29 / 32

第6章 急襲1*

 次から次へと岩が飛んでくる。大きな音を立てて建物や畑、果物の木めがけて落ちていく。本能的に危険を感じて騒いでいる動物たちの入った家畜小屋や(うまや)が壊れていった。逃げ惑う人々の中でも運の悪いものは岩に()(つぶ)されて死んだ。 「痛い、痛いよ……」と泣く子どもの声や「(だれ)か助けてくれ!」と大声を出す男の声がする。  なんで、こんな小さな村を魔族が襲いに来るんだ? 神父様たちの結界は、どうなってる!?  理由を考えている暇はなかった。  急いで物置小屋のほうへ回り、ドアを開く。中には、農具だけでなく(おれ)が以前修理し、使わないままになっている(くるま)()()があった。走りながら車を押し、家の中へ入る。 「ヒロ、どうしたの? 何が起きてるの……?」と戸惑いの声をあげるカイトを抱え、車椅子に乗せる。  荷物を椅子に座ったカイトのひざの上に載せ、村の出入り口へ向かって車椅子を押しながら「どけどけ、怪我するぞ!」と大声を出し、駆け抜ける。 「魔族が攻撃してきてるんだ」 「えっ! なんで!? そんな……」 「理由は俺もわからねえ。カイト、村の外へ出たら急いで隣村まで避難しろ。(ねえ)さんたちが生きてたら、必ず会える。姐さんなら、おまえに力を貸してくれるはずだ」 「ちょっと待ってよ、きみはどうするつもり?」  慌てた様子でカイトが振り返る。まるで今生の別れみたい悲痛な面持ちをしていて胸がズキズキと痛む。  実際、今夜が彼と一緒にいられる最後のときかもしれない。このまま彼のそばにいたいのが本音だ。  あんなひどい惨状になった村へなんて帰りたくない。  だけど、命をかけてやらなきゃいけないことが俺にはあるんだ。 「村へ戻る。父ちゃんと母ちゃん、友だちが心配だから教会まで行く」 「何を言ってるの!? そんなことしたらダメだよ。死にに行くようなものだ!」 「んなこと言ったって村長が王都に応援を頼んでも、明日の朝まで兵たちや魔族討伐の部隊が来ると思えねえからな。魔獣は現れても魔族が現れたことは一度もないからな。おまけに今日は国をあげての祭の日だ。大方、酒によってホラでも吹いてるんだろって下っ端の連中が笑い話にして、上の連中に伝えねえだろ。まして、あっちも魔族の襲撃にあっているんだとしたら、こっちに割く人員はないはずだぜ」 「でも領主様が早馬を出せば、なんとかなるかもしれないし」 「無駄だ。火の手も上がってるから間に合わねえ。それこそ奇跡でも起きてギルドの人間が立ち寄るか、テレポートを使って来てもらわねえ限り、どうしようもねえんだ。第一、水魔法の使い手でもいない限り、みんな丸焼きになっちちまう。村に残った人間で、なんとかするしかねえんだよ! おまえだって神父様やシスター、子どもたちのことが心配だろ?」 「当たり前だろ! でも、きみまで失ったら、僕は……」  教会にいる人間の数が多いからだろうか?  てっきり村の出入り口となっている門の前に人だかりができていると思ったのに、人はまばらにしかいない。すんなり村の外に出られた。  魔族が待ち伏せして人間を狩っているのかと注意して、あたりを見回し、耳をすませる。  しかし隣町のある方角に逃げ惑う人間の姿が確認できるだけだった。 「大丈夫。生きていたら俺も後から、おまえを追いかける。隣村で落ち合おう」  車椅子のハンドルを離し、岩が飛び交い、火の手が上がる村へ戻るためにきびすを返す。  すると汗をぐっしょりかいたカイトに手を取られ、引き止められる。 「ヒロ、お願い。行くななんて言わないから、せめて約束して」 「何をだ?」  こくんとのどを鳴らし、カイトは俺の目をじっと見据えた。 「もしも、この先、きみが窮地に立たされたとき相手が誰であろうと構わないで。迷わずに眼前の敵を倒して自分が生き残ることだけを考えて!」  黒水晶のような(ひとみ)もこれで見納めかもしれないと思いながら、カイトの手を握り返す。 「ああ、約束する。だから、おまえも絶対に生き残れよ」 「うん、気をつけてね……」  名残惜しさを感じながら手を離し、村のほうへ戻る。  井戸のあるところへ向かい、水を急いで(おけ)()み、頭から思い切りかぶった。近くの家で干されていた乾いた布を拝借し、口と鼻を覆い、後ろ手で縛る。  道で事切れた人間を振り返って見ないようにしながら、目線を空にやりつつ自分のほうに岩が飛んでこないかどうかを確認する。  道の端でひっくり返り身体を(けい)(れん)させている老人に「大丈夫ですか?」と声をかける。 「おしまいだ……おれは、もうダメだよ。ヒロ……」 「何を言ってるんですか、おじさん! そんな弱気なことを言わないでください」  震え声で言うじいさんは、友人の父親だった。顔や腹には獣に引っかかれた(つめ)(あと)のようなものがあり、血が次から次へと出てくる。  ベストを脱ぎ、傷口を圧迫するが止まらない。  生温かく、ぬめった手が触れる。 「魔族が空から襲ってきたんだ。……星を眺めていたら、空飛ぶ船でやってきて、巨大なオークたちが岩の雨を降らせた……そして魔族の隊長を名乗る男が空から(やり)を放ち、神父様を……(くし)()しにしたんだ」 「なんだって!?」

ともだちにシェアしよう!