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第5章 伝えたい言葉9

「でも、いいのか? 神父様は『二度とこの村へは戻ってくるんじゃない』って言ってたぞ。あれって、おまえだけでなく俺にも帰ってくるなってことだろ」  考えの読めない神父様の言動――あれはおそらく同性愛者である俺たちに向けた侮蔑の言葉なのだろうと、当て推量をする。  男同士、女同士で恋をすることは俺たちが住んでいる西の国では異常とされ、恋愛関係になるのは重罪だ。  ところが東の最果てにある国の騎士階級にあたる者たちは、男同士で愛合うのも罪にならないらしいという噂を市場で聞きかじった。  だが東の国へ行くには必ず海を渡る必要がある。  住み慣れた陸地に出現する魔獣を倒すのだって一苦労なのに、慣れない海上で戦うことになるのだ。  戦闘経験のない今の俺では、あっさりやられてしまうだろう。  以前のカイトなら魔族と互角に渡り合える力を持っていたし、俺のほうが道中、彼に守られる立場だった。  けれど家族を失い、歩けなくなってからのカイトは魔族と戦う機会がなくなり、長年のブランクがある。  彼を守るためにも東の国を目指して陸路を移動している最中に魔族を倒すことに慣れ、もっと強くならないと……と心の中で意気込んだ。 「大丈夫だよ、ヒロ。きみはいずれ、この村に帰ってこれるようになるから」 「そうか?」 「そうだよ。僕が保証する」  カイトが自信満々に笑う。  なんで、そんなことを言えるのだろうと不思議に思いつつ神父様が残した旅の装備を持った彼を背中におぶり、下山する。  神父様やシスターメアリーが通った後だからか、獣や魔獣に遭遇しないで、すんなり道を進めた。上りがなく、なだらかな下り道なのもあり、スイスイ村のほうへ向かっていける。  そうはいっても村までは距離があるし、人を背負いながら歩くので、山の裾野へ下りる頃には空の色が赤から紺へと変化し、星がまたた始めていた。  ふくろうが、ほうほうと鳴く声が、どこからともなくする。 「重くない?」 「ああ、これくらい、へっちゃらだ。いつも重い荷物を運んでるからな。それにおまえ自身が軽いし」  出会った当初ほどでないにしろ筋力が落ち、カイトの身体は細枝のように風が吹くと、どこかへ飛んでいってしまいそうな危うさがあった。 「そんなんじゃ、すぐに魔族に攻撃されて倒れちまうぞ」 「そう? 教会でも、お腹いっぱいになるくらい食べさせてもらってるんだけどなあ……ねえ、ヒロ。あっちを見て!」とカイトが声を弾ませる。  顔を横に向け、下界を見る。そこには松明やランプの赤やオレンジの明かりが点々とともり、幻想的な光景が広がっていた。 「きれいだね」 「ああ、そうだな。ろうそくの明かりを見ているみたいで、すごく安心する」  俺は足を止め、カイトと一緒に、いつもと違う村の姿を見つめていた。 「ねえ、ヒロ」 「なんだ?」 「きみの願いごとって何?」  子どもたちと同じことを聞くなと思い、口もとをゆるめる。 「内緒だ。おまえは?」 「僕? 僕はね――きみが元気でいられますようにって願うよ」  耳もとにやわらかな唇がかすかに触れ、温かな吐息を感じた。劣情を煽り立てられ、今すぐこの場で彼を下ろして口づけたい、身体を触りたいと思う。  両親の顔を思い出す形で踏みとどまる。 「なんだよ、それ? 普通は『足が治って歩けるように』とか『記憶が戻って、じつの両親に会えるように』って願うところだろ」 「いいんだ。だって、きみが元気でいてくれれば、それだけで充分幸せだから。それとも、足が動かない僕じゃ足手まとい? 正直に言って」 「んなこと、思うわけねえだろ。じゃねえと今日、こうやっておまえを背負うこともできなかった」 「やさしい言い方をしてくれて、ありがとう。それと最近、少しだけ昔のことを思い出したんだ」 「本当か!? よかったじゃねえか!」  予想外のうれしい知らせに俺は自然と笑顔になれた。 「うん」 「どんなことを思い出せたんだ?」 「僕のお母さんが東の国の人で、お父さんが北の国の人ってこと。お母さんね、北の国から遭難した人を助けたんだよ。その人のことが大好きになって北の国へ、お嫁入りしたんだ。もちろん、お母さんと結婚した人は、お父さん。それでね、僕、北の国で生まれた。あそこがふるさと。それでね、いとこのお兄ちゃんと兄弟みたいに育ったんだ。年上のお兄ちゃんは、いろんな海外を回ってて、この国も知ってた。僕が、ヒロト話せるのは、この国の言葉をお兄ちゃんから教わったってことを思い出したんだよ」 「へえ、それはすっげえな! でも……だったら、おまえ帰ったほうがいいんじゃねえのか? 俺と東の国を目指すよりも、そっちのほうがいい。家族が待ってるからな」  好き勝手なことを言って申し訳なく思いながら、帰郷を勧める。  だけどカイトは「うん、そのつもりだよ」と明るい声で、しゃべらなかった。静かに俺の胸元のあたりにある両手をギュッと握りしめる。 「ううん、帰りたくない。このまま、きみと東の国を目指して旅をしたいんだ。そうして、ふたりでいられる場所を見つけたいな」 「いいのか、それで」

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