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第32話 成長の萌芽
レイの「後始末」は完璧だった。
陰陽庁への連絡後、すぐに数十名規模の職員が現場へ派遣され、鉄道会社とも連携を取った上で、着々と処理は進んだ。
被害者は、もののけが出現した車両に乗っていた数十名。残念ながら死亡者の数が負傷者数を上回っていたものの、偶然に晴人たちが居合わせたおかげで、被害は最小限に抑えられたはずだ。
——多分、ニュースでめちゃめちゃ報道されてるんだろうな。新幹線の中にもののけが現れたなんて、前代未聞だし。
ミヤビが陰陽庁の職員にもののけの特徴を説明しているところを横目で見ながら、そう考える。
響と一葉は、主に遺体の運び込み、晴人は百八とともに怪我人の救助を指示されていた。
「ありがとう、若いのにもののけと戦うなんて立派ね」
逃げている最中に足を挫いた子供を背負い、車外の医療チームへと運ぶのを手伝っていると、子供の母親に声を掛けられる。
「あ、いえ…そんな…陰陽師なんで当然のことです」
「僕大人になったら陰陽師になる!」
背中の上で、子供が言った。晴人はその言葉に、再び胸の奥がじんわりと暖かくなるのを感じる。
——なんか、俺今ちょっと、生きてるって感じしてるかも…
数日前までは考えられなかった自分の気持ちの変化に、自分自身で驚く。しかし、それはそう悪いものではなかった。いや、むしろ…
「おい晴人!そんな一人ずつ運んでたら日が暮れちまうぞ。ほら、俺なんて三人いっぺんに運べるんだぜ」
悲鳴を上げる怪我人を掴み上げながら、彼らを軽々と背中に背負う百八が声を掛けてくる。普段ならばシカトするか、何も言わず睨みつけてやるところだが、今はそんな気分になれない。
どうしてだろうか。先程の戦いで、彼が「活躍」するところを見たからか。
——いや、もしかしてこれが、誓約が深まっていることの証なのかも?
そう気付き、晴人はハッとする。レイもミヤビも、そして一葉も、まるで自分の式神と一心同体というか、きちんと心を通い合わせているように見えた。もしかしたら自分も、百八とそうなりつつあるのかもしれない。
——いや、でも今日はまたあいつとえ○ちしなきゃなのか…
「淫」属性の式神と誓約を交わしてしまったから仕方がないとはいえ、毎回戦いの度にその行為をしなければならないというのは、何だか損なような気がする。
——あ、けどあいつにまだレベルアップする方法について聞いてなかった。よし、どさくさに紛れて今夜聞き出してやろう。
晴人は、広い背中に三人の大人を担ぎ上げる百八に心の中で手を振りながら、ひたすら自分の仕事に従事した。
***
「ぷはー、やっぱ仕事の後のビールは最高ね」
数時間後、第4グループのメンバーは、打ち上げも兼ね、居酒屋でその日の夕食をとっていた。
場所は熱海。新幹線が途中で動けなくなってしまったので、というか西へ向かう鉄道インフラのほとんどが機能を停止しているため、車両が止まった箇所から一番近いこの土地で、ひとまず一泊することになったのだ。
レイからは、労いの言葉とともに、プラスアルファの報酬金が後日全員の銀行口座に振り込まれる旨が伝えられた。
「さあさあ、ボーナスが出るんだからみんなももっと飲まなきゃ。あ、新人君はまだ未成年だっけ?」
一葉が、三杯目のビールグラスを空にして、さらにおかわりを注文しながら晴人に話しかける。
「…あ、いや…てか俺酒とか飲めないんで」
三毛猫の姿に戻った百八を肩に乗せたまま、晴人がそう答えると、ドレッドヘアの奥で一葉の眉間の皺が深くなるのが分かった。
「何よつまんないわね。せっかく二人でコンビ組んで敵やっつけたんだから、一杯くらい付き合ったってバチは当たらないんじゃない?」
「はは…すみません」
そのすっかり据わった目を見ながら、晴人は愛想笑いを浮かべ、テーブルに並べられた唐揚げを一口齧る。
——この姉ちゃん、やっぱ苦手かも…
「それにしても」
ミヤビが、烏龍茶を片手にレイに向かって話しかけた。
「前回の陰陽庁での一件といい、今回のもののけといい、やはりイレギュラーなことが立て続けに起こってますね」
レイが、静かに日本酒を飲みながら頷く。
「ええ、これも恐らくは…カグラの復活による影響でしょう。まだ詳しい調査を行う必要がありますが…」
ハイボールをぐびっと飲みながら、響が後を継いだ。
「その調査ってやつは、どこまで信じられるもんなんですかねリーダー」
「どこまで…とは?」
「いや、俺たちはあくまでも鶴原の指示に従って動いているだけです。指示自体は明確ですが、彼はその意図を明らかにしない。なんかただの『駒』みたいに使い捨てられてる気がして」
「そんなの最初からそうよ」
一葉が据わった目のまま口を開いた。
「あいつは私たちを自分の『駒』としか思ってないわ。もし今回、この中の誰かが死んでたとしても、淡々とあのお上品な笑顔で、代わりのメンバーを補充するだけ」
彼女の言葉に、思わず座がしんと静まり返る。その沈黙を破ったのは、レイだった。
「確かに、一葉さんの言う通りかもしれません」
——そこ肯定しちゃうのかよ…
晴人は意外な気持ちで、その横顔を見つめる。
「しかし」とレイは続けた。
「それは私たちに限らず、他のすべての陰陽師にも言えることです。私たちは命を賭けて戦っている。何にそれを賭けるかは各々違っているとは思いますが。それに、鶴原さんの思考を読み解くことは、我々の仕事ではありません。私たちの職務は、あくまでももののけを祓うこと」
「出た!正論」
一葉がレイを指差しながら、再びグラスを空にしておかわりを注文する。
「そんなこと言ってると、いつか鶴原にとり殺されちゃうわよ。まあ、リーダーとあいつとはもうズブズブの仲なのかもしれないけどー」
——え、それってどういう意味?
晴人が混乱していると、ミヤビが再び冷静な声で言った。
「まあそれはともかく、今夜はとりあえず体を休めるしかありませんね。次の指示が来るまで、僕らは動けませんし」
「そうですね」とレイが心なしか早口で応じた。
「陰陽庁が、この近くに宿を取ってくれています。もちろん宿泊代は経費に含まれます。今夜はとりあえず、そこでゆっくり体を休めて、明日からの行動に備えましょう」
「宿」という言葉に反応したのか、肩の上の百八が「にゃ?」と晴人の方を見てニヤリと笑うのが見えた。
——はいはい分かってるって、抱かれりゃいいんだろ、抱かれりゃ…
晴人は、今夜自分を待ち受けるもう一つの「仕事」に思いを巡らせながら、再び唐揚げに手を伸ばした——
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