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〈3〉この世界の友達付き合いは濃厚
さて今日も何事もなく、いやあったけどあれは友人同士のスキンシップだしこれから慣れていくだろう出来事だから何事もなく一日を終えたと言っていい。
……慣れるだろうか。
なんて考えたところで仕方がないので、俺は部屋で試験勉強をしていた。現実逃避にも近い。
そんな俺のスマホから着信音が鳴り、何か用かな、とスマホを手に取って「んんっ!?」と驚く。
だって、画面に『猫野チェシー』と出ているのだから。
え、うそ、チエ? と慌ててメッセージアプリを開けば『やっほー』と可愛いスタンプが送られてきてて、すぐに次のメッセージが送られてくる。
どうやら新しいスマホでもメッセージアプリの復元ができたらしい。
良かったね、ってことと話ができて嬉しいってメッセージを送ったら、ちょっと時間を置いて『俺もめちゃくちゃ嬉しい!!』と返ってきた。
やっぱり猫野も優しい。
その後は、今何してる? とか、よく行く店は? なんて他愛のない会話をして、最後に猫野から『次の休み空いてる?』と来た。
『試験勉強ぐらいしか予定は無いよ』と送れば『じゃあ昼にハンバーガー食べに行こーぜ!』と来たじゃないか。
ハンバーガー、たぶんあのチェーン店のことだろう。
休日にクラスメイトとハンバーガーを食べに行く……え、すっごく友達っぽい!
『行く!』それ以外の返事はもちろんない。
俺なんかが猫野の休日の時間をもらっていいのかと思うけれど、誘ってくれたのは猫野の方だし、少しぐらいいいよね。
俺が返事をしたら猫野からは『やったー!』って凄くテンション高めなスタンプが送られてきて、嬉しいのは俺だけじゃないんだと胸が温かくなった。
そんなホクホクした思いで画面を見ていたら、またメッセージが入る。
「──ん、ええっ!?」
そこで、俺はまたまた驚愕 する。
だって、今度は画面に『夢乃アリス』と出ていたからだ。
え、アリス? え、何で? と混乱しながらも画面を開くと──
『アリスでーす! 猫野から連絡先聞いちゃった! 勝手に聞いてごめんね?』
──と送られてきた。
俺は、全然気にしてないことと、俺も夢乃の連絡先を知りたかったことを伝えたら喜んでくれた。どんだけ優しいんだこの人たちは。
そしてやっぱり休日の話になり、猫野とハンバーガーを食べに行く旨を伝えたら『あの野郎』と来た。あれ、アリスさんどうした急に。
幻覚かと目をぱちぱちしてる間に文章は削除され『僕も一緒にいいかな? 猫野には僕から言っておくから!』と来た。どうやら先程のは誤送信だったみたいだ。
もちろん返事はOKに決まってる。猫野だって日頃から仲のいい夢乃が居たほうが楽しいだろう。
そんな、ちょっと緊張したけど楽しい友達とのやり取りが終わったら、慣れないからかやたらと疲れていた。
俺はベッドに寝っ転がり、再度スマホを見る。
自然と緩む顔。もう友達だよね? 休日にわざわざ遊びに行くぐらいだから、友達と呼んでもいいよね?
