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第5章 伝えたい言葉2*
両手を後ろで組み、俺の前を歩いていく。
背が低く、体つきは華奢。ここへ来るまでの栄養状態が悪かったからか、手足は俺が力をこめたら折れてしまいそうなくらいに細い。
それなのに肩には、ずっしりと重そうなライフル銃がかけられている。腰のポーチには薬きょうが詰められ、ベルトには護身用のダガーナイフがぶら下がっている。
この間、大型の猫型魔獣の群れに運悪く襲われた。
親方に干し肉を土産に持っていこうとしていたからか、魔獣の群れは、じいちゃんやカイトには目もくれず、俺のほうへ集まってきたのだ。飛びかかられ、背中や手足に噛みつかれた。鋭い爪でのどもとや太ももを引っかかれそうになったときは死を覚悟した。
でも――じいちゃんの持っていた弓矢をカイトが奪い、目にも止まらぬ速さで魔獣たちを次々と仕留めていったのだ。藪 の中に隠れていたやつにはナイフを投げつけた。獲物は見事に魔獣ののどもとへ突き刺さっていた。
これを知った村長が領主様にカイトのことを伝えた。
鮮やかな手つきと手際のよさ、人命を即座に助けようとする正確な判断力にいたく感激した領主様は、カイトを正式にじいちゃんの後継者とした。
子どものいないじいちゃんや、ばあちゃんは大層喜んだ。
村の人たちの多くはカイトを不気味がって毛嫌いするけど、子どもながらにこいつが強いのは、助けられた俺が身をもって知っている。
でも本音を言えば、明るい性格をしたカイトに己も傷つける武器や硝煙の鼻をつくにおい、生温かい血なんて似合わないから、やめてほしい。俺と同じように畑で野菜の世話をしたり、果物の収穫やナイフで木を削って何かを作っているほうが心穏やかでいられるのに、と残念な気持ちでいる。
「でもね、ときどき思うんだ」
「何をだよ」
「今、ここで、きみと話している僕と、記憶を失う前の僕は別人みたいに違うんじゃないかって。だって、おかしいだろ。子どもがこんなに戦い慣れてるなんてさ」
村の大人たちは「カラスは敵国が送り込んできた暗殺者だ」とか「魔族との戦いに駆り出された奴隷部隊の生き残りだ」なんて噂話をしている。
村長も村人の意見ももっともだと思っていて、実際はカイトの存在を危惧している。
神父様やシスターメアリー、そして領主様の感心する声がなければ、カイトは村から追い出されていた。
俺にとっては痛しかゆしだ。
「きっと僕は悪い子なんだよ。ここに来るまでの間、人として、いっぱい悪いことをしてきたんじゃないかな?」
声は弾むように明るいし、足取りも軽やかだ。まるでダンスでも踊るみたいに獣道を歩いていく。
小さな背中を見つめながら「そうか? そんなふうには思わねえけど」と声をかけると前を歩いていた少年は、ぴたりと動きを止め、こちらへ振り返る。
「どうして、そんなふうに言い切れるの?」
「だってさ、もしも、おまえが悪いやつだったら、きっと魔獣に襲われた俺を見捨てて、ひとりで逃げていったはずだ。そもそも怪我が治って動けるようになった途端にじいちゃんや、ばあちゃんに危害を加えたり、食いもんをよこすように脅すだろ。
村人が寝静まった夜に村へ火を放つことだってできた。村長や領主様に恨みを持っていたら、ふたりに近づいて寝首をかこうと努力するところだが、おまえは興味なさそうにしてるからな」
「……きみの知っている悪人なんかよりも、もっとひどいことを考えているのかもしれないよ。それこそ想像もつかないくらいの悪いことを……後で大勢の人たちを苦しめ、悲しませるために今は、いい子のふりをしているだけなのかも」
真顔で唇を閉ざしたカイトのどこか暗く、さみしげな瞳を見ていたら無性に胸が締めつけられるかのように痛くなった。なぜか彼を思い切り抱きしめたくなった。
でも俺たちは友だちでも、家族でもない。出会ってから日も浅い男同士が、挨拶でもないのに抱き合うなんて、おかしい。
衝動に駆られそうになるのを抑え、彼の頭に手をやり、触り心地のいい髪を撫でてみる。
妹にこれをやると「髪がぐしゃぐしゃになって土で汚れる!」と、しょっちゅう怒られたし、容赦なく手を叩き落とされた。
カイトは妹とは異なり、文句も言わずにただ、俺を見上げ、次の言葉を待っていた。
「だったら、おまえが悪いことをしそうになったときは、俺がおまえを全力で止めるって約束するよ」
「……本当?」
「ああ、本当だ。おまえは大切な弟分だからな。兄貴や姉貴は両親がいないとき、弟や妹が悪いことをしないように見張る。弟分であるおまえが、人にひどいことしないよう、兄貴分である俺が見てるよ。もしも悪いことをしそうになったときは必ず止める。だから、おまえは絶対に悪い子にはならねえよ」
「でも、もしもだよ。もし、きみが止められなかったら、どうする?」と不安げな目つきをしてカイトが目を伏せる。「ヒロが止めようとしてくれたのに、いっぱい悪いことをして、たくさんの人を傷つけたら、そのときは神父様や神様みたいに罰を与えてくれる?」
「おまえ、何を言ってるんだ?」
困惑していれば、頭に置いてあった手をカイトに取られる。
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