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第4章 永遠に交わらない平行線1

 いずれ人は死ぬ。  魔族や悪魔、エルフのように千年単位の寿命もなく、神のようにこの世の終わりが訪れるときまで途方もない時間を生きることもできない。魔族や悪魔に、いともたやすく殺され、野山の獣に致命的な傷を負わされ命を落とす、か弱い存在だ。  俺とカイトは、そう遠くない未来に女と結婚し、子どもを作り、家族を養っていく義務がある。  両親が健在で富農の家に育った俺にいたっては家業を継ぎ、老後の両親や、ともに働いてくれている人々と、その家族の面倒を見ながら跡継ぎを育てる役目が待っているのだ。  最を迎える瞬間までカイトのそばにいたいと願っても、その夢は永遠にかなわない。  いつか、この関係に終止符を打たねばならない日が必ずやってくる。十年後、二十年後かもしれないし、もしかしたら明日かもしれない――とおびえながら、この瞬間が永遠であってほしいと不遜にも神に祈り、愛し合った。  そして——今日、終わりが訪れた。   風邪をこじらせたときのように胸が苦しい。  足を止め、大きく息を吸って吐くを繰り返し、呼吸を整える。  だが心臓を突き刺すような痛みは一向になくならない。  ふと空を見上げれば、やわらかなクリーム色の光が、濃紺の闇を照らしている。  ぼんやりとした明かりは捉えられても、星々や月の輪郭がはっきり見えない。生暖かい液体が、頬からあご先へと、したたり落ちる。真冬でもないのに鼻の奥がツンとした。  小刻みに震える手で目もとや鼻の周りの汚れを乱暴にぬぐった。楽しいことも、うれしいことも何ひとつないのに無理やり笑みを顔に貼りつける。 「泣くなよ、俺。泣いたってカイトは会いに来てくれねえ。ガキが殴り合いの喧嘩して、一晩寝たら仲直りするのとは違うんだよ。もう、どうしようもねえんだ……諦めろ」  寒くもないのにズボンのポケットに手を突っ込んで、背中を丸めて身を縮こませらせる。まるで牛が歩くような速度で家までの道のりを進んだ。  木の扉を開け、「ただいま」と挨拶をすれば、おいしそうな野菜スープの香りが、ふわっと漂ってきた。 「野菜を届けるにしては、ずいぶん遅かったじゃないか」  キッチンに立つ母ちゃんが開口一番に愚痴をこぼす。彼女は俺のほうに目線もやらず、グツグツと煮えたぎる鉄鍋の中を凝視していた。  聞こえないふりをして手を生ぬるい水で洗う。  母ちゃんはデカイため息をひとつつくと、魔女が媚薬や毒薬でも作るようにして鍋の中ををかきまぜた。 「まったく神父様やメアリーは何を考えているんだかね。あんな穀潰しのカラスを教会に置いておこうだなんて、まったく縁起でもない。もの好きもいいところだ」 「なんで神父様たちのことまで、けなすんだよ。カイトが、どれだけ不幸な目にあって、つらい思いをしてきたか母ちゃんだって知ってるだろ?」 「そんなのあたしゃ知らないよ。おまえはいつだって、母親よりも、あの疫病神の肩を持つんだね」と鼻を鳴らして、そっぽを向く。「今に見てな、あの薄気味悪い男のせいで、この村に、とんでもない災いがもたらされるから」 「占星術師や千里眼持ちの魔術師でもないのに、何言ってんだよ? んなこと、あるわけねえだろ」 「女の勘さ。あいつは、ただならない。腹の底で何を考えているか、わかったもんじゃないよ。この地にいるだけで恐ろしく不吉だ」  むしゃくしゃしている状態で火に油を注がれる。神経を逆撫でされた俺は、「おい、母ちゃん。いくらなんでも言っていいことと悪いことがあるだろ」と、きつい口調で言い放った。「教会の人たちのおかげで病気や怪我をしても治癒魔法をかけてもらえるんだぞ。神父様が村に結界を張ってくださらなかったら、こんな小さな村、魔王軍に襲われて一晩で焼け野原と化すぜ」 「あんたこそ縁起でもないことを言うんじゃないよ!」  こっちを向いた母ちゃんは顔面蒼白。眉をつり上げ、目をこれでもかと見開いて、ヒステリックにわめき散らした。 「口は災いのもとだ。もし本当に、やつらが襲ってきたら、あたしらは皆殺しさ!」 「冗談だよ、母ちゃん。魔王軍が狙っているのは王都にいる王女様だぜ。城下町を襲ったり、近隣の大きな町や市を襲っても、国の外れにある貧しい村を襲うわけがねえ。魔族や悪魔だって魔王を復活させるために日夜奔走してるんだ。それとも、この村で骨休めでもするって?」 「ヒロ!」 「神の加護を授かった聖女様は、魔族や悪魔を退けるお力を秘めている。この世界を勇者とともに救う救世主さ。けど、勇者を募るだけで自分から、さがそうとはしねえ。本当に、この世界を救おうと思ってるのか、はなはだ疑問だね」  夕食もとらずに屋根裏に続く階段を駆け上り、ふて寝しようしたが、頬を打たれて足止めを食らう。  肩を怒らせた母ちゃんが歯噛みする。 「あんたって子は……! 聖女である王女様に、なんてことを……不敬にもほどがあるよ!」 「うるせえな、事実だろ! 世界中に魔族や魔獣、悪魔や、それにくみする者たちが出てきても王様たちは何もしてくださらない。戦いに慣れた兵や剣士、魔法使いや魔術師を派遣したことが一度でもあるか?  親方やじいちゃんみたいに山の獣から人々を守る人間に猿真似させて、村や町を以前から守ってきた神父様やシスターに全部、丸投げしてる。自分たちは警備の安全な王宮でぬくぬく暮らしてるだけじゃねえか!」

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