5 / 6
第5話
テントに戻ると、砧は竜のつがいについて講義をはじめた。つがいの竜人には〝鍵と錠〟という仕組みがあるのだという。鍵が雄の陽物で、錠は雌の陰部。これがぴったり合うようになればつがいになったといえるが、それまで七回は交合しなければならないらしい。さらに、竜人の雄はちがう種族にもおのれの鍵で錠を刻むことができる。竜の花はそうやってつがいになった別の種族の相手だ。
「だがな、完全につがいになるまでの交合はとてつもなく痛い。俺はいいんだ。問題は花の方だ。最初の何回かは――まっさらの板切れに無理やり鍵穴をこじあけられるようなものだ」
「なんだ、そんなことか」
俺はまた寝袋の上に座って、まじめに砧の話を聞いていた。口に出したのは本音だった。
「痛いのなら慣れてる。べつにいいよ」
「は? 待て。慣れている? どういうことだ?」
砧の形相をみて、俺はしまったと思った。
仕方なく、かつて村の連中にされていたことを少しだけ話した。背中にまだ当時の傷跡があることも。鷲の爪痕は一生消えないのだ。俺は鏡でちらっとみたことしかないが、ひどく醜い痕だ。
「ごめん」
急にうしろめたくなって、俺はうつむいた。
「おまえに……話すつもりなんてなかった。俺はすごく醜いから、やっぱりおまえは嫌かも――」
「そんなことじゃない」
砧の顔が急に近づいてくる。
「ゴーシェナイト、おまえはとても……きれいだ。繊細で、細くて……俺みたいな竜人とやったら、きっと――」
「いいんだって!」俺は小さく叫ぶようにいった。「俺はおまえが行ってしまうのが嫌なんだ。なあ、俺をおまえの花にしてくれよ。痛いとかそんなの、たいしたことじゃない」
砧はため息をついた。
「ゴーシェナイト。俺はおまえが好きなんだ。だからおまえが泣いたり……辛くなるようなことはしたくない」
今度ため息をつくのは俺の方だった。
「ちがうよ、砧。おまえはほんとは俺なんて抱きたくないんだ。俺だって……おまえにそんな風に望まれるなんて思ってない。俺はずっと、おまえに触ってほしかったけど……でも、俺を何度か抱けばおまえは地上に留まれるんだろう? だからさっさと――」
そのとたん砧の顔が鼻先に迫ってきた。俺は両腕をつかまれていた。ものすごい力だ。
「どうしてそんなことをいう?」
「どうしてって――」
「俺がどれだけ我慢してたと思う? おまえとこのテントで眠って――おまえがそんなに無防備に、そこにいて――」
腕が自由になったが、それも一瞬で、背中をぐっと押しつぶすように抱きしめられた。あっと思った時には俺は砧の膝に抱えられていた。砧の眸が俺の視界を覆い、唇が生暖かいもので塞がれる。鼻の中が砧の匂いでいっぱいになった。竜人の長い舌がこじあけるようにして口の中に入ってくる。尖ってざらざらした感触が俺の歯をくまなくさぐり、柔らかいところに触れ、吸いついてくる。
頭の芯がぼうっとして、体から力が抜けた。唇が自由になっても、今度は舌が俺の耳を弄りはじめた。甘いしびれが背中をはしり、下半身がびくびく震える。
痛い?
