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第5章 伝えたい言葉5
目を見開いたカイトは、幽霊や化け物にでも遭遇したかのように身体を固まらせている。かと思えば、ハッとした様子で、あからさまに俺から顔を背けた。
まるで溶かした鉄をのどから流し込まれているみたいに、胃の縁が燃えるように熱くなる。
怒りたくなんてない。ちゃんと冷静な頭でカイトと時間をかけて話したいのに、気がついたら、感情が高ぶるまま声を張り上げていた。
「なんでだよ……なんで、この村を出ていく……? おまえは聖職者になって、この村に残るんじゃなかったのかよ。病死して、じいちゃんたちと同じ場所で眠る? なんで、そんなクソみたいな嘘をついて、ここを出ていこうとするんだ!?」
「待って、ヒロ。これには深い事情があるのよ」
眉を下げたシスターメアリーが俺を諌 めようと近寄ってくる。
でも俺は傷を負った獣みたいに彼女を威嚇した。
「メアリーさんは黙ってください! 俺は、カイトに訊いてるんです……!」
拳を握りしめたままカイトは口をつぐんだ。
「メアリー、行こう」
「神父様……」
「最後のときなんだ。ふたりだけで話させてあげるのが、やさしさだろう。なあ、ヒロ」
いつだって俺たちを迷える子羊として、ときにやさしく、ときに厳しく導いてくれた神父様。父ちゃんや母ちゃんとは違った形で俺を見守ってくれた。人間として、ひとりの男として尊敬している。彼のように懐の深い人になりたいと憧れ、夢見ていた。
だけど今は違う。身体の内側から黒く禍々しいものが、ふつふつとわき起こりる。親を殺したかたきでも前にしたみたいに恨みや憎しみが増幅されて、俺の中で大きく育っていく。
しかし神父様は動じることもなく「そのように怒り狂ってもカイトを、この場所に留めることはできないぞ。それだけは、わたしが絶対に許さない」と静かに告げたのだ。
「何だと!?」
「カイトをひとり、この村から追い出したくないのならヒロ、おまえも彼とともに、この村から出ていくがいい」
「なっ……何を言ってるんですか?」
「待ってください、神父様! それでは本末転倒です。話が違いますよ……!」
怒りをあらわにしたカイトが、焦りをにじませた声色で神父様に詰めよる。
すると神父様は眉根を寄せ、交互に俺たちを目に映した。
「嘘をついて、どうするのだ、カイト。おまえたちは男同士でありながら、お互いに愛し合っているのだろう?」
「っ! それは……」
母ちゃんにカイトとのことを問い詰められたり、父ちゃんに指摘されたときのように心臓が大きく音を立て、全身からいやな汗が吹き出る。
神父様やシスターメアリーの前でカイトとの関係を認めていいのだろうか?
そうしたら俺たちは神の名のもとに神父様の手で裁かれるだろう。
俺は、どうなってもいい。カイトを愛して地獄へ落ちるのなら本望だ。
だけど――カイトは失いたくない。
身体がすべての生命活動を停止するまでの間、死の恐怖に苛まれ、責苦を受ける。永遠とも思える時間の中で感じる痛みや苦しみを大切な彼に味わわせたくない。
記憶を失い、帰る場所もわからなくなって、村の人間から爪弾きにされてきた。それでも身体を張って獣や魔獣と戦い、傷つきながら、この村を守ってきた。
でも神様は残酷だ。
新しい家族も失い、自由に歩くことも、走ることもできなくなってしまった。車椅子や人の手なしに外へ出られない身となったのである。
カイトには一日も長く生きてほしい。天寿をまっとうするまで、穏やかな気持ちで暮らしをしてほしいんだ。
シスターメアリーは両手で口もとを覆い、凍りついた表情のままブルブルと身体を震わせていた。
認めるか、認めないか、どっちを選ぶか悩んでいれば――「事実無根です。そんな仲じゃありません。僕は彼のことを兄貴分として慕っているだけです! そうだろ、ヒロ!?」
必死の形相をしたカイトが、たたみかけるように弁解し、話を振ってきた。
「そっ、そうですわ、神父様! ヒロはまじめで男らしい青年ですし、カイトは修道士になろうと決心するくらい信心深いんですよ。そんな彼らが何の生産性もないのに、快楽を貪るため、むつみ合うはずがありません。ふたりは、じつの兄弟みたいに仲がいいだけです!」
ほっと胸を撫で下ろしたシスターメアリーが俺とカイトの肩を持つ。
俺たちが罰を与えられて死なないように彼女は弁護してくれているのだ。
だけど胸が潰れてしまいそうなくらい痛い。みぞおちのあたりがしくしくして、その場で胃の中のものをすべて吐き出してしまいそうになる。
天を仰いだ神父様が、葉巻やキセルを吸った人みたいに肺から長く息を吐き出し、顔を正面へ戻した。
「この際、おまえたちふたりが、どんな関係でもいい。だがな、ヒロ。カイトは明日の朝には、この村にはいないんだ。一生涯、戻らないんだぞ。今夜が彼と会える最後の日。彼を見送ってこの地に留まるか、この地を去るか、決めるのはおまえだ。時間はあまり残されていないがな」
「……もしも俺が、神父様の言う通りにして、カイトとこの町を出ていったら、俺らはお尋ね者になります。そうして関所を守っている衛兵に、ふたり仲良く捕まって死を賜れと?」
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