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第1話

「愚かしいとは思わないか?ジグ。Ωというだけでこのように、っ……は、ぁ……『発情』などと言った、本能的で、理性も知性もない……っ、獣に……成り下がる──」  饒舌に語っていた彼は、息苦しさに表情を歪めると体を折り曲げてうめき声をあげだす。そんなつがいの姿を見て、男──ジグ──は呆れたように息をついた。 「思うように体が動かないフラストレーションを語るのはいいがな、いい加減その口閉じて薬を飲め」  ペットボトルとヒートの抑制剤を手渡そうと近づくが、ジグの手はあっけなく払われてしまう。  こちらを睨みつけるつがいをじっと静かに見下ろす。どうしてこんなことをした、とでも言わんばかりに。 「っは……はあ……っ、はは……もう手遅れだよ。僕はすでにヒートに入っている。その薬は『ヒート期間に入る直前、ホルモンバランスが乱れる前に飲む』から効くんだ。その時期でないと、残念なことにただの科学構成物を体内接種しただけという結果になるがね。  ……そもそもそんな錠剤ひとつでこのクソッタレな時間が抑えられるとも思えないが、世間の人間たちはそれがあたかもΩ性にとって救世主であるかのように謳うじゃないか。  ヒートなんて経験したこともない連中がだぞ?そんなの僕たちΩを」 「 遙隼(ようしゅん)」  言葉を遮り、汗の滲む彼の頬を片手で掴む。椅子に座っているせいで、その前に立てば彼の逃げ道は簡単にふさげた。  ジグの脚が椅子の肘掛けに乗せられ、遙隼を閉じ込めるように身体をぐっと折り曲げる。  威圧を持って彼を見つめれば、遙隼はさすがに怒られていると実感したのか口をようやく閉ざした。 「俺がどうして怒ってるか、わかるか」 「……つがいに何の断りもなく、ヒートの抑制剤を飲まなかった」 「そうだ。わかっているなら、なぜそれをした?」  遙隼の視線が揺らぐ。一瞬の動揺を押し隠すように目を閉じ、そして強い光の宿った瞳を開ける。  ジグを真っすぐ見返す視線は悪びれることがない。とんだじゃじゃ馬だ。 「その方が君も楽しめるだろう?久しぶりの二人そろったヒートなんだ。どうだい、僕の身体、味見させてあげるよ」 「君なあ……」  翻弄して楽しそうに笑ってこそいるが、ヒートが本格的に始まっているようだ。  遙隼の肌は赤く染まり、汗がとめどなく流れている。瞳孔も開き切っているし、何よりフェロモンの匂いがキツイ。 「さあ、僕の恋人は紳士的な獣なのか。それとも臆病者のヘタレなのか。教えてごらん」  もう背筋をピンと張ることさえつらいだろうに、遙隼はからかうような笑みを浮かべるとジグの喉仏から顎を指先でたどる。  この男はいつも世界を自分が回しているとでも思いこんで行動するから厄介だ。その姿を可愛らしいと思ってしまう自分もまた、厄介極まりない。 「後悔しても知らないぞ」 「その時は自業自得だと諦めるさ。まあ、君が僕を後悔させるなんてこと、ありえないだろうけど」 ◆◆  ジグの触腕が遙隼の身体を包み込む。ムチムチとした銀のそれは表皮がわずかに湿り気を帯びてぬるついていた。 「君のその粘膜どうにかならないのか?体毛がべちゃべちゃに濡れてしまうぞ」 「文句ばかりだな」  触腕のひとつに遙隼を乗せ、彼の体を残りの触腕で抱きかかえる。ベッドの上だというのに、遙隼からはきっとジグの銀色の触腕か、ジグ自身しか見えていないだろう。  この好奇心の塊の男が自分だけを見ているという事実に、よろしくない欲が満たされていく。  するすると遙隼の服を脱がせていく。ジグは蛸の獣人だが、人の遺伝子が強い。蛸の姿に変身しても中途半端なため、上半身は人間のままだった。 「それにしても君の生態は本当に興味深いな。触腕に加えて人間の腕もあるなんて少し異次元が過ぎないか?動かすのを間違えたりしないのか」 「何度も見てるだろ」 「そうだな、君が動かす腕を間違えたことなんてなかった。可愛げがないが見事なものだと思うよ。……それが不思議なんだ。やっぱり君の脳がまず人間のものとは違うんだろうか」 「うるさい」  触腕を使って遙隼をがっちりと固定する。 「なんだ、実力行使か?ジグ、君はすぐそうやって対話でのコミュニケーションを放棄する。