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緑のマットの上にカラフルなチップが積まれていく。クリスタルとゴールドの煌きのあいだに自分の顔がいくつも見える。賭けの現場 はそれ自体、人間の本性を映す鏡だ。けばけばしい飾りに囲まれたミラーで強調されるには及ばない。
遠夜 は鏡から視線をそらし、自分の手足が動かないことに気づく。座っているのはやはりけばけばしく飾られた金色の椅子。ところが手と足は枷につながれている。
「百万からはじめます」
唐突に聞こえてきた声にハッと前をみると、自分が囚われている椅子はステージの上にあり、観客席を見下ろしているとわかった。バラバラに座った観客のひとりが手をあげる。
「五百万」
「五百万。現在の価格は五百万です。他には」
「八百」
「九百」
「一千万」
なんだこれは。オークション? 混乱したまま遠夜は周囲を見回そうとするが、体も視線も思うように変えられない。視界はみょうにかすんでいて、観客席の数カ所だけがスポットライトが当たったように明るい。
まさか、任務の途中で人身売買組織に捕まったのか?
「一千万。他には」と冷酷な声がいった。
「一千万、これ以上はありませんか」
「三千万」
観客席の中央で何者かが立ち上がる。遠夜は目を凝らし、その男がかつてのメンターであるクリストファーだと気づく。
どういうことだ? クリスが俺を競り落とそうとしている? 俺はいったい何の任務についている?
「三千万。これ以上はありませんか。では三千万で」
また別の声がさえぎった。
「五千万」
クリスが腰を下ろし、スポットライトがくるくると動く。
「五千万、五千万で落札です」
なんだと、俺を買ったのは誰だ? 遠夜はまた目を凝らす。突然椅子が左右に大きく揺れる。近づいてくる何者かのシルエットには見覚えがあり、なんなら懐かしい気分にもなるのだが、あれは……
「大神 ? なぜこんなところに――」
実際に声に出していたのかどうかはわからない。目を開けたとたんに見えたのは北欧調の洗練されたデザインで統一された室内だった。ベッドの上に体を起こしたとたん、部屋全体がゆらりとかしぐ。バルコニーの先に広がるのは一面の海。白っぽい夜明けの光の中、水平線に赤い太陽が顔を出そうとしている。
妙な夢をみたのはこの場所のせいか。人身売買オークションだと? クルーズ船のスイートルームなんて、ろくなものじゃない。
遠夜は素早く時計を見る。今回の任務の対象は気難しく、朝も早い。急がなければ。
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