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第5章 伝えたい言葉3

 目の前の少年は、俺の手を丸みを帯びた冷たい陶器のような頬にあて、暖を取るみたいにすりつけた。 「もしものときは、きみが――」  バサバサバサ! と木々の間から音がする。気に止まっていた鳥たちが羽ばたいたのだ。カイトの言った言葉が聞こえなかった俺は「今、なんて言ったんだ?」と訊き返す。  するとカイトは「いいんだ、なんでもない」と困り笑顔を浮かべた。 「『なんでもない』って……切羽詰まった感じがしたけど」 「本当にいいの。気にしないで」 「そんなことを言われたら余計、気になるだろ!」と頬を軽くつねって左右に引っ張る。  それでもカイトは口を割ろうとはしなかった。  腹が立った俺は年甲斐もなく彼が何を言ってきても無視をして、すねた態度をとるという意地悪をした。  帰り際になると根を上げたカイトが、俺の背中に頭を預け、抱きついてきたのである。 「ごめんね、ヒロ」と弱々しい声で告げられる。「そのときが来たら、ちゃんと、もう一度きみに言うよ。だから声を聞かせて。ちゃんと僕を見て……」 「そのとき」って、なんだ? と不思議に思いながら後ろにいるカイトのほうを振り返り、しょげた弟分の肩を軽くポンポンと叩く。「俺も意地張って悪かったよ。もう二度と、こんなことしねえって約束するから」と謝り、仲直りをしたのだ。  ぼうっと昔のことを思い出し、草むしりをする手を止めていたら、教会の子どもたちが「何してるの、ヒロ?」と怪訝な顔をして、こっちへやってくる。 「大丈夫? 元気ないけど風邪でも引いた?」 「べつに。元気いっぱいだよ」と返事をして立ち上がった。手についた土を叩き落として、のびをする。 「嘘だー。お目々とお鼻が腫れてるよ!」 「何か悲しいことでもあったんでしょ?」 「なんでもねえよ。それよりカイトの姿が見えねえな。あいつ、どうした?」  もしかして俺を避けているのだろうか?  そんなことを考えて胸がチクリと痛んだ。 「昨日から風邪を引いて寝込んでるよ」 「風邪? メアリーさんの治癒魔法が効かねえのか……?」 「うん、そう」  熱にうなされ、苦しんでいる弟分の姿が、ありありと浮かび、自然と俺の足はカイトの部屋へと向かった。  だが――「どこに行くの、ヒロ?」 「カイトのところへは行っちゃ駄目だよ!」と子どもたちに腕を引っ張られ、進めないように道を遮られる。 「なんだよ、おまえら。邪魔すんなよ! 幼なじみの見舞いくらい、してもいいだろ!?」 「あまりにも咳がひどいから、神父様が『部屋に誰にも近づかないように』って言ってるんだよ!」 「今はシスターメアリーと神父様のふたりしか入れないんだ。バリアーが張られてるからドアに近づくこともできないよ」 「なんだよ、それ」と思わず眉をひそめる。 「わけがわからないけど、とにかく神父様のお許しが出るまでカイトの部屋に入るのは禁止。防音魔法がかかってるから中でどんな話をしているのかもわからないし、話しかけても無駄だよ」  舌打ちをし、雑草の入ったちりとりを持ち上げ、ゴミ捨て場へと向かう。 「またかよ。なんでカイトには回復魔法が効かねえんだ……?」 「さあね。薬や毒も人によって効いたり、効かなかったりすることがあるって村長さんが言ってたよ」 「……そうかよ」  胸がモヤモヤして釈然としない。  しかし野菜や果物を育てる知識はあっても、魔法や医学の知識は皆無な俺は、子どもたちの言葉を信じる以外の選択肢がなかったのだ。 「それよりヒロは、どうするの?」 「どうするって何を?」 「願いごとだよ。もうすぐでしょ、星祭」  雑草取りを手伝ってくれた子どもがゴミの山に向かって取った草を投げつけた。  星祭は三十年に一度行われる夏祭だそうだ。なんでも夜空に、たくさんの流れ星が見えて、人々の願いを神様がなんでもかなえてくれるのだという。  王都の城下町では盛大なパレードが行われ、王宮では舞踏会が開かれるそうだ。  ほかの市や町、村でも、祭を行い、その日は仕事を忘れて楽しんでいいと王様のお触れ書きがあった。  三ヵ月前に領主様から、うちの村でも祭を行うように言われて一ヵ月前から少しずつ、準備が行われている。 「おれはね、『教会のみんなと、ずっと仲良くできますように』って、お願いするつもりだよ」 「わたしはね、『縫い物がもっとうまくなりますように』って、お願いするの!」 「へえ、いいんじゃねえの」 「おれらの願いごとは教えたよ。今度はヒロの番だ。何を願うのか教えてよ」と、ちょうど出会った頃のカイトと同じ年くらいの少年に訊かる。  俺が今、一番望むのは――「やだね。おまえらには教えねえ」 「ずるーい! わたしたちは、ちゃんと言ったのにー」 「人に教えたら、願いごとの効力が薄まって、かなわなくなるかもしれねえだろ」 「意地悪言うなよ」 「そうよ、教えてってば!」  ぶうぶう文句をつけられ、せっつかれても「教えませーん」と言い切って、子どもたちの相手をしたのだ。  祭当日は朝から村が活気づいていた。  結婚式が行われるときみたいにどんちゃん騒ぎ。  子どもも、大人も祭の雰囲気を楽しんでる。

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