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【最終回】海と陸、同じ空の下で

「陸、起きろ。遅刻するぞ」 カイトの声で目を覚ます。転職してから、カイトは朝型の生活になった。 「まだ眠いんだけど」 「知らない。俺はもう朝ご飯作った」 カイトが新しい職場で働き始めて三ヶ月。 営業の仕事は大変そうだけど、充実してるみたいだ。 「お前も早く支度しろよ。一緒に出勤するんだから」 そう、俺たちは同じ時間に家を出て、同じ電車に乗るようになった。 「はいはい」 洗面所で顔を洗っていると、カイトが後ろから抱きついてくる。 「おはようのキス、まだだろ」 「朝からそんなの恥ずかしいって」 「恥ずかしがんなよ。俺たちもうすぐ同棲して一年だぞ」 そうだった。いつの間にか、カイトが俺のマンションに住み着いて一年近くになる。 「ほら、キス」 振り返ると、カイトがにこにこしながら待ってる。 「……ちょっとだけな」 軽くキスをすると、カイトが満足そうに笑った。 「よし。じゃあ朝ご飯食おうな」 ――そして、夜。 「陸、これどう思う?」 カイトが不動産のパンフレットを見せてくる。 「何これ?」 「新しいマンション。二人で住むのにちょうどいいサイズだよ」 「引っ越しすんの?」 「ああ。もう少し広いところに住みたいし、ちゃんと二人の家にしたい」 カイトが真剣な顔をする。 「陸の名義でもいいし、俺の名義でもいい。でも二人で決めよう」 一緒に住む場所を二人で決める。それって、すごく特別なことなんだなって思う。 「……わかった。今度見に行こう」 「本当に?」 「本当だよ。カイトが決めたことなら、俺も賛成する」 カイトが嬉しそうに俺を抱きしめる。 「ありがとう、陸」 * 新しいマンションで迎える二度目の秋。 「陸、今日何の日か覚えてる?」 カイトが朝食を作りながら聞いてくる。 「何の日って……」 「俺たちが付き合い始めた日だよ」 「あー、そうだった」 すっかり忘れてた。でもカイトは覚えてるんだな。 「記念日くらい覚えとけよな」 「別に、普通の日と変わらないじゃん」 「変わるよ。今日は特別な日だから」 カイトがにやりと笑う。 「何企んでるんだ?」 「今からデートに出かけるから。カジュアルな格好でいい」 「出かけるって、どこに?」 「記念日デートは思い出の海ドライブな」 ――車の窓を開けると、潮の香りがふっと鼻をくすぐった。 運転席のカイトが得意げに笑う。 「……付き合った日の、思い出の場所でもあるから」 「たしかに」 風と波の音。季節の匂いが、少しだけ懐かしい。 秋の海なんて、正直あんまり期待してなかったけど――思ったよりずっと、きれいだ。 波の音が一定のリズムで耳に届いて、心が落ち着いていく。 足元の砂に触れると、思いのほかひんやりしていて夏とは違う静けさがあった。 「……穏やかだな」 思わず口にすると、隣でカイトが笑う。 「人がいないから、俺たちだけの海みたいだろ」 そう言って、カイトは波打ち際へ歩いていく。白いシャツの裾が風に揺れて、少し眩しかった。 「なんか気持ちいいな、最高……」 こうして笑ってるカイトを見てると、それだけで十分な気がした。 「連れてきてくれてありがとうな」 「礼はまだ早いよ。まだ本命があるから」 本命って……? カイトがポケットから小さな箱を取り出した。 「これ、お前に」 「何?」 「開けてみろよ」 箱を開けると、シンプルなリングが入ってる。 「これって……」 「ペアリングだよ、一応プラチナ」 「すげえな……」 「転職してから、初めての給料で買った。俺も同じの持ってる」 カイトが自分の薬指にはめてるリングを見せる。 「結婚はできなくても、約束はできるだろ」 「約束?」 「ずっと一緒にいるって約束」 カイトが俺の手を取り、リングをはめてくれる。 「陸、俺と一生一緒にいてくれる?」 「一生って……」 「一生だよ。俺はお前以外愛さない。お前も俺以外愛すなよ」 カイトらしい、命令口調のプロポーズ。 「……わかったよ」 そう答えると、カイトが俺を抱きしめた。 「愛してる、陸」 「……俺も」 リングを見つめながら思う。 ――酔っぱらって、「恋人契約」なんて結んだ俺たちが。 まさか、こうして未来の話をしてる日が来るなんてな。 「カイト」 「ん?」 「……ありがとう」 「急にどうした」 「お前が、俺を好きになってくれたから」 カイトが少し目を細めて、笑った。 「ちがうって」 「え?」 「俺が好きになったんじゃない。お前が、俺を好きにさせたんだよ」 ――また、そうやって。 理屈っぽいようで、ずるい言い方をする。 「意味わかんねぇ」 「わかんなくていい。とにかく、お前は俺のだから」 いつも通り、最後まで俺様で。 でも、その口調の奥にある優しさを、今の俺はちゃんとわかってる。 だから、自然と笑えた。 これからも、きっと俺はカイトに振り回されながら生きていくんだろう。 でも――それでいい。 こいつ以外なんて、もう考えられない。 「……なあ、カイト」 「ん?」 「俺、ほんとに……お前に出会えてよかった」 その瞬間、カイトの表情がやわらかく緩んで、静かに俺を抱き寄せた。 肩越しに伝わる鼓動が、まるで海の音みたいに一定のリズムで響いてくる。 「俺もだよ。陸」 カイトの声が、耳元で溶けていく。 まるで、風といっしょに空へと届くように。 ――あの日出会った偶然が、今では俺たちの“永遠”になった。 End. 本作はこれにて完結となります。 俺様カイトとツンデレ陸、契約恋人から始まった二人の物語、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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