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〈4〉この世界はスキンシップが激しい

 夢乃や猫野たちと楽しく遊んでホクホクのまま夕食を食べ終わった頃、部屋にノックの音が響きドアを開けた。 「遅くに悪いな」 「いえ大丈夫です。どうされたんですか先生?」  開けた先には担任の帽子野マット先生が立っていて、差し入れだとスナック菓子を渡される。 「ちょっと確認したい事があるんだが」 「はい」  スナック菓子を受け取り礼を言って、帽子野先生の顔を見る。  するとその顔は、優しげな笑顔を浮かべているがどこか困った様子にも見えた。 「これ受理していいのか迷ってさ、木戸から昨日出されたけど、本当にいいのか?」 「これって……入室許可書?」  寮の規則で、他生徒の部屋へ入るには許可書がいるらしいと生徒手帳を読んでいて知った。友人との交流は談話室や食堂を使うのが一般的なのだ。  そして今回、俺とヤンキーこと白伊先輩は俺の部屋で勉強会をする約束をしているから許可書を提出していたわけである。 「問題が無いのであれば受理してほしいんですけど」 「……いいのか?」 「はい、勉強するって約束しているので」 「勉強って、白伊に勉強聞いても無駄だと思うけどな」 「いえ、俺が先輩に教えるんです」 「あー……なるほどなあ」  俺がそう言うと、先生は苦笑いを浮かべながらも妙に納得した様子だった。 「じゃあ、受理していいんだな?」 「はい、お願いします」 「……何か脅されてるとかじゃないんだな?」 「違います」 「弱みを握られてるとか……」 「違います」  先生の様子から先輩の信用度が見えてくる。日頃の行いって大切だな。 「そっか、そんじゃ受理しとくよ」 「よろしくお願いします」 「おう。あ、これもついでに木戸に渡しとくな」 「何ですかこれ?」  先生は許可書をファイルにしまった後、二つの小さな機械を俺に渡してきた。  漫画やドラマで見たことがあるような機械だった。 「防犯ブザーとスタンガンだよ」 「へー……はぁっ!?」  何だろうこれと眺めていた俺の耳に物騒な単語が飛び込んできて、つい大声を上げてしまう。  スタンガンって、こんなの生徒が持ってていいのか。 「いいか、この(ひも)を引っ張ったらブザーが鳴るから何かあったらすぐ鳴らせよ? もしブザーが鳴らせない時はこのスタンガンで反撃しろ。上のカバーを外してこのボタンを押しながら相手に引っ付けるんだ。狙うなら首だぞ」 「いや、え? これスタンガン……防犯ブザーはともかくスタンガンなんて危なくないですか? そもそも俺にどんな危険が?」  もしかして俺って命を狙われるほど皆から嫌われてるの?  まさかそれほどまでは、と思うが先生の真剣な様子に寒くもないのにブルリと体が震えた。 「スタンガンは特別許可されてるから大丈夫だ。使うときは躊躇するな。まぁなるべく防犯ブザーを使えな。特に明日は気をつけろよ」 「き、気をつけます……あ、でも明日は朝から白伊先輩が居るし大丈夫だと思いますよ?」  さすがに先輩からはそこまで嫌われていないはず。友達でいてくれてるし、大丈夫だよね。  先生には不安な顔をされたが、先輩は友達を大切にしてくれる人だと思う。  それでも先生からの信用度が底辺なのは不良なんてしているからだろう。 「心配してくれてありがとうございます。なにかあったら先生を頼るんでお願いしますね」 「あぁ、わかった。約束だぞ? 必ず俺を頼れな」  先生は不安気な顔を緩ませ、少し頬を染めて俺の頭を撫でて帰っていった。やっぱり教師として生徒に頼られるのは嬉しかったのだろう。  渡された物はだいぶ物騒だが、これも先生の優しさと思えば嬉しくなる。  できれば使う日がこなければいいと願いながら、俺は明日に備えて早めにベッドへ入ったのだった。      * * * 「おぅ、来たぞ」 「……おはようございます……」  翌朝、約束通り白伊先輩が来た。  