まさか。気持ち……いい……。
俺の頭はさらに溶けたようになった。変な声が出そうになるのを必死でこらえているのに、砧はちっとも容赦しない。肩に吐息が直接かかって、俺はいつのまにかシャツを脱がされている。シャツだけじゃない。テントの床にそっと倒されて、砧は俺のズボンを引き抜いた。両足をひらかされたと思ったら、竜人の舌が股間を弄りはじめる。
「だめ、砧――そんなとこ――」
ぴちゃぴちゃっと音がする。竜人の長い舌が俺のあそこに絡みつき、締めつけ、吸いあげては離れる。俺はたちまち追い上げられた。
「あっ、あんっ、いく、いく――」
砧が体を起こし、俺をまた抱き上げた。射精のあとのぼうっとした感覚のなか、俺はひらいたシャツのあいだにひたいをおしあて、目を閉じてされるままになった。ひらいた足のあいだが濡れたと思うと薬草のような匂いがした。砧の指が尻のあいだを割ろうとする。
そこを使われるのはひさしぶりだったから、体が自然にこわばった。砧の唇が俺の耳をなぞり、ささやいた。
「ゴーシェナイト。おまえが好きだ」
「俺も……」
「おまえがずっと欲しかった」
「ほんとか……?」
「ああ。でも俺には許されないと……」
砧の指が俺の中に入り、ゆっくり、丁寧にほぐしにかかる。昔そこを好き勝手に扱った連中とはぜんぜんちがう。俺は息を吐き、砧のするままに身をまかせた。
「砧、あの眼鏡……」
「おまえがかけていた眼鏡は、どうみても合ってなかった」
俺の中をこすっていた指がある場所に触れて、火がともるような快感がはじけた。
「あっ、あんっ、それで……」
「ああ。せめて――贈り物にしたかったんだ。ああ……ここがいいんだな?」
「うん、あっ、あ、やっ、ああっ」
俺は砧の首にすがりついて、自然に体を上下させていた。砧は体をよじるようにしてシャツを脱ぎ、俺は竜人のたくましい胸に自分の痩せた体をおしつける。布が擦れる音がして、突然匂いが――いつもの砧の何倍もの、強い匂いが鼻をついた。みるとふたつに割れた竜人の陽物があった。亀頭は小さな疣か棘のようなもので覆われている。
「力を抜くんだ」
砧がささやき、俺をまた床に横たえた。
「ゴーシェナイト……」
声は甘かった。でも中に入ってきたものは――大きくて、熱くて、痛かった。俺は叫ぶまいとした。俺に入っているのは砧だから。俺は砧と一緒にいたいから、大丈夫――
でも結局、俺は気を失ってしまったのだ。
気がつくとテントの外から白い光が入りこんでいた。砧が横になっている俺のそばに座って、膝に肘をついて眠っている。
「砧」
「あっ……気がついたか」
「ごめん、俺……」
俺は起き上がろうとした。でも体が思うように動かない。ひたいに砧の手が触れる。
「大丈夫だ。早く回復するように、さっき体を休める薬を飲ませた。手当はしたから、しばらくそのままでいるんだ。動けるようになったら帰ろう」
「え、でも――今年の採集は?」
砧の顔がふっとゆるんだ。昨日の夜とはぜんぜんちがう、落ちついた笑顔だ。
「おまえが俺の花になってくれるなら――俺はまた来年、ここに来られる」
「えっ――そう……だけど」
「だからおまえが俺の花になるまで……どこか静かな場所にいこう。おまえが嫌じゃなければ……」
「嫌じゃない」
俺は即座に答えた。砧の目が柔らかく微笑む。
「即答だな。でも痛かっただろう?」
「大丈夫だよ。おまえに月の眼鏡、もらったし……」
「関係ないだろうが」
砧は呆れたようにいったが、目はまだ笑っていた。俺は手を伸ばした。砧の顔を触りたかったのだ。俺の望みに気づいたのか、砧は体をかがめてくれた。砧のざらざらした顎を指でなぞって、頭だけ枕からもちあげる。
「こら、ゴーシェナイト――」
最後までいわせないように、俺はがんばってキスをした。俺は砧の花になるのだから、このくらいしてもいいだろうと思ったんだ。でも俺の考えはすこし甘かった。そっと触れるだけのつもりだったのに、重なった唇がぐっと押しつけられて、熱い舌が入ってきたから。
「―――っ」
砧は俺の口の柔らかいところを舌でなぞって、吸って、体のあちこちがじんじんするくらい長いキスをしたあとでやっと離してくれた。俺はほとんど涙目になっていた。
「悪い子だ。挑発するんじゃない」
砧は叱るみたいにそういったけど、目はやっぱりとても優しかった。
「砧……」
「続きは帰ってからだ」
唇が触れるくらいの距離でささやかれた言葉にどきっとした。そのまま砧をみていたかったのに俺はまた眠ってしまい、つぎに気がついた時には太陽はとっくに中天に来ていた。砧は手帳に昨日の記録をつけているところだった。俺たちは昼飯を食べ、荷物をまとめた。
俺は古い眼鏡をしまって、砧がくれた月製の眼鏡をかけた。薄いレンズごしにみた逆棘の木はなんだかやけに美しかった。そういえばこの木のおかげで俺は砧に出会えたのだ。俺は逆棘の木にそっとうなずいて、森を出て行った。
ともだちにシェアしよう!

