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第5章 伝えたい言葉4
楽器を奏でるのが好きなやつは音楽を演奏し、ダンスが得意なやつは踊りを踊る。料理の得意なやつは料理や菓子、果実酒やビールを振る舞い、仕事で作ったものや片手間に作っていたものを売る。
教会でもワインや料理、菓子が提供され、子どもたちの劇や歌が披露された。
うちは母ちゃんが作った刺繍の施された入れ物やハンカチ、父ちゃんと俺が作った、木工細工なんかを出した。商品が売れたら店じまいをして、後は思い思いに過ごす。
俺は子どもの頃から仲のいい同世代の男たちと村の中を回りながらカイトをさがした。
だけど具合が悪いのか、あいつの姿は見つからない。
人がにぎわっている教会周辺で、ほかのやつらは酒を飲んだり、骨付き肉を食べたりして未婚の娘たちとダンスしたり、歌を歌っていた。
席を外そうとしたら、「おい、ヒロ。おまえも、もっと楽しめよ」と肩を組まれ、ビールのがなみなみ入った木のカップを渡される。
「そうそ、シケたツラなんて、祭の日に不似合いだ。みっともない! ほら、おまえのぶんだ」
皿に盛られた酢漬け野菜と豚肉のパテは、よだれが出そうなくらいに、おいしそうだった。
だが、この気持ちを伝えるのが遅くなればなるほどカイトは俺から遠ざかり、後悔するはめになるのは目に見えていた。
「あっ、ああ、サンキュ。けど、俺、子どもたちとシスターメアリーに挨拶行ってこないと。父ちゃんからも『人手が足りなかったら手伝って来い』って言われてるしさあ」と、もっともらしい嘘をついたのだ。
「おまえ、ほんと、まじめなやつだよなー」
「そうそ、こういうときくらい遊んじまえばいいのに」
「けど、あそこの女の子たちは、おまえらとゆっくり話したいみたいだからさ! 邪魔したら悪いだろ?」
隣村から来た女の子たちだろうか、見なれない顔をした美人ふたりを親指で指し、ふたりの気をそらして、その場を後にしようとする。が――「おいヒロ。あれは、おまえ狙いだろ?」
「おれらが声かけても振られるだけだぞ!」
ムッとしたふたりに羽交締めされ、肩のあたりを叩かれてしまう。
「んなことねえって! おまえらのほうが話上手だし、年上なんだから。俺みたいなガキは相手にしねえよ」
顔を見合わせているふたりの隙を突いて、そそくさと、その場を立ち去る。
「汚えぞ、ヒロ!」
「おまえ、つきあい悪いなー」
「悪い! 後で、また合流するからさ」
苦笑し、片手を上げ、教会の中へ入る。
神父様やシスターメアリーはどこにいるのか? と調理をしている子どもに訊いたが「知らないよ。さっきから見てないけど」と言われてしまう。
「じゃあカイトの部屋か?」
「カイトなら具合がよくなって、朝一番に部屋を出たぜ」
「本当か!?」
空になった皿を流しへ置き、新しくできた料理を運んでいる少年に話しかける。
「祭の日なのに、すっごい深刻そうな顔をしてた。朝ごはんも食べないで神父様たちと一緒に山のほうへ向かって行ったよ」
「山に?」
「うん、そう」
山は獣や魔獣が出てきやすい場所だ。村の人間は基本的に寄りつこうとしない。
でも、あそこはカイトにとっては特別な場所でもある。
すぐさま俺は家に帰ると、念のために身を守るためのナイフと薬草、水や非常食を持ち、ひとりで山へ向かった。
運よく獣や魔獣に遭遇しないで山の真ん中あたりへ到着した。
すでに太陽が沈み始めている。
じいちゃんや、ばあちゃんの住んでいた家は血だらけだったこともあり、取り壊されてしまった。跡地には、じいちゃんと、ばあちゃん。それから親方の墓がある。きっとカイトたちは、そこにいるはずだ。
「ではカイト、本当に、それでいいのですか……?」
シスターメアリーの涙声がして俺は、とっさに木の後ろへ隠れる。
俺の思った通りだ。
三人は、じいちゃんたちの墓の前にいた。
車椅子に乗らず、じいちゃんの墓の前で座っていたカイトが「はい、構いません」と目を閉じた。
何を話しているんだ? と疑問に思っていれば、シスターメアリーが険しい顔つきをしている神父様に泣きながら、すがりついた。
「神父様、カイトは悪い子ではありません! ほかの子どもたちのように精錬で純粋な魂を持っています。このまま、この村に隠し、匿えば――……」
「メアリー、それはできないんだよ」
「神父様!」
「わかっているね、カイト。自分が何をすべきかを」
神父様の射抜くような目で見据えられたカイトは、かすかに首を縦に振ったのだ。
「明日、日の出とともに、この村を出ていきます。そして、二度とこの地へは戻って来ません」
「ああ、残念だが、そうしてくれ」
「はい、お二方には、お世話になりました。子どもたちには僕が天国へ旅立ったと言っておいてください。それから、もし……ヒロが僕のことを尋ねることがあったら、『魔法が効かず病死した。亡骸は、この地に眠っている』とだけ、伝えてください」
「それは、どういうことだよ。カイト!」
衝撃的な言葉を耳にして俺は隠れていることができず、三人の前に姿を現した。
「ヒロ! なぜ、ここに……」
驚愕の声をあげ、シスターメアリーが狼狽する。
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