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第5話
「あの、ルーカス様。お聞きしてもよろしいでしょうか……」
「なんだ? おまえと俺はもう特別な仲だからな。遠慮せずなんでも聞いてくれ」
「どうしてマルを、あの、選んでくださったのでしょうか?」
「ん? ダン殿に答えただろう。もしや聞いていなかったのか? おまえがあまりにも愛らしいから……」
「あっいえ、あの、マル、ちゃんとそれは、聞いていたのです」
羽毛の色がピンクに染まる。あんな照れくさいことを間近でもう一度言われたら、恥ずかしくて目が回ってしまいそうだ。
「ですけど、あの……お店にはもっと、ルーカス様のお役に立ちそうな仲間たちがいっぱいいましたので……そんな中でもマルでいいのかな、と……」
正直まったくわからなかった。ダンの店には素晴らしく美しい仲間がたくさんいた。騎士団長のお守り鳥としてふさわしい戦闘能力を持ち、見栄えもする鳥がそろっていたのだ。あの場でほかの鳥を目にしながらそれでもマルを選ぶなど、こういってはなんだが正気とは思えない。
「いやいや、逆に聞きたい。おまえを前にして、どうしてほかの鳥を選べる? こんなに愛らしくて魅力的な鳥が、長いこと誰のものにもならずに、俺に買われるのをひたすら待っていたっていうのに。なぁ?」
「ええ~?」
わけのわからないことを言われながら、こしょこしょと頬のあたりをくすぐられて、マルは気持ちよさと恥ずかしさでおたおたしてしまう。
「まぁ、もちろん理由はそれだけじゃないがな。外見以外にも、俺はおまえの力が気に入ったんだよ」
「マルの、ちから……?」
「ああ。初めて会った日におまえに触れたとき、なんとなく体が温かくなり疲れが取れた気がしたんだ。あれがおまえの能力だろう? もしや、癒しか?」
ルーカスが気づいてくれていたことに驚いた。マルの能力はささやかすぎて目に見える効果がないので、これまでまったく気に留められたことがなかったのだ。
「あ、あい。マルは少しだけ、ご主人様を元気にしてさしあげられるのです」
「それだよ。おまえ、それはすごいことだぞ」
ルーカスは断言する。
申し訳なさそうに俯いていたマルは、キョトンと顔を上げた。
「え……すごい、ことなのですか?」
「そうだ。たとえば俺の知り合いの守り鳥はな、十ゴルトの岩を頭突き一発で粉々にすることができる。力自慢なんだ」
「ええ~っ、力持ちさんなのです!」
十ゴルトの重さの岩ならルーカスの二倍くらいの大きさだろう。細く美しい鳥が頭突きで大岩石を砕くところを想像して、マルはうわぁと目を丸くする。
「だがな、これまで一度もその力を発揮したことはない。優れた能力を持っていても、出番がないんだな。わかるか?」
「えっと、あの……?」
「ところがだ。おまえの癒し能力は、俺にとっては毎日必要になる。一日の終わりにおまえに触れるだけで、その日の疲れが取れてまたパワーが湧いてくる。すごいことじゃないか。だろう?」
「わぁっ」
これまでそんなふうに考えたことはなかった。そうか、自分の能力はちゃんとご主人様の役に立つものなのだ。
「だから、俺はおまえが欲しかった。おまえはすべてにおいて、俺が望んでいた守り鳥の理想形だよ。出会いはまさに運命だったんだな」
軽く片目をつぶられて、マルの羽毛はますますピンク色に染まる。
(ルーカス様は、本当にマルを気に入ってくださったんだ……)
チラチラとルーカスを見上げていたら、じわじわと嬉しさが高まってきた。
ルーカスに引き取られることが決まってからはとにかくバタバタで、どこか地に足のついていないような心地でいたのだが、だんだんと落ち着いてくると今さらのように幸福感が全身を満たしてくる。
(こんなに素敵でお優しい方が、マルのことを必要だって言ってくださってる……!)
