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第4話 円を描いて飛ぶ

 行きとおなじ道を戻っているから、いまは運転席のむこうに海がある。俺の横の窓からみえるのは、低い石垣と、海から吹く風に揺れている木だけ。 「ゴーシェナイト」 「え?」  砧の声に物思いを破られて、俺はびくっとして正面をみた。車は石の砂浜を通り過ぎたところだ。 「何?」 「月都市では、俺たちはめったに飛ばないんだ」  いきなり何の話だろう? 俺はあっけにとられた。 「そうなのか? でも……」 「月都市はドームに覆われていて、地上のようにどこまでも行けるわけじゃない。移動には地下のトンネルを使う。住民が多い区域では、飛ぶのが禁止されてる」 「それは俺たちも同じだよ。昔はともかくさ、いろんな獣や鳥がいる都会じゃ、場所をわきまえずに変身するのはみっともないし、俺たちみたいな鳥だって、勝手に飛び回るのはマナーに反してるって怒られる」 「それ以前の話だ。月都市の上空には真空の境界があって、それに達すると……」  砧はそこまでいって、ためらった。 「説明が難しいな。とにかく、俺たちは月では翼を使って飛ぶことがめったにないんだ。初めて地上へ下りた時はとても新鮮だったよ。でも俺がおまえを好きになったのは、おまえが飛べるかどうかとは、まったく関係がない」  好き。砧の口からその言葉が出ると、胸の奥がずくんと痛む。  どうしてこの言葉はこんなに威力があるのかな。クスクス笑われたり、馬鹿にされたり、飛べないんだから何をされても仕方がない、といわれても、俺はずっと平気だったのに。  俺はうなずいたけれど、なんと答えたらいいかわからなくて黙っていた。大きな浜の横を通るとき、水際で跳ねまわっている獣がみえた。猪族だ。前に会った軍人の一団だろうか。  そういえば竜人は、俺たちみたいに完全な獣や鳥になるわけじゃないんだろうか。砧が翼を出したのは見たことがあるけれど、竜の姿になることもあるんだろうか。  前方にコテージの三角屋根があらわれ、車は静かにその前に止まる。先に下りて入口へ行くと、扉の前に木箱が置いてあった。 『マサラ隊長より先生宛にと預かったものです コロハ』 「どうした?」  うしろで砧がいった。 「猪族の軍人さんから届け物だって」  俺は木箱に手をかけたけど、中身はなんなのか、意外に重い。すると砧が横からひょいっと抱えてしまったので、俺はドアを開けてコテージに入った。部屋に入れてあけてみると、木箱の中身は食べ物だった。きれいなラベルが貼られた瓶詰や缶詰、鱗のような堅い皮に覆われた真っ赤な果物、それに手紙。猪の兵士は上官が砧のおかげで助かったといっていた。きっとお礼の品物だ。  砧は手紙をあけて中を見て、また元に戻した。 「砧はたくさんの人を助けたんだな。俺も砧がいなかったら、戦争のあいだどうなってたか──」  何気なくいいかけたら、砧がキッとした目で俺をみた。 「砧?」 「ああ、そうだ。あの戦争でもし……」  声とともに砧の大きな体が目の前に迫り、俺の視界をふさぐ。両肩を熱い手のひらにつかまれて、そのまま抱き寄せられた。 「おまえに会えなくなったら、俺はどうしたらいいかわからなくなっていただろう」 「で、でも……獣はみんなおまえが好きだよ。だっておまえは竜人だし、それに俺以外の鳥だって、おまえのことを知ったらきっと……」 「おまえは竜人が〈花〉を選ぶとはどういうことか、わかってないな」 「……う、うん? そうかもしれないけど……」  抱き寄せた腕にぐっと力がこもり、服のどこかがびりっと鳴った。砧はあわてた顔をして、すこしだけ力をゆるめた。 「ゴーシェナイト……」  砧の唇が重なってきて、俺の口をするっとこじあける。砧の舌は長くて、先がすこしざらざらしている。それが俺の歯をなぞり、舌にからまってくると、それだけで俺の体は熱くなって、背中から腰にかけて甘い疼きが生まれる。  俺はすごく、砧の舌に敏感に反応するようになってるみたいだ。最初からこんなだったっけ? それともこの何日か、砧に抱かれているうちに、こうなってしまったんだろうか?  