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第6話
マルの小さな心臓はコトコトと音を立て始める。こんなに大切なお務めに、自分のようなちっぽけな鳥がご一緒させてもらえるなんて、と背筋が伸びる思いだ。
「教会までは距離があるからな。まずは森の手前にあるリント村に寄ってから行くつもりだ。その村には鳥猟師も多いので、もしかしたら何か光鳥に関する情報を得られるかもしれない。……ということで相棒、これからの予定を理解したか?」
「あいっ!」
マルは元気に返事をする。
「マルたちも、教会に行くときにリント村に寄りました。皆さん優しくしてくださって、いい方ばかりでした。田んぼもたくさんあって、おいしいお米がいっぱい取れるのです」
「おっ、詳しいな。俺も以前寄ったことがあるが、素朴でいい村だった」
「あいルーカス様。マル、村の場所もしっかり覚えております!」
マルは胸を張り、片方の翼をパサッと上げる。ルーカスがクスッと笑う。
「そうか、これは心強い」
「お任せください、ルーカス様、ザック様! マルがご案内いたします。お二人とも、マルについていらしてください!」
パサパサッと羽ばたくと、マルはぴょんとルーカスの腕から下りた。
お国のための大切なお役目に自分も加えてもらえていると思うと、緊張よりもワクワク感が勝ってきた。
誇らしげに丸い胸を反らし、マルは大地を踏みしめて進む。ルーカス殿下のお守り鳥として役立てる場面がいきなりやってきたのだ。これが張り切らずにいられようか。
クックッと、後ろでルーカスが笑いを押し殺す気配がした。
「おい、鳥」
ザックに呼び止められ、「あいっ」とマルは振り返る。
「もう少し早く歩けないのか」
ザックの声は、怒っているというより呆れている。ルーカスはと見ればたまらないといった感じで、手で口元を押さえている。
「ああっ、ごめんなさいっ。あいっ、マルもっと急ぎます!」
マルは精一杯大股で、よいしょよいしょと進んでみる。けれどどんなにがんばっても、後ろから来る人たちにどんどん追い抜かれてしまう。よちよちとしか歩けないマルの歩速に合わせていたら、二人は何日経っても村までたどりつけないに違いない。
「鳥、止まれ」
溜め息交じりのザックの声に、マルは「あいっ」と足を止め、体ごとくるんと振り向く。
「提案だが、飛んで先導したらどうだ」
「あ、あの、ごめんなさい。マルはあの……飛べない、のです」
クールな無表情が、やや驚きの色を帯びる。
「飛べない? おまえは鳥なのに飛べないのか? ろくな力もない上に、飛べないと?」
ザックは、おそらく悪気はないのだろうが、容赦ない。
「あ、あい……申し訳ありません」
ふがいなさに消えてしまいたくなる。
ダンはそのことを、ルーカスには説明していなかっただろうか。そんなことは聞いていない、話が違う、と主人が怒り出さないだろうか。そして、飛べない鳥ならいらないと、ここで放り出されてしまわないだろうか。
優しいルーカスの顔が冷たく強張り、怖い顔で叱られ、自分の町から遠く離れたこんな知らない場所にポイッと捨てていかれてしまうことを想像したら、じわじわと涙が滲んできた。
俯くマルの体に、温かい両手が伸ばされ優しく添えられた。そのままふわりと持ち上げられ、再び広い胸に抱かれる。
おずおずと顔を上げると、ルーカスがとろけそうな微笑みで見下ろしていた。少なくとも、怒っていないことは確かだ。
「おいザック、俺の大事な鳥をあまりいじめるな」
「別にいじめているわけでは」
「いいじゃないか。見ただろうおまえも、マルの歩く姿の愛らしさを。それに比べたら飛べないなんて、なんの欠点にもならないぞ。そうだろうが?」
わずかにも同意できないと言いたげに顔を引きつらせるザックには構わず、ルーカスはマルの丸い頭をよしよしと撫でてくれる。
飛べないことがばれてしまっても、どうやら放り出されたりはしないようだ。優しい手のぬくもりにマルは心からホッとし、涙は引っこんでいく。
「マル、おまえは本当にがんばり屋だな。飛べないことで、これまで何かと引け目を感じる場面も多かったんじゃないか? まぁ俺に言わせれば、まったく感じる必要のない引け目だが」
何しろ可愛さで十分埋め合わせができている、とわけのわからないことを言って目を細めるルーカスの微笑みに、マルは長いこと心についていた小さな傷に丁寧に薬を塗ってもらえたような心地になった。
それはあること自体忘れていたような傷だったけれど、もしかしたら長いこと痛んでいたのかもしれない。ルーカスの言葉に癒されて、そのことに初めて気づいた。
(マルがルーカス様を癒してあげなきゃいけないのに、逆に癒していただいた……)
嬉しさに胸がじんわりとあたたまり、羽毛がまたほのかに染まる。
「ルーカス様、ありがとうございます。でも、大丈夫なのです」
マルは心配をかけないように、しっかりと顔を上げて言った。
「マルは、きっといつか飛べるようになると信じているので。だってこのように、ちゃんと翼を神様からいただいているのですから」
パサパサと翼を動かし、ニコッと胸を張る。小さくて頼りない翼は今は飾り同然だけれど、きっといつの日か出番はやってくるはずだ。
こうしてルーカスのそばにいれば、その『いつか』の日も早くやってきそうな気がする。
「おまえは見かけによらず強いんだな。よし、俺も信じよう。おまえの真っ白い体があの青い空をゆうゆうと飛んでいく光景を、いつか見られるってな」
そう言ってルーカスは、今日も雲一つない青空を仰いだ。つられてマルも見上げる。ルーカスに抱き上げられて見る空は、いつもよりも少しだけ近いような気がした。
「まぁそういうことで、おまえが飛べるようになるまでは、こうして俺が抱いていってやるから安心しろ。おまえは楽ちんだし、俺は癒される。まさに一石二鳥だ」
ルーカスはご機嫌な様子でウインクしてから、ザックを振り返り首をひねる。
「いやちょっと待て、俺ばかりマルを独占していては悪いな。どうだザック、おまえも抱っこをさせてもらうか?」
「いえ結構です」
「そんな、遠慮するな。ほら、いいぞ、許す。特別に抱かせてやる」
かぶせ気味に否定されても、ルーカスは面白がってマルを差し出そうとする。マルもザックと仲よくなりたいので、ちょっと期待をこめた目で生真面目な側近をもじもじと見上げる。
完全無表情だったザックは、わかりやすく眉を寄せ退いた。
「不要だと申し上げているっ」
その力の入り具合がなんだか怖がっているように聞こえて、ルーカスとマルは同時に笑ってしまった。
「まったく照れ屋だな、この朴念仁は。本当は触りたいくせに」
「照れてはいないし触りたくもありません」
「無理な我慢は体に毒だぞ。素直になれ」
「もしや、からかっておられますか?」
「さすがにわかったか」
じゃれ合いのような二人のやりとりはいつまでも続く。
優しくて素敵なご主人様ルーカス。無愛想だけれど、ルーカスとしっかりつながっているのがわかるザック。
これからの二人と一緒の旅が楽しいものになることを確信して、マルは幸せな気持ちに満たされた。
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