本当に夢のようだ。ルーカスこそマルにとって、ご主人様の理想形だ。
叶わないかもしれないとずっと不安だった願い。それをこれ以上ないほど素敵な形で叶えてくれた人に、何をお返ししたらいいだろう。どうやって恩返しをしたらいいのだろう。
マルの胸はこれまでにないほど高鳴ってくる。ルーカスの役に立ちたい、一生懸命お仕えしたいという気持ちでいっぱいになる。
体がポッポと内側から熱くなってきて、マルはパタパタと翼をぱたつかせた。
「おっ、どうしたマル? また羽の色が変わったな。それに、目が輝き始めたぞ」
「ルーカス様、マルはご主人様のお役に立ちたいのです。何かマルにできることがあったら、なんでもおっしゃってください!」
「そうか、そうだな……うん。ひとまず、ニコニコと可愛らしい顔で笑っていろ」
「え~っと、あの、もうちょっと何か……」
「鳥、おまえは北の森に詳しいか」
一歩後ろからいきなり低い声で問われ、マルはルーカスの腕の中でぴょんと飛び上がってしまった。
そろそろと首を伸ばすと、黒い影のようにつき従っている側近ザックが、眉一つ動かさない無表情でマルに視線を向けている。ダンの店を出てから、ずっとそうしてルーカスの半歩後ろについていたのだろうが、あまりにも影になりきっている彼の存在をマルはほとんど意識していなかった。
目が鋭くて何を考えているのかわからないちょっと怖い人だけれど、これからは彼とともにルーカスを支えていくのだから仲よくしなくてはいけない。マルはにこやかに答える。
「あいっ。マルは、北の森でダンお父さんに拾われたのです。ですので、生まれ故郷のようなものなのです」
「森の奥に大きな教会があるのを知っているか」
「あいザック様。鳥の猟師さんたちがお参りをする教会ですね。マルたちもお父さんに連れられて、何度か行ったことがあるのです」
鬱蒼と茂る木々に隠されてひっそりとたたずむその教会が、マルは大好きだった。歴史ある古い建物は荘厳で美しく、中に入るたびに身も心も清い気に浄化されるような感じがしたものだ。
森のかなり奥まった場所にあるため、なかなか連れていってはもらえなかったが、また訪れたいとは思っていた。
「マルたちお守り鳥を守ってくださる神様の教会だと、お父さんは教えてくれました。そうなのですよね?」
「守り鳥のための教会でもあるが、正式な名称は光鳥の教会というのだ。我々はこれからそこへ向かう」
「光鳥の教会……ですか?」
不思議そうに小首を傾げるマルの頭をルーカスが撫でる。
「まぁ、おいおい話そうと思ってたんだが……ザックはせっかちだな」
「あなた様の守り鳥として、当然この者も知っておくべきかと」
「わかったよ。確かに、マルはもう俺たちの仲間だからな。ともに旅をする以上、一切隠し事はなしにしよう。マル、光鳥というのはこのリューゼバルド国を守る、神から遣わされた鳥なんだ」
「えっ、神様から……そんな素晴らしい鳥様がいらっしゃるのですか?」
初めて聞く話に驚くマルに、ルーカスはわかりやすく説明してくれる。
光鳥とは、リューゼバルド国の歴史が始まった当時から存在したとされる尊い鳥である。光鳥に守護されると、実り豊かで平和な国となり繁栄を約束される。
しかしその鳥が一体いつ、どんな形で現れるかなどの詳細は一切わかっていない。唯一、北の森の光鳥の教会付近に現れるらしいということのみが、王室で密かに伝えられてきたという。
また教会の神官長の話によれば、直近で光鳥がいたのは三百年も前のことになるらしい。
「三百年……! では、その鳥様のことを知っている方は今はいないのですね」
「そういうことだな。ただ教会にはその当時書かれた光鳥に関する文書と、光鳥の所有とされる宝玉が保管されてるんだ」
「わぁ、すごい……」
スケールの大きな話に、マルは目をパチクリさせてしまう。
「そしてだ、俺たちが今教会へ向かっている理由だが……」
ルーカスは人差し指を立て、少し声をひそめる。
「その文書と宝玉を納めた箱が、最近になって輝きを放ち始めたらしい。これは光鳥が現れる前兆ではないかと考えて、神官長が早速国王陛下に報告したんだ」
「光鳥を保護することは代々の国王陛下の悲願なのだ。国の平安を第一に思われている現国王陛下も、それを心から望んでおられる」
ザックが厳かな口調で補足する。
「では……では、お二人はこれから教会に、その大切なお箱を見に行かれるのですね」
「俺たちだけじゃなく、おまえもな」
まるで市場に買い物にでも出かけるような楽しげな様子で、ルーカスがニコッと笑いかけてくる。
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