顎を唾液がつたっていって、俺の膝はがくんとふるえる。このままじゃ立っていられない──と思ったら、砧の手が膝の裏に差し込まれて、体が宙に浮いた。俺はとっさに手をのばし、砧の首に腕を巻きつける。砧は空気を切るみたいに動き、俺はあっという間に二階に運ばれていた。  丸窓から海が見えたのも一瞬だけで、砧は俺を膝にかかえ、また激しいキスをする。そうしながら服を脱がされて、胸の尖りを触られると、つま先とか腰の奥とか、俺の体のちがう場所もじんじんと疼きはじめる。ベルトが外れる音がして、砧の股間からかたいものが飛び出して、俺の肌に触れる。 「……ぁ」  胸の痣を舌でぬるっとなぞられたとたん、俺の中の、堅く締まっていた部分から力が抜ける。砧のかたいものに下からつつかれたとたん、そこはさらに柔らかく蕩けた。 「──きぬ──あ、」  砧の、大きくてかたくて熱いペニスが二本いっぺんに、俺の中の襞をかきわけて入ってきたのがわかった。甘い感覚が全身を侵し、白い星が頭の中で散った。それは腹に届くんじゃないかと思うくらい深く潜っていき、俺の中をかき混ぜるみたいに動きはじめる。 「だめっ、あっ、やっ、ああっ……」  下から何度も突きあげられて、俺は自分でもしらないうちに声をあげていた。でも砧はやめようとしないし、俺はすぐ、何も考えられなくなってしまった。砧が動くたびに甘い陶酔がやってきて、俺もいつのまにか、波に揺られる流木みたいに砧にあわせて動いている。高く打ち上げられたと思ったら、頭の奥がくるくる回って、今度は宙を飛んでいるような気分になる。俺がいるのは空の上、雲の中で、砧は俺を抱きながら飛んでいるんじゃないだろうか。  と思ったとき、俺の体の中で何かがぶわっとはじけた。頭の芯が急降下するみたいに暗くなる。でも俺は怖くなかった。俺は砧とつながっていて、砧は俺を、何があってもしっかり抱きしめてくれるはず。 「ゴーシェナイト……」  砧は俺をぜったい「ゴーシェ」と縮めて呼ばない。飴を舌の上で転がすみたいに、砧が俺の名前を呼ぶご、俺は自分が特別な存在になったような気がする。俺はできそこないの鷲族じゃない。俺は砧の〈花〉なんだから……。  気がつくと窓の外はもう暗かった。俺はベッドにいて、シーツにぴったりくるまれていた。三角の屋根から吊り下げられたランプが周囲を温かい光で満たしている。ほんの一瞬だけ、夏のあいだ砧と一緒にすごした、小さなテントの中にいるのかと思った。  隣で寝息が聞こえる。砧が眠っている。起き上がるとシーツがすべりおちた。俺はハッとして自分自身を見下ろす。  胸の中心につながった輪がみえた。痣が七つ、円を作るようにならんでいる。  俺は指でそっと痣をなぞった。  これが〈花〉のしるし。俺は砧の〈花〉になったんだ。  何度もその上をくりかえしなぞっていると、砧が急に体を起こした。 「砧、俺……」  何かいうつもりだったのに、竜人の黒い目が俺をみたとたん、言葉がぜんぶすっとんでしまった。砧の眸に気づかうような表情がうかぶ。 「大丈夫か?」 「う、うん。ほら、俺の……」  また何もいえなくなって、俺は胸の痣を指さす。砧の口もとに微笑みが浮かんだ。黙って俺の方に手を伸ばし、痣をなぞった。  自分でやったときはなんともなかったのに、砧に触られるとくすぐったい。 「砧、やめて。くすぐったいよ」 「そうか?」  砧は真面目な顔で聞き返した。 「これで俺は、おまえとつがいになったんだな?」 「ああ」  砧の指はまだ、俺の胸の上でくるくると螺旋を描いている。ふいに抱かれていたときの感覚が体の中によみがえって、俺は思わず目を閉じた。 「ゴーシェナイト、眠いか?」 「ううん」  俺はそう答えたけど、目を閉じたままだったせいか、砧は俺の体を抱き寄せ、髪を撫ではじめた。すると本当に眠くなってきて、俺は眠りこんでいくときの、ふわっと浮き上がるような感覚に包まれる。  くるくる回って、落ちていく。飛べなくても俺はもう、大丈夫だったんだ。

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