諦めかけていた夢が少しずつ形になってきていて、胸が踊るってきっとこういうことだ。
ずいぶん目標の低い夢だと思われるかもしれないが、俺にとっては高望みに近い夢だったんだから。
ふふ……と笑みが漏れる。
ハンバーガーを食べた後はどうするのかな。ゲームセンターとかカラオケに行くのかな。それとも服を買いに行ったりするのかも。でも試験も近いし食べたらすぐに解散かもしれない。
友人同士で休日を過ごすという未知の体験にワクワクは止まらない。
けれど、ふと頭に不安がよぎった。
「……服、何着ていこ……」
俺にとっては、非常に大きな問題だった。
「──というわけで、何を着ていったらいいでしょう」
「……テキトーに着とけばいいだろ」
「だからその適当がわからないから聞いてるんです!」
翌日俺は、さっそくヤンキーの白伊先輩に相談した。
なのにこの回答、相談相手を間違えただろうか。かと言って他に相談する相手は居ないし。
頼りないなぁなんて思いながら自分で買ってきたパックのジュースを飲む。もう先輩から飲み物は受け取らないと固く心に誓っている。
「……いつもどんなの着てんだよ」
「えーと……パーカーとかTシャツとかです。母が買ってきたものですけど」
「柄入ってるか?」
「いえ、ほとんど無地です。入っててもロゴとか英文がワンポイントで入ってるぐらいですね」
「ならそれで問題ないだろ」
「色! 色は何着たらいいですか!?」
「別にお前なら何でもいけそうだけどな……気になるなら白か黒かグレー着とけ」
「さすが先輩!」
「調子いいなお前……」
頼りないなぁって思ったのが顔に出てたらしい。
いやだって最初にテキトーな回答をした先輩が悪いのだ、うん。
誤魔化すようにへへへ、と笑えば先輩も呆れたように笑って頭をグシャと撫でた。
「で? いつ行くんだ」
「今週の土曜日です」
「帰り遅くなり過ぎんなよ」
「お母さんみたいなこと言いますね」
「誰がオカンだ!」
いつも気怠げで面倒くさがりだけど、実は面倒見は良くて、ヤンキーだけどたまにひょっこりオカンが顔を出す。忙しい人だ。
「遅くはならないと思います。もうすぐ試験ありますし……」
「何で試験があると遅くならないんだよ」
「いやだって、勉強しないといけないでしょ?」
「試験勉強してんのか? いい子ちゃんだなお前」
「え?」
試験勉強してたらいい子? そう言う先輩の言葉に俺は首をかしげる。
この学園の偏差値は平均ぐらいだし、まったく勉強しなくてもいいほど試験は簡単ではないと思うのだが。
それとも、先輩は勉強なんてしなくても余裕なほど頭がいいのだろうか。
「先輩はいつも勉強しないんですか?」
「まともにした事ねぇな」
「それで赤点取ったこと無いんですか?」
「バカ言うな」
やはり勉強しなくても平気らしい。意外と頭がいいんだなと感心していたら──
「……半分は赤点だ」
「はいぃぃぃっ!?」
──全然平気じゃなかった。おバカだった。
「声でけぇよ……どうせ再試があんだから、そこだけ勉強しとけばいいだろ」
「でもそれで落ちたら留年ですよ!?」
「バーカ、留年なんかするわけねぇだろ」
「そ……そうなんですか?」
あっけらかんと言う様子に、俺はよっぽど自信があるのかと感心する。しかし、やっぱり違ったのだ。
「留年するぐらいなら辞める」
「……」
「めんどくせぇから……」
簡単に言ってくれるが、それまでの学費とか考えたことあるのかと、今度は俺の中のオカンが騒ぎ出す。
「……勉強しましょう」
「は?」
「俺が教えますから勉強しましょう!」
「はぁ?」
はぁ? じゃない! お母さんを心配させるんじゃありません。
渋る先輩に迫れば先輩の頬が少し赤くなった気がした。今更赤点が恥ずかしくなったのだろうか。
「……教えるって、二年の勉強をどうやってお前が教えるんだよ」
「少なくとも先輩よりはわかると思います」
「言うじゃねえか……」
前世での自分は高校を卒業していたはずだ。
その記憶もあるし、友達が居ない俺は勉強ぐらいしかすることが無かった。
だから自慢じゃないが、勉強はそこそこできる方だ。というよりそれしか取り柄がない。
「というわけで、日曜日に暇なら俺の部屋でしましょう」
「はぁ? めんどく──……お前の部屋で?」
「はい、俺の部屋は一人部屋なので」
「二人で?」
「はい」
「お前の部屋で?」
「はい」
「……お前の部屋で俺とお前だけなんだよな?」
「だからそうですよ?」
同じような質問を繰り返す先輩に俺はまた首を傾げる。復唱するほど重要なことだろうか。
「……行く」
「へ?」
「日曜だな。朝から行くから待ってろ」
「朝からですか? 別に昼からでも──」
「朝からだ。朝メシ持ってく」
