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第5章 伝えたい言葉6
「そうだな。村を無断で逃げ出すことは罪だ。自らの仕事を放棄し、勤めを果たさないことは重罪とされている。だから、これを持っていきなさい」
すると神父様は魔法を使って、小さな木の板と手紙をカイトと俺に渡したのだ。
「それさえあれば、どこへでも行ける。好きなところへ行き、二度とこの村へは戻ってくるんじゃない」
俺とカイトは、すぐに木の板に書かれている文字を読み、手紙の内容を確認する。
木は関所や国境を超えるための通行手形で、手紙は通行手形を発行したという証明書。領主様と王様のサインがされている。
父ちゃんと一緒に市場へ野菜を卸に行くとき、村長から外出証明書を発行してもらうけど、一時的な効力しかないし、ほかの市町村を回ることはできない。
この通行手形は、魔族討伐をしているギルドの冒険者や諸国を回るサーカスの一座や交易を行う商人、国が派遣している航海士や使節の人間が持つものだ。国内だけでなく、国外へも自由に移動することができる。
一介の農民が手に入れられるような代物じゃない。
俺とカイトの関係を疑っている神父様が、こんなすごいものを餞別に贈ってくれるわけがない。何か裏があるんじゃないかと末恐ろしくなる。
「どうして俺とカイトのぶんの通行手形と証明書が、そろえられているんですか? 発行するのには何日か時間が必要です。第一、農民はその村を納める領主様に管理され、仕事で出かけるか、ほかの場所の人間と結婚しない限り、生まれ故郷で骨を埋めます。聖職者を目指すカイトも同じ。教会本部による集会や国王様の招集がかからない限り、この村を出られません。いったい何を考えているんですか?」
「きみたちと、わたしたち、そして村の人たちが生き残る道を確保したいだけだよ」
「生き残る道?」
何を言っているんだろう?
しかしカイトもシスターメアリーも俺とは違い、神父様の真意を知っているのか戸惑う様子もなく彼の話に耳を傾けている。
「数年前、人身売買を行っている山賊たちが木こりの老夫妻と鍛冶職人を襲ったのは覚えているね」
「もちろんです。忘れるわけがない」
「あのときはカイトの足も動いていたから連中を倒すことに成功した。しかしながら今のカイトは足が動かない。いつ何時、山賊たちが、村へ報復しに来るかわからないんだ。領主様の館にしか兵はいないし、このような僻地には冒険者も訪れない。だからカイトには出ていってもらう。彼が出ていくのなら、きみも必ずついていくと思ったんだよ、ヒロ」
「駄目です、神父様! それではヒロの家の跡継ぎがいなくなってしまいます」
「状況が変わったんだ。そうだろ、ヒロ」
神父様の含みのある言い方にカイトが反応し、俺のほうを見つめてきた。
その間、神父様が魔法を詠唱する。詠唱が終わると俺の腰に護身用のダガーナイフが、カイトの背中には弓矢が装備された。
続いて、ふたり分のカバンが空中に現れ、ゆっくり地面へ落ちていく。中には冒険者たちが持つような食料や飲み水、簡易テントや薬草、エーテルが入っていた。
「さあ、メアリー。我々は村へ帰ろう。わたしたちのできることは、ほかにないからね」
「ええ、わかりました。……カイト、どうか神のご加護があらんことを。そしてヒロ……最善の選択をし、悔いのない人生を健やかに送れるよう、祈っています」
「夜になれば獣や魔獣も出る。この場で、やつらの餌食となったり、死を選ぶことがないように。わたしから言えるのは、それだけだ」
そうして俺たちを残し、ふたりは山道を下りていった。
情報の多さに頭が混乱する。何をどうしたらいいのか、何から手をつけたらいいのか迷っていると、カイトが唇を開いた。
「『状況が変わった』って、どういうことなの? ヒロ」
ここにいるのは俺とカイトだけ。それなのに、まるで、ほかの人間がここにいるかのように、あたりへ注意を払う。話を聞かれるのを恐れるみたいに声をひそめたのだ。
「……一番上の姉ちゃんが子どもと一緒に村へ帰ってくるって手紙をよこしたんだよ」
「お姉さんのご主人に不幸があったの?」
「そうじゃねえ。義理の兄貴に捨てられたんだ」
俺の発言を耳にしたカイトは眉を寄せ、不快感をあらわにする。
あえてそれを見なかったことにして、話を続けた。
「金に目がくらんだ義理の兄貴は、姉ちゃんと離縁して大商人の娘と再婚したんだ」
「そんな……」
「姉ちゃんには八人のガキがいるのに、姉ちゃんとチビどもは家を追い出された。子どものうち三人が男だ。一番上のやつは今年で十九、次男は十六、三男は十二。赤ん坊の頃から風邪ひとつ引いたことがない、元気な甥っ子たちだ。働き盛りの野郎ばかりだからな、たとえ俺が結婚しなくても跡継ぎはいる。この意味……わかるだろ?」
カイトのほうに目を向ける。
あいつは動揺を隠せない様子で目を泳がせていた。
「それでも、おじさんや、おばさんはヒロに期待してたでしょ。きみが結婚もせずに、ある日突然、村で忌み嫌われていて、つきあっている疑惑のある男と一緒にいなくなったりしたら、きっと悲しむよ」
「……『好きにしろ』って言われたよ」
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