そういうところは野蛮だと思うけどね……──っ」  見下ろしいていれば遙隼の瞳がジグを捉える。息を呑んで、口をかすかに震えさせた遙隼は、きっとこのぎらついた捕食者の目に歓喜したのだろう。  口を大きく開け、噛みつくようなキスをすれば、おしゃべりだった彼の口は簡単に元気をなくす。  歯列をなぞり、内頬を舌で舐めあげる。遙隼の体がびくりと跳ねた。  彼の弱いところを執拗に狙って責め立てる。すぐに甘ったるい鼻に抜けた声が漏れ聞こえてくる。  ──どれだけ理性が強かろうが、この男はΩであり、今はヒート期間なのだ。  現在の彼が快楽に弱くなっている事実は消せない。ジグというつがいを誘うため、彼の肢体からは香り立つような甘く熟れた匂いが漂ってきていた。 「っあ……は、ぁ……っんぅ、んっ」  甘い声が聞こえてくる。肢体をくねらせ、もっととねだるように遙隼は身体を押し付けてくる。  その背中を腕で支え、腰の線指でたどる。尾てい骨、尾の付け根を指先でくすぐれば肢体はかすかに震えだす。  黄と黒の縞模様をした太い尾がくねくねと動く。それの根元を扱くようにすれば遙隼はくぐもった声をあげた。 「っゔ、ふ、ぅう……っ」  必死になって声をあげないようにしているのがいじらしい。ふ、と息で笑えば怒ったように爪を立てられる。肌に食い込む硬い感触に息を詰める。 「っあ……わ、らう、な……っ、噛みちぎるぞ……っ」 「そりゃ怖い」  ぬる、と触腕を動かし遥隼の肢体に緩く絡みつく。キスをしながら四肢を拘束し、彼が動けない程度に力を込める。 「は、っ……いきなり、拘束、とは……ぅ、あ……っ、趣味がいい、じゃないか……っ誰に……教わった、の……かな」  息も絶え絶えになっているくせ、理性はそう簡単に手放さない。  この男はいつもそうだ。  グズグズに溶かすまでひどくおしゃべりで、なのに嬌声だけは聞かせまいと咬み殺す。 「目の前にいる悪趣味な奴にね」 「おお怖い……そんな狂った人間、恐ろしくて言葉を交わしたくないね」 「君は絶対『会話』なんてできないから、安心するといい」  冗談を言い合いながらも触腕は遙隼の身体を張っていく。ヌルついた、肉厚のそれらがピタピタと吸盤でキスをしながら肌のうえをうごめく。  ヒートのせいで常より敏感になっている五感は、遙隼の熱を煽るのだろう。触腕を少し動かすだけで息を噛み殺しているのがよくわかる。 「そんなに良いのか?」 「うる、さいな……っ、いつもは、だんまりのくせ、に、こういう……っ、へんな、っぁ……時、だけ……っ、君、意地が悪いな!」 「はは、知らなかったのか」  四肢をがっちりと固定したうえで触腕が焦らすように性感帯──両胸の先端──の周囲を擦る。吸盤がちゅうちゅうと皮膚を軽く吸っているからだろう、彼の体は細かく震えていた。  硬く色付いた乳頭には触れず、執拗にその周囲だけを触腕で嬲る。皮膚を擦るだけで息が上がっていく。  足を拘束していた触腕をすこし動かし、尾の付け根に吸盤を当てる。脚に絡みつかせた触腕で脚の付け根や内腿を撫で、同時に複数個所を責め立てる。 「ぁ、ぅうっ……!っ……、く、ぅ……ぁ……っ!」 「声を出してもいいんだぞ」 「っ、だ、れが……っ、聞かせるか!」  強情な男だ。尻尾をごしごしと擦ってやれば体から力が抜けた。 「触ってもないのに、ここ、硬くなってるぞ」  足の付け根に絡めている触腕を、彼の中心部に伸ばす。陰嚢の下をぬるっと撫でてやれば、遙隼が噛み殺しきれない声をもらす。 「ひ、っゔ……!!君の、触り方が嫌らしい、んだろう……!?」 「そうかい」  竿に先端を伸ばす。細い個所で絡みつかせ、先走りに濡れた肉棒を粘膜でこする。 「あぁッ!!ぅ、あ……っ、は、ぁ、ぁっ……」 「イっていいぞ」  びくびくと触腕の中の陰茎が震えている。腰をくねらせて絶頂へ駆けのぼっているのがわかる。さっさとイかせてやるために触腕の先端で鈴口をぐりぐりと押し潰す。 「っ、う、ぁ、あ、っ~~~──!!」  びゅく、と遙隼の陰茎の先端から白濁が飛ぶ。ぐったりと身体を弛緩させて浅い呼吸を繰り返しているつがいの姿にジグは喉を鳴らした。  ──おいしそう、と思ってしまったのだ。

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