「はぁ」
突然張り切りだした先輩に何事かと思うが、やる気を出してくれるのはいい事だ。
しかし朝ごはんまで持参するって、いったい何時に来るつもりなのか。自分から言い出した事なので文句はないけれど。
「あ、私服写真とって送れよ。見てやるから」
「えっ、いいんですか!?」
「あぁ」
何時に起きようかと考えていたら、先輩が今思いついたと言わんばかりに提案してきた。
それは俺にとっては願ってもない事だけれど、先輩の負担にならないだろうか。
そう先輩に伝えたが、先輩はそれでもかまわないと言ってくれたのでお言葉に甘えることにした。
この時はとてもありがたいと感謝したのだが、後日、後悔することになった。
* * *
土曜日になった。つまり夢乃や猫野と遊ぶ約束をした日だ。
待ち合わせ場所に向かうために、俺は疲れた様子で部屋を出る。
そう、俺はすでに疲れていた。それもこれも全て先輩のせいだ。
「何だったんだあの時間……」
ひとりボヤきたくなるのも仕方ないというものだ。
昨日俺は、先輩のせいで非常に無駄な時間と労力を費やしたのだから。
昨日、次の日に着ていく服を写真に撮って先輩に送った。
おかしくないかだけ教えてもらえれば良かったのだけど『着ている所を写真で送れ』と言われた。
言われた通りにしたら『顔が写ってない』と来て、また撮り直して送ったら、今度は他の服も着て写真を送るように言われて、何度も着替えて写真を送って、途中でショートパンツは無いのかと怒られ、しまいにはポージングまで指示されて──……気がつけば夜中だったのだ。
『もう眠いです』と送ったらやっと解放され眠りにつけたけれど、良く考えたら写真を送っただけで何もアドバイスをもらえてない。
何だったんだあの時間は……女豹のポーズって何だ。
そんな謎の時間のおかげでちょっと寝不足な俺は、あくびをしながらも待ち合わせ場所に着く。そこでは「ルイーっ!」と元気よく夢乃が手を振っていた。
まだ十分前なのにもう来ていたのかと駆け寄ろうとしたのだが──
「ルーイちゃん!」
「ぉわっ」
──後ろから猫野に抱きつかれそれは叶 わなかった。
相変わらずスキンシップが激しくて驚いてしまう。こっちは友達初心者なんだから手加減してほしい、この爽やかスポーツマンめ。
濃厚なスキンシップの反応に困っていたら、夢乃が引き剥 がしてくれたので安堵する。さすが主人公、頼りになる。
驚きにより眠気も吹っ飛んだところで俺は改めて二人を見た。
私服姿を初めて見たけれど、二人ともとてもおしゃれだ。まぁ二人が美形だから何でも似合ってるだけかもしれないが。
俺はジーパンと少し大きめのグレーのパーカー。去年成長を見越して母が買った物だ。成長の結果は、ご覧の通りである。
「ルイ、私服可愛いね!」
「おう、すっげぇ可愛い! 後で写真撮ろうぜ」
「ありがと……でも二人の方がかっこいいし可愛いよ?」
優しい二人は俺を褒めてくれたけれど、どう考えても夢乃と猫野の方がおしゃれ上級者だ。ファッション雑誌の表紙に居ても違和感はないと思う。
そんな二人のそばはちょっと気後れしてしまうが、ずっと「可愛い」と言ってくれるから少しだけ自信がついた。ただし「かっこいい」とは言ってもらえなかった。
「よーし、じゃあ行くか」
さっそく昼を食べようと猫野が言うので、俺たちは少し早いが店に向かう。
猫野が言うには早めに行かないと混んでしまうかららしい。
確かにあのチェーン店はいつも混んでるもんね、と思っていたのだけど、向かってる方向が予想していた向きとは違い首をかしげる。
駅の裏になんか行ったことがないけれど、そっちにも支店があるのだろうか。
「えっ、ここ?」
そして、辿り着いた場所に驚く。
知らない場所だから黙って付いて行く、と言うより猫野には肩を、夢乃には手を引かれながら行くと、なんだか凄くオシャレな店に着いてしまったのだ。
「ここハンバーガーがデカくてウマいんだ」
「僕は来るの初めてだけど、テレビに出てたことあるよね」
ハンバーガーと聞いて某有名チェーン店しか思い浮かばなかったから、こんなオシャレな店に来ることになるなんて想定外だ。
それでなくとも外食は緊張するのに、俺がこんな店に入るなんて場違いにも程があるのではないだろうか。
そう俺は躊躇 していたが、二人はお構いなしに世間話をしながら入ってしまった。もちろん俺の肩と手を引いたままだ。
「いらっしゃー……──」
あご髭 を生やしたオシャレなお兄さんは、俺の顔を見たとたん言葉を途切らせた。俺は心の中で盛大に謝罪する。
ごめんなさい俺みたいなやつがこんなオシャレな店に来て本当にごめんなさい。隅で目立たないようにするんで二人まで追い返さないでください!
