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第2章 禁じられた恋2

 カイトは目を丸くして、まばたきを繰り返した。 「もう何言ってるの、ヒロ。そんなことを言ったら、お姐さんに失礼だろ! きっと強くてやさしい、肝っ玉母さんになること間違いなしだよ」という感じに彼が口元をゆるめ、声をあげて笑うだろうと思ったのだ。  しかし、カイトは俺が想像したような笑顔は見せず、反対に物憂げな顔つきをして目を伏せ、唇を閉ざした。 「どうした? 酒の飲み過ぎで気持ち悪くなったんか!?」  うつむく彼の細い肩に手を置き、正面でひざをつく。  首を左右に振ってカイトは俺の言葉を否定した。 「そうじゃないよ、ヒロ。……さびしいんだ」 「さびしい?」と俺は眉を寄せ、訊き返す。「姐さんは、ほかのところに行かねえ。結婚した後も、この村で過ごす。それとも、」  ――姐さんのことが好きだから、ほかの男にとられるのがいやなのか? と尋ねようとしたら、風邪をこじらせたときみたいに息をするのが苦しくなり、心臓の辺りがなぜかズキズキと痛んだ。 「お酒を飲んだら気持ちが高揚して楽しくなれるって、周りの人が言ってたし、最初は足が動いていたときみたいに元気になれたんだ。でもね、段々と、『どうして、この場におじいちゃんや、おばあちゃんがいないのかな?』とか『親方がいたら後で、このおいしい料理をおすそ分けできたのに』とか、いろいろ考えちゃって」 「それで、ここへ来たのか?」 「……うん、本当はそうなんだ」  村の人間の多くは、いまだもってカイトをこの村の人間と認めてないし、意地の悪い言葉を掛けるやつもいる。  それにもかかわらず湿っぽい空気を出したら、せっかくみんなが盛り上がっているところに水を差してしまう、と考えて気遣いをするカイトの細やかさや真心を尊敬する。  俺が彼と同じ立場で、同じ年だったとしても、きっと、こんなふうには思えない。村の人間のことをいつまでも毛嫌いし、打ち解けようとも思わないはずだ。ましてや大切な人を笑顔にするために式へ参列したり、自制するなんて真似が果たして、できるだろうか?  姐さんへ向いている気持ちが、ほんのちょっとでも俺に向いたらいいのに……と心の中でつぶやいた。  そんな自分に狼狽しているとカイトは「ごめんね、嘘ついたりして」と謝罪の言葉を述べる。 「やさしい嘘なんだ。きっと、神様もわかってくださるはずだぜ。おまえが嘘ついてるから姐さんが今も結婚相手と一緒に笑っていられる」 「それもそうだけど、僕……きみが女の人と結婚する姿を思い描いたんだ」 「なんだよ、それ。いくらなんでも気が早すぎだろ」  村の若い男は大事な働き手だから三十代後半になるまでは村長や領主様が、結婚をお許しにならない。  過去に天災や飢饉で人がたくさん亡くなったときなんか、四十になるまで結婚ご法度のお触書が出たそうだ。 「でも、きみのところは姉妹ばかりで男兄弟がいない。きっと、おばさんもヒロに期待しているし、早く結婚してほしいって思うはずだ」 「何言ってるんだよ。父ちゃんはピンピンしてるし、母ちゃんだって、あの通り元気に動き回ってる。まだ、ずっと先の話だ」 「先のことは誰にもわからないよ」とさびしげな笑みを浮かべ、カイトは顔を上げた。どこか艶めいた切ない表情に俺の心臓は太鼓みたいに大きく音を立てる。「きみが愛する人と結婚するとき、僕はヒロのそばにはいられない。今日、お姐さんの結婚式を一緒にお祝いしたみたいに祝福できないよ」  弟分であるカイトが、どうしてこんなことを言うのか、わからない。  俺は自分が女と結婚する未来に思いを馳せてみたが、眠るときに見ている夢のようにぼやけて、不鮮明だった。  逆にカイトの結婚式について考える。カイトは、まるで、お貴族様たちみたいに品があって気高い顔立ちをしている。「高貴」という言葉が、ここまでピッタリ合う人間を俺は、ほかに知らない。  おとぎ話みたいに、カイトが子ども時代の記憶を取り戻したり、彼を迎えに従者がやってくるなんてことがあるかもしれない。  そうしたら離れ離れになって二度と会えなくなる。  あるべき場所へ戻ったカイトは、この村で過ごした日々も、俺の存在もあっという間に忘れ、令嬢と結婚して優雅な暮らしをする。  夢みたいな話だ。  もしも現実に起きたら天国にいる、じいちゃん・ばあちゃんや親方が喜ぶし、神父様やシスターメアリーも祝福するだろう。村で疎外されているカイトにとっても、いい話だ。きっと幸せになれる。  でも俺は、そんな未来がたとえ、タラレバでもあってほしくないと願わずにはいられなかった。 「ずっと……きみのそばにいたいな」 「いればいいだろ。この村にいて、俺も、おまえも、いい嫁さんをもらって、子どもを作って、じいさんに……」  結婚式で姐さんは、旦那になる男と誓いのキスをしていた。父ちゃんや母ちゃんだって若い頃はもちろん、今だって仲がいいからキスをする。  カイトの唇を見知らぬ女が奪う。    そんな日が来るのは絶対にいやだと思ってしまったのだ。 「無理だよ。だって僕は男なのに――きみと口づけしたいって思っちゃったから」  漆黒の瞳を見据えた俺は、気がついたら、目の前の青年に自分の唇を重ねていた。

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