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第6章 急襲2*

 神父様の強力な結界を破る槍? そんなものを扱うやつがいるなんて……と全身に冷や汗をかく。 「おじさん、その後、どうなったんだ? シスターたちや、あんたの息子は!?」 「結界が破られた後は……船から降りたゴブリンたちが火を放ち、悪魔や魔獣たちが人間を次々に殺していった。シスターや俺のせがれも目の前で……切り捨てられ、()(ころ)された……子どもたちは(えさ)として、その場で食われたよ」 「そんな……」  墓地で目にした神父様とシスターメアリーの顔が浮かび、ついで昼間「また後で」と約束して別れた友人ふたりの顔や「ヒロ、今日は何して遊ぶ?」と無邪気に()いてきた子どもたちの笑顔を思い出す。  あんなに元気だったのに、みんな死んだだと? 魔族に襲われ、やられた? そんなのは(うそ)だ。信じたくない……!  だけど岩は次々飛んできて家屋を壊し、畑にできた作物を(つぶ)し、木々をなぎ倒していく。  人々の叫び声や鳴き声がやまない。  どんどん火が燃え盛って赤い光と熱が村を覆い尽くさんばかりだ。 「……村は、このままじゃ終わり――……」  玉のような汗を額や首に作り、おじさんは歯を食いしばって、身体を縮こまらせた。  薬草を使っても軽い怪我や状態異常は治せても、深手を負った怪我人を助けることはできない。  王都で売っている万能薬か治癒魔法を使える魔術師や魔法使いがいれば、すぐにこんな傷、治せるのに……!  だけど神父様がくれたカバンの中に万能薬は入っていないし、俺は、魔法や魔術は使えない。頼みの綱である神父様やシスターたちは、すでに魔族の手にかかって亡くなっている。  ――何もできない。この人は、この場で死ぬと本能的に察した。  目の前に友人の父親がいて血を流して苦しんでいるのに、なんの役にも立てない。自分が、どんなに無力な存在か思い知らされ、歯がゆさから涙があふれる。 「ヒロ、逃げろ……やつらはカイトを……」 「カイト? カイトがなんだっていうんだよ!? うちの両親は? なあ、おじさん。おじさん!」  目から光が消え、おじさんは二度としゃべらなくなった。  俺は彼の目を閉じ、力の入らないだらっとした手を取り、胸の上で組ませた。  立ち上がり、血まみれのままの手を握りしめ、教会に向かって走る。  上り坂を駆けていると(じん)(ろう)や猫型魔獣が、息絶えた人間を食いあさっているところに遭遇した。  足がすくみ、身体が震える。心臓がうるさいくらいバクバク音を立てるのが聞こえる。  だけど、食い物にされている人間は見知った村の人間だ。  内側から込み上げて来る怒りや悲しみ、憎しみにより目の前が赤く染まる。 「ぜりゃあああっ!」  神父様からもらったダガーナイフの(さや)を抜き、やつらに切りかかる。  猫型魔獣が噛みついてこようとするのをすんでのところでかわし、胴体を一突きする。  (ほう)(こう)が聞こえ、(するど)(つめ)のパンチが飛んできたのをよけるが……「あっ!」  人狼の()りが手に入り、ダガーナイフが空中を飛んでいく。そのまま頬を殴られ、身体が水面を飛ぶ石のように飛び跳ね、地面に転がった。  畑を耕したり、(けん)()の仲裁に入ることはあってもカイトと違い、実戦経験のない俺は、すぐに返り討ちにあってしまったのだ。  立ち上がろうとしたら頭を(つか)まれ、無理やり立たされる。 「ぐあっ!」 『小僧、貴様、何をしに来たんだ? 答えろ』  兵隊のような格好をして二足歩行をする狼が人の言葉をしゃべった。  その周りには()(えき)をダラダラ口からこぼしている猫型魔獣がいる。 「父ちゃんと母ちゃんを助けに来たんだ!」 『健気だな、おまえ。そんな弱っちいのに、父親と母親を助けに来るなんて』と、もう一匹の人狼が腹を抱えて笑った。  すると俺の頭を掴んでいる人狼が『やめろ、隊長が言っていただろ。愚かで弱い人間にも最低限の敬意を払えと』と諭した。  俺は人狼の手をどけようとしながら、蹴りを入れるが、びくともしない。 『……おまえに似た人間を知っているぞ』 「何?」 『勇猛な男だった。足腰悪い妻を守るために、騎士のように勇み出て、俺のペットたちに一矢報いた。だが隊長の剣で切られ、女ともども――死んだ』 「嘘だ……そんなの嘘だ!」  父ちゃんと母ちゃんが殺されたなんて、そんなバカな話があってたまるもんか! 「この目でふたりのむくろを見るまでは信じねえ!」 『安心しろ、すぐにおまえもあの世に行く。愛する両親とも会えるのだ。再会を喜べ』  ミシと音が鳴り、頭に激痛が走る。額から生温かいものが顔や首筋に伝ってくるのを感じる。 『りんごみたいに、その頭を潰してから食べてやるよ。痛みも一瞬だぜー!』  頭を潰される? そんなの冗談じゃない! 『――自分が生き残ることだけを考えて!』  カイトの言葉を、ふと思い出した。  このままじゃ、あいつと隣村で落ち合う約束を果たせなくなってしまう。  もしも俺がここで死んだり、姐さんと会えなかったりしたら、あいつは本当の意味でひとりぼっちになるんだ。  足の悪いカイトが、ほかの人たちみたいに魔族に殺され、食べられてもいいのか? と自らに問いかける。

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