固まったままのお兄さんと、脳内で土下座する俺。そんな様子など気にするでもなく、二人はカウンター席に向かう。
席は俺が二人に挟まれて真ん中に座った。仲良しの二人が隣同士じゃなくていいのだろうかと思ったが、もしかしたら俺が不慣れなのを察して二人が気を利かせてくれたのかもしれないと思い直す。優しいな。
二人の優しさに勝手に感動している間に、先程のお兄さんが注文を取りに来た。
俺が振り返ると目をそらされたけど、もう気にしないぞ。
せっかく二人が連れてきて座らせてくれたんだ。ここで落ち込んでたら楽しい休日が台無しになってしまう。
ただなるべくおとなしくして周りから見えないようにするから許してね。
「僕はこのセットとリンゴジュースで」
「俺はビッグバーガーセットとチキンフライとポテトサラダとコーラL!」
「えっと……俺はこっちのセットのウーロン茶で」
メニューがオシャレすぎて良くわからなかったから夢乃のマネをした。猫野のマネをしたらたぶん食べきれないだろうし。さすがスポーツマンだ。
来た料理は俺の知ってるハンバーガーじゃなかった。ハンバーガーがこんなに分厚くなるなんてフィクションだと思ってたよ。
かっこいいピックが刺さってるけど、これはフォークとナイフで食べるのだろうか? あ、猫野がかぶりついた。よしマネしよう。
ハンバーガーはちょっと食べにくかったけど美味しかった。
そして何より、一緒に付いてきたフライドポテトが美味しい!
ただの塩味じゃなくて……何味だろう? とにかくいろいろなスパイスを使っていて美味しいのだ。
「ルーイ、はいあーん」
「ん?」
ポテトの美味しさに感動していた俺の口元に、突然ポテトが差し出された。
反射的に咥 えてしまったが、これで正解なのだろうか。
「ルイこのポテト気に入ったんでしょ? 可愛い顔して食べてたもん」
「ん……うん、すごく美味しいねこれ」
夢乃から言われ、よっぽど顔に出ていたらしいと気づき恥ずかしくなる。
そんな恥ずかしさを笑って誤魔化してたら、今度は猫野からもポテトを差し出された。
「はいはいルイちゃん、次は俺ねー」
「え、んぐ……」
断る間もなく口に直接入れられて、しょうがないので咀嚼 する。
美味しいんだけど二人のポテトが無くなってしまう。そう言うと、猫野が苦笑いを浮かべた。
「大丈夫だ。なんか今日ポテトの量多いし……いつもはこんな多くないのに何でだろうなぁ」
苦笑いを浮かべたままの猫野が、チラリと後ろを覗き見る。その行動にピンときた。
なるほど、夢乃が居るからサービスされていたらしい。初対面の人まで魅了するなんてさすが主人公夢乃アリスだ。
猫野は気が気でない様子で、よっぽど夢乃が他人に狙われていることが気に入らないのだろう。
頑張れチエ、夢乃に現在想い人がいるのかは知らないけど、きっと今一番距離が近いのは君だと思うよ。
とはいえ誰を選ぶかは夢乃次第だし、俺は陰ながら見守るしかできないのでとりあえず美味しくポテトをいただいた。
「──えっ、姫……!?」
食事も終えて、三人で談笑していた時だった。
不意に聞こえた声に振り向くと、同年代ぐらいの青年が驚いたような顔でこちらを見ていた。
顔に見覚えは無いがおそらく学園の生徒だろう。夢乃を見て〝姫〟と呼んだのが何よりの証拠だ。
「あー……出るか」
「だね」
猫野が面倒だと言うような声を出し、夢乃も同意する。
あれかな、学園の生徒に見つかったら無駄に人が集まっちゃって面倒くさいとかかな? 人気者も大変だね。
