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第31話 黒き太陽

 漆黒の羽が、艶を放ちながら敵へ向かい飛び立つ。  だんだんと加速度を上げていくその様子は、まるで巨大な弾丸のようだ。しかし、百八に狙いを定めているもののけは、自分に近づいてくる黒い塊に気がついていない。  晴人は、敵の攻撃をかわそうと跳躍の準備をする百八と、一葉の式神へ、交互に視線をやりながら、固唾を飲んで次の展開を見守った。 「力任せの脳筋が!攻撃がワンパターンなんだよ」  挑発するような百八の言葉に、もののけの顔が憤怒で歪む。  ——もしかして、あいつ計算して自分に注意を向けてる…?  縦横無尽に飛び回る百八の姿を眺めながら、晴人はふとそんなことを考える。ああ見えて、彼は意外と戦略的な奴なのかもしれない。  そうしている間にも、カラスは飛翔を続け、もののけのすぐ側まで近づこうとしていた。が、そこで不意にスピードを落とし、羽を広げてその場に留まる。ミヤビの使う骸骨のように、黒い炎のようなオーラが、その体全体を覆っているのが見える。 「ほらほら、俺はここにいるぜ」  百八が攻撃をかわしながら、さらに挑発の言葉を繰り出し、敵を翻弄する。  ——こいつ、役に立ってる…  晴人は、久しぶりに感じる自分の式神への頼もしさに、胸が熱くなるのを感じた。いや、そもそも初めから百八は強かったのだが、ここ数日で遭遇したもののけのレベルが高すぎたせいで、晴人自身がその力を見くびっていただけなのかもしれない。  もののけの注意が百八に向いている間、カラスは敵と一定の距離を保ったまま停止し、自らを覆う黒い炎をますます巨大化させていた。遠目から見ると、その姿は、暗黒の太陽を思わせる。このまま膨らみ続ければ、もう少しで爆発してしまいそうだ。  ——一体いつまであの態勢を保っているんだろう?  晴人がそう思ったのと同時に、一葉が不意に口を開き、自らの式神へ静かに呼びかけた。 「黒曜、吸い取れ」  その瞬間、黒い太陽と化した鳥は、巨大な嘴を開き、「カァ!」と鋭い鳴き声を上げた。一瞬にして、辺りの空気が歪むような甲高い声。強烈な耳鳴りが、晴人の鼓膜を襲う。  もののけは、その時初めて、自分が対峙すべき相手がもう一体いることに気がつき、カラスの方へと目をやった。  しかし、時は既に遅し。カラスが、まるで時空の裂け目のように巨大な嘴を大きく開いたとき、巨大な白猿は、一切の動きを止め、大きな音を立てて、その場に倒れ込んでいた。  ——え、今何が起きた?  晴人は、自分の見たものが信じられず、思わず瞬きを繰り返す。  カラスは、満足げにもう一度「カァ!」と鳴くと、翼をバサバサと動かし、ごくりと何かを飲み込むような仕草を見せた。弾けそうなまでに膨らんだ黒い炎が、徐々に小さく収束していくのが分かる。一葉の式神は、そのままくるりと迂回すると、真っ直ぐこちらへ向かって舞い戻り、再び自らの宿り主の右手へと止まった。 「よしよし、良いコね」  一葉が漆黒に光る羽を撫でる。 「あの…今何が起きたんですか?」  晴人が思わずそう尋ねると、一葉は不敵な笑みを浮かべながらこちらへ横顔を向け、一言こう言った。 「あいつの魂を吸ったのよ」 「魂を?」 「そう、黒曜はもののけの魂が好物なの。吸い取るまでにちょっと時間がかかるけどね。でも、あんたの式神が囮になってくれて助かったわ。私たち意外と良いコンビが組めるかもね」 「はあ…そうすか。そりゃ光栄です…」  レイの式神といい、ミヤビの式神といい、みんな一撃必殺の技を持つものばかりだ。百八にもそういう能力があれば良かったのだが。  ——いや、でもあいつが役に立ったのは確かだ。それに、何かさらにレベルアップする方法があるみたいなこと、言ってなかったっけ?  晴人がそんなことを考えていると、人間の姿のまま、まるで猫のようにこちらへ向かって駆けてくる百八の姿が目に入った。 「どうだ晴人?今回は俺、余計な真似しなかっただろ」  一瞬、その天真爛漫な瞳を可愛いと感じながらも、晴人は自分を律して、真面目な顔で式神に言ってやった。 「ああ、よくやったよ。まさに縁の下の力持ちだな」 「それって褒め言葉か?」 「もちろん、めちゃめちゃ褒めてる」  そのやりとりを聞きながら、一葉がクスリと笑い声を立てる。 「あなたたちも相当良いコンビみたいね」  ——いや、これはそういうことじゃなくって…  晴人が何か言おうと考えていると、レイが二人の間に割って入った。 「二人とも、お見事です」  その冷静な声に、緩みかけていた空気が一瞬で引き締まる。 「私はこれから、陰陽庁へ連絡を取り、『後始末』をしなければなりません。皆さんは生存者の確認と、怪我人の救助を最優先に。ミヤビ、あなたはもののけの特徴を記録してください。新種として、本庁へ登録する必要があります」 「はい!」  再び四人の声が揃う。  ——なんか、俺働いてるって感じがしてきたかも…  晴人は、テキパキと動き出す他のメンバーたちの姿を見ながら、胸の奥にじんわりとした何かが広がっていくのを感じていた——。

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