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第6章 急襲3*

「う……うおおおっ!」  雄叫びをあげ、俺は最後の力を振り絞り、人狼の手をどけようと試みたものの手を頭からどけられない。  まるで幼い子どもが大人に負けじと背伸びをしているみたいだ。  案の定『滑稽なやつ』と、俺の様子をはたから見ていた人狼が、ため息をつき、あきれ顔をする。『人間って、ほんっと頭が悪いな。かなわない相手に立ち向かうなんて時間と労力の無駄だぜ。勝てるわけないってわかってるのに、たてつこうとするなんて、どうかしてる。さっさと負けを認めて楽になれよ』 『諦めの悪さが人間を人間足らしめているものだからな。それがなければ、豚や牛といった家畜と大差ない。あるいは犬か猫のような愛玩動物となるか、強い者にかしずき、せこい手を使ってうまい汁を吸うだけさ。仕方ないだろう』 「クソ、クソ、クソーっ!」  その瞬間、驚くことに俺の手の中から()が飛び出した。  まるで小鳥が空を飛ぶみたいな動きをして、頭を掴んでいる人狼の腕にとまる。 『何!? 火の魔法だと……! うわああっ!』  あっという間に人狼は火に飲み込まれ、全身を轟々と燃える()()炎で焼かれたのだ。  しかし俺はやけどひとつ負わないまま人狼の灰と化した手から逃れられた。ものの数秒経たないうちに目の前にいた人狼の身体は黒い砂のようになり、風に乗って消えていく。  何が起きたのかわからない……。なんとか危機一髪のところで助かった。  頭が混乱した状態で俺は、赤黒い血がついた手のひらを眺めた。 『きっ、貴様、魔術の心得があったのか!? やれ、おまえたち!』  はっと意識を取り戻して振り返れば猫型魔獣が今にも襲いかからんばかりの勢いで、こっちへやってくる。  さっきは人狼の足蹴りも猛烈なスピードで見きれなかった。  それなのになぜか今は、ときの魔法で動きを遅くしているみたいに彼らの動きが、牛やカタツムリのようにゆっくりしているように見えたのだ。  鋭い爪や牙で身体を引き裂かれるのを避け、地面に落ちていたダガーを拾い、飛び上がる。  血を流すほどの怪我をしているはずなのに身体が軽い。身体の中から力がみなぎってくる。  俺は猫型魔獣の急所にダガーを突き立てた。 「ギャアアア!」と悲鳴があがるのを耳にしながら、残りの二匹も動けない状態に仕留めた。  猫型魔獣が倒れると人狼は、ひどく泡食った様子で剣を抜き、叫びながら突進してくる。  そのまま腰を低くし、俺も思いきり足を踏み込んで走る。  そうして剣と剣が触れた瞬間、人狼の手にしていた剣が折れた。真っ二つに折れた剣先は空中を回転しながら飛んでいく。  人狼はその場で腰を抜かし、情けない声を出した。 『なっ、なんなんだ、おまえ! その動き? 戦士か、それともギルドの人間か!?』 「戦士でもギルドでもねえ。ただの農民だ」    大切な人たちのかたきをとるため、とどめを刺そうと近寄る。逃げようとする人狼に向かって、拾った石を投げつける。石は見事に人狼の頭に命中し、人狼は坂を転がっていった。  全身を打ち、よろめいたやつののどもとをダガーで()()ろうとしたら、おびえた人狼が『まさか、おまえ――……』と何か言いかける。  どこからともなく殺気を感じ、とっさに飛びのいた。  人狼と俺の間を阻むように、黒く禍々しい空気をまとった槍が、地面に突き刺さっていた。 『たっ、隊長……』と人狼が涙声で上を見上げる。 「なんだよ、これ……」  空には鋼鉄でできた船が浮いていた。無数の風車みたいなものが周り、ゴウンゴウンと鈍い音を立てている。  船首には黒いマントを羽織った(かっ)(ちゅう)姿(すがた)の男が立っていた。まるで騎士のような出で立ちだが髪は雪のように白く、肌は死人のように青白いし、目は血のように赤い。何より頭にヤギのような角を生やしている。魔族だと一目見てわかった。 「何を遊んでいる。目的は達成したんだ。さっさと帰るぞ」 『へっ、へい!……』 「待て、逃がすか!」  立ち上がった人狼を追いかけようとした途端、地面から突然、氷の刃が勢いよく生え、円を描くようにして俺の周りを取り囲んだ。  その間に魔族の騎士隊長は手を人狼のほうに向け、船へテレポートさせる。 『す、すみません、隊長。油断しました』 「仕方あるまい。だが、これで人間の凶悪さは、いやと言うほど身をもって知っただろう?」 『……はい』 「では魔王城へ帰還するとしよう」  やつらは俺のことなんて()()う虫を相手するみたいに最初から眼中にない。のん気に会話までしていて腹が立ってくる。 「ふざけんな、てめえら! このままトンズラするつもりかよ!? 最後まで戦え……!」 「ギャンギャンとうるさい人間だな。これ以上、わめくとこの男の命はないぞ」  すっと男が手を上げると黒い巨大な玉が現れた。  地上に向けて攻撃を仕掛けてくるのかとダガーを構えた。が――「カイト……!」  透明になった玉の中にカイトが閉じ込められていたのだ。  窓ガラスでも(たた)くみたいに両の拳で玉の内側を何度も殴打し、大きく口を開閉させている。 「てめえら、そいつをどうするつもりだ!?」

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