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第5章 伝えたい言葉8
性行為をしていなくてもキスをし、互いの身体を触った。禁忌を犯し、神の怒りによる裁きが下ると、カイトはおびえているのだろう。
俺は目の前の青年を安心させるため、抱きしめた。
「カイト、遠くへ行こう」
「ヒロ、違う、そうじゃない。……無理なんだ。そんなことは、できないんだよ」
「大丈夫だ。俺たちを認めてくれる国が、この世界のどこかに、きっとある。旅をしよう、カイト。聞いたことも、見たこともない世界を回って、男同士が堂々とつきあっていてもいい場所をさがそう」
「うん」と、うなずいてはくれなかった。
胸の中に顔を埋めるカイトが、どんな気持ちでいるのか確かめるために、顔をのぞき込んだ。
どこかつらそうな表情をして、瞳を揺らしながら、曖昧な笑みを浮かべる。
「きみのことが好きだよ。僕だって、ずっと一緒にいたい。でも、できないんだ。きみと僕は違うんだよ」
「違うって何がだ?」
「……全部だよ。僕は、ヒロのようにはなれない。どんなに好きでも近づけない。きみに愛されたいと願うこと自体、きみを愛したこと自体間違っているんだから」
それきりカイトは黙りこくってしまった。
長年一緒にいたから理解できる。こういうとき、こいつは、意地でも口を割ろうとしない。
話しても無駄だとあきらめてるわけでも、悪いことをして謝るのがいやで黙ってるんじゃない。
本当のことを言ったら傷つく人がいるから何も言わないんだ。
「おまえ、誰かをかばってるな。俺か? それとも神父様やメアリーさん、はたまた父ちゃんたちを守りたいのか?」
「――みんなだよ。僕は、きみも、きみの大切な人たちも守りたいんだ」と、はぐらかされてしまう。
このままカイトに二度と会えなくなってしまうのは、いやだ。
「きみの顔も見たくない。大嫌いだ」と拒絶されていたら、時間をかけてあきらめられる。
でも「好きだ」って告白され、「ずっと一緒にいたい」ってカイトも望んでくれた。それなのに彼がどこか遠くへ行ってしまったら、きっと今夜のできごとを後悔する。ひとりさみしく彼を思い続けて人生を終えるなんて、ごめんだ。
「おまえに、どんな深刻なわけがあるのか、どんな正当な理由があって俺といられないって主張してるのか、わからねえ。想像もつかねえよ。俺は冒険者や騎士様、国を守る兵のように強くねえ。でも全身全霊をかけて、おまえを守ると誓う。だから、この手を取ってくれよ」
ごくっとつばを飲む音が大きく聞こえる。のどぼとけの目立たない細い首が動く。
「……わかったよ」
「えっ?」
「きみには負けた……完敗だ」
聞き間違いかと耳を疑う。
なんで突拍子もなく意見を変えたんだ? 賛同の声を、すんなりとえられるとは思っていなくて、目をしばたたく。
はにかんで笑うカイトから目が離せない。
「――本当に? 嘘じゃないんだよな」
「うん。一緒に行こう、ヒロ。この村を出て、どこか遠くの世界へ」
感極まった俺は地面に座っていたカイトを抱き上げ、「よっしゃあ!」と雄たけびをあげた。ダンスでも踊るみたいに回る。
「ちょっとヒロ! 目が回っちゃうよ!?」
足を止め、横に並んだ三つの墓石を目に映す。花輪になっている花が、そよ風に吹かれて、ふわふわ揺れた。
「じいちゃん、ばあちゃん、親方、今の聞いたか!? 俺、カイトと一緒に旅に出る! カイトを絶対に幸せにするって誓うよ。空から俺らを見守っててくれ……!」
するとカイトが俺の額やまぶたにキスをした。雪や花びらが触れたみたいで、くすぐったい。
「ねえ、ヒロ」
「なんだ!?」
「今日は星祭の日だよ。僕らの出発は朝だ。だから今夜は星を見て願いごとをしよう」
「おお、いいな、それ!」
「それにさ、やっぱり、おじさんや、おばさんに何も言わずに出ていくのは悪いよ。せめて書き置きくらいは家に残さなくちゃ親不孝だ」
じつの両親と再会できず、祖父母も亡くしたカイトの言い分は、もっともだ。
父ちゃんや母ちゃんのやったことも間違いではない。息子たちの身を案じた父親と母親の行動だ。
けれど指の先にトゲが刺さったままのような違和感やチクチクした痛みが残っている。
「カイト、そんなのは新しい土地にたどりついて生活が安定してから、やればいいだろ?」
「そうはいかないよ、ヒロ。じゃないと最後にきみと会っていた神父様やシスターメアリーが問い詰められる。通行手形を発行してくれた村長さんや領主様にだって、ご迷惑がかかるんだよ? 何も僕みたいに死んだって嘘をつかなくてもいいんだから」
「じゃあ、なんて書けって言うんだよ?」
「そうだね……。僕を目の前で失ったから、当分の間、さがさないでほしいと書いておくのは、どう?」
「結局、おまえを亡くしたことにするのかよ。縁起でもねえな」
唇を尖らせがカイトが「仕方ないでしょ。『お嫁さんにしたい子が見つかった』なんて書いたら、おばさんが『嫁になる子と一緒に一度は顔を見せてくれ』って、しつこくせがんでくるよ!?」と、母ちゃんが実際にやりそうなことを言ってきて、ぐうの音も出ない。「その後は神父様たちに手紙を出して村の状況を聞きながら話を合わせれば、おじさんや、おばさんも安心できる」
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