時間は午前六時を少し過ぎたぐらい……早すぎだろ。  先輩が来るのを見越して早めに起きたつもりだったが、まだ洗顔しか済ませていないのに。 「すみません、まだ何も準備してなくて……」 「いい、お前のメシも持ってきてやったから先に食うぞ」  先輩が差し出してきたビニール袋を受け取ると、まだ温かくていい匂いが漂う。美味しそうな香りに体が空腹を思い出したのか、お腹が小さくくぅと鳴った。 「食堂で詰めてもらってきた」 「こんな早くから開いてるんですね」 「部活の朝練する奴らが使うんだろ」  なるほど、と納得していたが、袋を受け取った後も先輩の視線がずっと下方にある。  いったい何を見ているのかと思い、自分でも視界を下に移して、ハッとした。 「いやあのっ、これは……っ」  慌てて隠そうとするが隠せるものが無い。俺は今、昨日貰ったやたら可愛いルームウェアを着てるのだ。  太もも半分から生足が出てしまっていて、誰得だよこんな姿。 「……そんなのも着んだなお前」 「違……っ、あの、違うくてですね!? これはたまたまでいつもは普通のパジャマを着てるんですよ! ホントですからね!」  昨日、これはないわぁと思いながらもあまりの手触りの良さに好奇心で着てみたら、これまた抜群の着心地で脱ぐのが惜しくなりそのまま寝てしまったのだ。  だから決してこの可愛すぎるルームウェアが気に入った訳ではない。断じて違う。着心地はいいけども。 「すぐジャージに着替えるんでっ」 「待てっ! そのままでいい!」 「いやそれはちょっと……」 「そのままでいろ。メシやんねぇぞ」  俺の腰に手を添えてズカズカと入ってきた先輩にそこまで言われては着替えられない。  まぁ見た目さえ気にしなければ快適だから俺はいいのだけど、先輩は見苦しくないのだろうか。先輩がいいと言っているのだからいいか。 「朝ごはんありがとうございます」 「あぁ、足りるか?」 「十分ですよ」  テーブルに持ってきてくれた朝ごはんを置き、クッションの上に並んで座る。向かい側に行きたかったけど先輩が俺の腰を離さなかったのだ。  密着しすぎて食べづらいから少し離れてほしくて顔を上げたら、至近距離に先輩の顔があって咄嗟に手で先輩の口を覆う。 「……おい」  俺の後頭部を引き寄せようとしている様子から、やっぱりキスをしようとしていたようだと悟る。  阻止されて不機嫌な声を上げる先輩は本当にキスが好きらしい。この人はそんなにいつも友人同士でチュッチュしているのだろうか。破廉恥な。  いやこのBLゲームの世界ではこれが普通? 慣れる気がしないのだけど。 「べ……勉強が終わってから、です……」  俺はひとまず、拒んで嫌われるのも怖いから先送りにしてみた。何の問題解決にもなっていないが、時間が経ったら忘れてくれているかもしれないし。いや忘れていてください。 「……勉強の後のご褒美ってやつか」 「え? ご褒美とか準備してな……あ、ジュースぐらいなら奢りますよ」 「……」  少し間があいた後、先輩がゆっくり離れていってホッと息を吐く。  この世界は友人同士だとやたら距離が近いけれど、先輩は群を抜いて、いや群を抜くほど友達はいないのだけど、とにかく誰よりも距離が近すぎて心臓に悪い。  やっぱり向かい側に行きたいが、動こうとしたら先輩から腕を引かれ戻される。寂しがり屋か。  しかし先輩が袋から朝ごはんを取り出しテーブルに広げれば、そんなことはどうでも良くなった。  初めて見た食堂の料理がとても美味しそうだったからだ。 「さっさと食ってやるぞ」 「そうですね!」  元気な返事をしてさっそく口をつける。  久しぶりのできたての料理を、俺はホクホク顔で堪能したのだった。 ●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・ 試し読みはここまでになります。 続きは各書店で好評発売中!

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