…」  その通りだった。あれから数日が経つが、父親が出張から戻る気配は一切ない。母親は「いつものことよ」と言っているが、実際のところはかなり心配しているに違いないと晴人は踏んでいた。 「ええ、でも、それが何か関係あるんですか?僕は父の、その、仕事の内容などは全く把握してなくて」  晴人がそう言うと、鶴原は大きく頷いた。 「関係、大アリです」 「それはどういう…?」 「お父様がご帰宅されないのは、強力なもののけたちが各地で出現していて、こちらから連続で依頼をさせて頂いているからなのです」  ——一体だけじゃなかったのか。  晴人は、腑に落ちる感覚を味わいながらも、どこかまだ納得のいかないものを感じていた。  この男の話は、回りくどいというか、ひどく掴みどころがない。 「その、原因というのがですね——もう十年以上も前の話になりますが、全国を荒らし回ったもののけがおりまして、そのもののけの妖力が、どうやらここ数ヶ月の間で再び戻ってきているようなのです。それが、各地のもののけたちに影響を与えているらしく…」 「それってひょっとして、カグラってやつのことですか…?」  その名前を聞き、晴人の左肩で百八が耳をピンと立てる。 「さすがはよくご存知で」  鶴原は次第に真剣な顔になりながら、話を続けた。 「お聞き及びかとは思いますが、過去、あなたのお父様には、奴を封印して頂いたことがございます。お恥ずかしい限りですが、うちの『祓い組』でも歯が立たず、お父様と何人かの同業者様に討伐依頼を発注いたしました。幸運なことに封印は上手くいき、我々もすっかり安心しきっていたのですが…」 「封印が、破れかけてる…?」 「はい」  晴人の言葉に、鶴原は大きく頷いた。 「おっしゃる通りです。例えていうならこのコーヒーカップ、この底に、小さなヒビが入り始めているのです。そこから、徐々に奴の妖気が漏れ始めている——」 「け、けど」  晴人は慌てて言った。 「そんな強敵、僕が急に相手にできるはずは」  鶴原は、その言葉を聞くと、再び仮面のような笑顔に戻り、首を縦に振った。 「もちろんです。私どもとしても、受注される側の陰陽師の方を危険な目に遭わせるわけにはいかない。責任が問われますからね。発注する仕事は、その陰陽師の位に合わせたもの、と規定で定められているのです」 「では、一体僕は何をすれば?」  晴人の問いに、鶴原はしばらく沈黙した後、静かにこう答えた。 「安倍晴人様に私共からお願いしたいのは、もののけたちの調査です」 「調査?」 「ええ、奴らは『カグラ』の名に敏感です。ですから——晴人様には、なるべく積極的にもののけを探して頂いて、どのような小さなことでも構いませんので、奴に関する情報を収集して頂きたいのです」 「せ、積極的にもののけを探す?」 「はい、あ、ご心配なく。もちろんお一人で全てをこなされる必要はございません。数名のチームを組んで、この任務に当たっていただければと」 「チーム、ですか?」 「はい、実はですね、今この場にそのメンバーとなる方をお呼び立てしているのですが、顔合わせをお願いしてもよろしいですか?」  ——あのー、俺現役の大学生だって覚えてらっしゃいますか?  晴人はそう言いたくなる気持ちをグッと堪え、半ば諦めモードになりながら抑揚のない声で返事をした。 「ええ、ぜひお願いします…」  鶴原はそれを聞くが早いか、さっと立ち上がり、別室に控えていた秘書に何事かを告げた。秘書も慌てて立ち上がり、廊下の方へと小走りに駆けてゆく。  やがて、ノックの音とともに執務室の扉が開き、「彼ら」が姿を見せた——

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