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第5章 伝えたい言葉10
「いいんだ。戻っても僕の両親は戦争で死んじゃっていない。いとこのお兄ちゃんは、そのせいで人が変わっちゃった。悲しい記憶しか残っていない場所へ行くよりも、きみとの幸せを見つけたい」
「悪い、いやなことを聞いたな」
まさか、すでにカイトの両親が他界しているなんて信じられない。それも戦争で亡くなったなんて。
俺は背中の重みを感じながら足を掴む手に力を込める。
「いいんだ、気にしないで」とカイトは静かに返事をする。「ねえ、見て。空も、すっごくきれいだよ」
顔を上げれば、きらきらと輝く星々があった。
赤や白、青、水色、緑に黄色、オレンジ。
まるで人間の顔形や髪の色、目の色や肌の色が、それぞれ違うみたいに、いろいろな大きさ、色、明るさの星がある。
「もうすぐ、お祭もクライマックスだね。流れ星もいっぱい見れそう」
「そうだな。晴れてよかった」
ゆっくり歩きながら俺たちは、村の出入り口まで来た。
みんな教会や湖のほうに集まっているのか、人が少ない。
そのまま俺の家へ向かい、家の鍵を開けて中に入る。カイトを椅子に座らせ、ランプの火をつける。明かりを手にして、手紙を書くための羊皮紙につけペン、インクをさがす。
「あった、あった。これを書いたら、星に願いをして、村をこっそり出ていこうぜ」
席に着き、インクの|蓋《ふた》を開ける。
「うん、そうだね」とカイトは、どこかさみしげな面持ちをした。
せっかくの門出なのに、どうしたのだろう? と不安になる。
だけど、俺は、暗闇の中だから、そんなふうに見えただけだろうと思い違いをして、つけペンの先を黒いインクに沈ませたのだ。
アイボリーカラーの紙の上にペンを走らせ、文章を書いていく。
その間、カイトは無言で俺の手を目を凝らして見つめていた。
いつもなら沈黙も苦じゃない。目の前の青年と言葉にはできない何かを共有しているような気がするからだ。
でも、今夜は、なんだか妙な居心地の悪さを感じる。
俺は黙っていることができず、口を開いて、他愛もない話をした。
「そういえば俺さ、友だちと教会で待ち合わせしてたんだよな。あいつら、何も言わずに出ていったら、きっと怒るぜ」
「おい、ヒロ! おれたちを忘れるなんてひどすぎねえか!?」
「そんなにカイトのことが大事なのかよ?」と怒りだす友人たちの顔を思い浮かべてクスッと笑ってしまう。
そこへ突然、鼓膜を破らんばかりの轟音と、すさまじく激しい揺れを感じる。
手もとがぶれ、書き損じる。インクの入った瓶がひっくり返り、木でできた机の上に黒いインクが広がっていった。机の端にあった木のカップが床へ転がり落ちる。棚に入れてあったものがガタガタと音を立てて倒れた。
動こうと思っても地面がぐにゃぐにゃ形を変えているみたいで、うまく歩けない。
数秒すると揺れは、じょじょに収まっていった。
すぐさま対面する形で座っていたカイトのところへ行き、「大丈夫か!?」と声をかける。
「うん、大丈夫だよ。今のは、なんだろう?」
「わからねえ。ちょっと外に出て、様子を見てくるな」
そうしてドアを開けると、外はひどいことになっていた。
俺の隣家が家サイズの巨大な石によって潰されていたのだ。周辺の家屋も岩に押し潰され、原型を留めていなかった。
教会や湖のほうへいたはずの人たちが全速力で走り、耳をつんざくような悲鳴をあげながら村の出入り口に向かっている。
教会のほうは、真っ赤な炎が燃え盛り、まるで昼間のように明るくなっている。
「魔族だ! 魔族がやってきたぞ……!」と誰かの恐れおののく声がした。
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