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「そちらの。お役目ご苦労様でした」 「こちらこそ、お供できて大変光栄でした」  横浜のクルーズターミナルで老婦人が乗りこんだリムジンを見送って、遠夜はほっと息をつく。VIPと共に優先で税関や入国手続きを終えたから、これで今回の任務は終了だ。報告書も明日以降でかまわないと上司はいった。  タクシーを捕まえるか、最寄り駅まで歩いていくか。そう思いながら船を振り返ると、まだ下船手続きを終えていない乗客の長い列ができている。やっと手続きを終えた家族づれがスーツケースを引きずりながら遠夜の横をすり抜け、横断歩道へと歩いていく。 「遠夜」  呼ばれたような気がした。遠夜はハッとあたりを見回す。横断歩道の手前で振り向く人の顔が見えた。  たしかに遠夜と目をあわせ、うなずいた――と思った。 「(セイ)?」  クラクションが鳴り、すぐ前を車が横切った。横断歩道を渡った家族連れは乗用車に乗りこんでいる。黒い大型セダンだ。遠夜は走り出そうとしたが、またも目の前にすべりこんできた車に邪魔された。今度はシルバーのセダンである。 「ハッピーニューイヤー」  遠夜は呆然としたまま、かつてのメンターの顔を見返した。 「……クリス。今のは……」 「どうした。幽霊に会ったみたいな顔をして」  黙りこんだ遠夜にクリストファーはからかうような笑顔を見せた。 「迎えに来てやったのに、開口一番どうした。きみの相棒もいる」 「相棒?」  するすると後部座席の窓が下り、大神が顔をのぞかせた。 「よう」 「大神? おまえ……」 「心配かけてすまん。ようやく復帰だ」 「というわけだ。乗りたまえ。きみ専用の舵と錨も戻ってきた」 「舵と錨……」  遠夜は思わず後部座席を振り向いた。 「おまえのことか?」  大神は仏頂面をしている。 「俺が知るか。クリスに聞け」  助手席に乗りこむとクリストファーはなめらかに車を発進させた。 「白の女王は大変満足したとのことだ。私もほっとしたよ」 「白の女王……」 「彼女は昔からこの通り名で知られている。この国に無事帰られてよかった」  車はたちまちターミナルを離れ、横浜市街へ入っていく。後部座席で大神がガサガサと音を立てている。ふと嫌な予感がした。 「クリス、どこへ向かってる?」 「むろん次の任務だ。ああ、船の上は電波状態が悪かったか」 「なんだって?」  遠夜はあわててスマホを取り出した。緊急案件を知らせる上司のメールが入っている。 「待てよ、俺は任務をやっと終えたところで――」 「クルーズ船の旅を終えたばかり、だな。怒るな。私だってボランティアで送迎を買って出たんだ」 「香西、これが資料だ。スマホにも送ってあるが」  大神がファイルを助手席に突き出した。遠夜は黙って受け取ると、すばやく書類に目を通す。 「いいコンビネーションだ。ボーナスタイムは終わりだが、バディ復活おめでとう」  クリスがのほほんとした声でいった。ボーナスタイム? 遠夜は視線を下げたままその意味を考え、ハッとした。  船に乗っていた家族連れ。あれはやはり―― 「クリス……」 「なんだ?」 「……いや。何でもない」  聞いても答えてはくれないだろう。それに今は目の前に次の任務があり、すぐそこに相棒もいる。  舵と錨――そういうことか。  いずれゆっくり考えるにしても、今の遠夜に記憶をさまよう時間はなかった。  遠夜は目の前の仕事に意識を集中する。車は市街地を走り抜け、背後に海を置き去りにした。

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