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第4話
ほかの仲間には目もくれず、ルーカスはそのまま一直線に向かってくると優しく両手を伸ばし、ガチガチになっているマルを持ち上げる。出会ったあのときのように。
「ああ、この感触だ。会いたかったぞ、マル。この三日間ずっとおまえが夢に出てきたよ。やはり夢よりも実物のほうが愛らしいな」
信じられない言葉をかけられながら、マルは呆然と声も出せずにいる。
そんなマルに構わず、ルーカスはご機嫌な様子でダンに向き直った。
「ダン殿、このマルを俺の守り鳥として譲り受けたいが、いいか?」
ええ~っ、と、固まっていた全員の口からそこで同時に声が上がった。もちろんマルも一緒に叫ぶ。
「で、殿下っ、それは、本気でおっしゃっておられるので……?」
ダンも目を白黒させている。
「冗談でこんなことが言えるか。どうした、何か問題でもあるのか? マルはまだ主人が決まっていないのだろう?」
「それは、はい、そのとおりでございます。で、ですが、その子は見てのとおりで、とても殿下のお役には立てないかと……」
「ん? 何を言う。俺にとっては十分すぎるほど役に立つぞ。なんだ、ずいぶんと渋るところを見ると、さては譲るのが惜しくなったか? だろうな。無理もない」
わかるぞ、と頷くルーカスを、皆呆気に取られまじまじと見つめる。いやそういうことじゃなくて、と言いたいが言えない雰囲気だ。
「だが、そこをなんとか頼みたい。俺の鳥はこのマルしか考えられない。マルと会えたからこそ、守り鳥を迎える決心をしたんだからな」
どうかこのとおりだ、と頭を下げられて、ダンはおおあわてで首を振る。
「め、め、滅相もございません! 殿下、それほどお気に召していただけたのなら、どうぞその子をお連れください! もちろん、お代は結構でございますのでっ」
売れるはずがないと思われていたので、もともと値がつけられていなかったマルだ。代金を受け取らなくても損にはならないだろうが、ダンの申し出にルーカスは眉を寄せた。
「ダン殿、何を言うのだ。マルを……俺の気に入った大事な鳥を、安く見積もってもらっては困る。ん、そうだな……五百エリンでどうだ?」
「ご、五百エリンっ? このマルに、でございますか?」
店中からおおっという声が上がる。
マルはただただポカンとしてしまう。五百エリンといえばお守り鳥どころか、小さな家が一軒買えてしまう金額だ。
「足りないか? ではあと百……」
「ととととんでもない! 殿下、それで十分でございます! ただその、一つだけ伺いたいのですが、なぜその、マルをそんなにご所望なので……?」
マル当人を含めた皆の最大の疑問を、ダンが代表して投げかけてくれる。全員の視線がルーカスに集中し店内に妙な緊張感が流れる中、望めばどんなものでも手に入るだろう高貴な人はさらりと言った。
「おかしなことを聞くな。決まっているだろう。こんなに愛らしい生き物と、一生ともに暮らせたら最高だろうが」
はあっ? とそろって微妙な顔になる一同。背後ではひと言も口を挟まず彫像のように立っていた黒服の従者が、額に手を当て嘆息している。
周囲の反応には一切構わず、ルーカスは「ああ、そうだ」と胸に抱えたマルを見た。
「一番大事なことが後になってしまったな。まずは本人の意思を確認しておかないと。マル」
「あ、あいっ」
名を呼ばれ、ふわわっと羽毛が立った。
「おまえの希望はどうだ? 俺の守り鳥となって一緒に来るか? それともまだこの店にいて、ほかの主人を待ちたいか? 気を遣わずに正直に言っていいぞ」
カチコチに固まっていたマルは目をパチクリさせながら、そろそろとルーカスの顔を見上げた。
(すごくお優しい目……まるで、お空みたいな……)
広がる青空のような澄んだ瞳が、包みこむようにマルを見下ろしている。見返しているとどうしてか、涙が出そうになってくる。
こんなふうに誰かに見つめてほしかった。こんなふうに優しげに、愛しげに……。
「マルは……なりたいです」
そう言った声は、微かに震えてしまった。
「マルは、ルーカス殿下のお守り鳥に……なりたいのです!」
それでも、しっかりと願いを伝えた。
美しい人が弾けるように笑った。お日様のような笑顔が眩しい。
「よし、決まりだな。マル、今からおまえは俺の守り鳥だ」
夢にまで見た主人が、マルを両手で持って高く掲げた。
わぁ~っと店を揺るがすような大歓声が湧き起こる。わぁっとマルも声を上げる。
ご主人様ができた。夢が一つ叶った。
(ありがとうございます! 神様……本当にありがとうございます!)
あり得ないくらいの嬉しさの中、マルは心の中で何度も繰り返していた。
それからはとにかくバタバタの状態だった。店中がそれこそ蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。何しろ最後まで売れ残るだろうと思われていたマルが、あっさりと高値で買い取られてしまったのだから。
しかもなんとお相手は、数々の手柄を立ててきた国の英雄の騎士団長。国王陛下の弟君にして、その美しさでも比類なきルーカス殿下だ。
本来なら買った鳥と二週間ほどともに暮らしてみる『お試し期間』というものがあるのだが、そんなのは必要ない、今すぐにマルを引き取りたいというルーカスのたっての願いにより、すぐに店を発つ準備が整えられた。
あまりのことにぼうっとしてしまいおろおろするばかりのマルに代わって、仲間たちが丁寧に、心をこめて羽繕いをしてくれた。皆自分こそが王弟殿下のお目に留まりたかっただろうに、悔しがったり嫌みを言ったりする者は一人もいなかった。
店主のダンはマルの好きな木の実をたくさん布に包んで、首にしっかりと巻いてくれた。そしてルーカスに何度も頭を下げ、この子をよろしくお願いしますと頼んでくれていた。
出発のときには皆が表まで出て送ってくれた。ダンは何度も目元を拭っていたし、仲間たちも涙を浮かべていた。
泣き虫なマルも涙がこぼれそうになっていたけれど、がんばって笑った。笑って、ありがとう、と言った。何度も何度も振り返り、繰り返して言い続けた。
角を曲がって店が見えなくなってしまっても、マルは口の中で小さく、ありがとうとつぶやいていた。ダンも仲間たちも大好きだった。これまでの自分は本当に恵まれていた。
ダンに拾われあの店で暮らしてきた十八年間、たくさんの温かいものをもらってきたから、これからはそれをマルがご主人様に渡そうと思った。
大切なご主人様ルーカスとその側近ザックとともに、お守り鳥としてのマルの新たな日々が始まった。
「おまえはあの店で皆に愛されていたんだな、マル」
店を離れしばらくして、歩きながら、少ししんみりしている腕の中のマルにルーカスが優しく声をかける。
「あの、マルはでも、お店ではほとんどお役に立てていなくて……」
「いや、みんな泣いてたじゃないか。大切に想われていたのが見ていてよくわかったぞ。突然現れておまえを奪っていった俺は、さぞ恨まれてるだろう」
「いいえ、そんなことはないのです。みんなマルにご主人様ができないことを心配していたので。とても喜んでくれたと思います。王弟殿下様、本当にありがとうございます」
マルはペコリと丁寧にお辞儀をした。
「おいおい、そんな妙な呼び方はやめてくれ。ルーカスでいい」
「あい。……ルーカス様」
名を呼んでみたらなんだか急に主人との仲が近づいた気がして、嬉しいそわそわでマルは落ち着かなくなる。
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