心の中で二人に同情し、店を後にする。
会計時にお兄さんからショップカードを渡されたが、手書きされた英数字は何かのIDだろうか。
珍しい物をまじまじと見ていた俺の手から、スッと夢乃がショップカードを抜く。
「僕も店のカードもらおうとして忘れてたんだよね。これもらっちゃダメかな?」
「ううん、いいよ」
「ありがとルイ!」
花が咲くように笑う夢乃に、つられて俺の顔も緩む。
タダでもらった物でここまで喜んでくれるなんて夢乃は可愛いな。
ほんわかした空気の中で微笑み合っていたが、その笑顔の裏でショップカードがグシャリと握りつぶされていることを、俺は知らなかった。
「んじゃあ次はどこ行こっか?」
猫野の言葉に、ご飯を食べて解散ではないのだと知り嬉しくなった。どうせならもう少し楽しみたい。
「んー……ルイはどっか行きたい所ある?」
「俺? えぇっと……」
しかし、急に自分に話を振られたものだから困ってしまう。友達と遊んだことが無い俺が次の遊び場なんてわかるはずがないのだ。
「……二人はいつもどこに行ってるの?」
「そーだねー……僕は家でスマホいじってることが多いけど、時々服を見に行くよ」
「俺は部活してることがほとんどだな。部活がない日はたまにスポーツショップ覗いたり服買いに行ったり」
「服か……」
やっぱり自分で服を選んでいるらしい。未だに母が買ってくる服をそのまま着てる俺はダサいのかもしれない。
「じゃあさ、いつも二人が服を買ってる所に行ってもいいかな? 俺、自分で服買ったこと無いからどこで買ったらいいかわからないんだ」
俺の言葉に、二人は顔を見合わせた。つまらない提案だっただろうか。
そう不安になっていた俺だったが、俺に視線を戻した二人はとても楽しそうな笑顔になっていて……なぜだろう、別の意味で不安になったのは。
「よしじゃあルイの服を買いに行こう!」
「俺らが選んでやるからな!」
「え、あっ、え? うん……」
テンション高めな二人に若干引く。つまらない顔をされるよりはいいのだが、何でこんなにノリノリなんだろうか。
大型ショッピングモールに連れて行かれた俺は、嫌な予感ってのはたいがい当たるよね、と遠い目をする羽目になった。
「ルイちゃん! 次はこっち着てみ?」
「その次はこれね!」
「……」
俺はもう、抗議の声を上げる気力さえ残っていなかった。
猫野と夢乃が次々と持ってくる服に着替えることかれこれ……もう何回目か覚えていない。
最初はジャケットとかかっこいい服を選んでくれていたのだが、だんだん怪しい方向に向かっていって……今、猫野はフードに猫耳がついたパーカーを手に持っている。どこにあったそんなもん。
そして夢乃は……それレディースのコーナーから持って来なかった? そんな短パンより短すぎるパンツ、ホットパンツと言うのかな? それを俺にどうしろと。
度重なる試着に疲れ切っていた俺は、悟りの領域に入っていて何も言わずに二人から受け取る。一緒に着てしまえば一度に終えられるからだ。
猫野が選んだ猫耳パーカーと夢乃が選んだホットパンツを試着したら、パーカーは太ももまであるから下に何も履いていないように見える。
男の生足なんて見ていて楽しいものではなく、鏡を見ながら心に盛大な火傷を負った。
しかし二人はタイミングを見計らったかのように問答無用でカーテンを開け、言葉もなく俺を凝視してくるからたまったもんじゃない。
恥ずかしくていたたまれなくて、パーカーの裾を手で下に引っ張り少しでも足を隠そうとしたら二人から「ぐぅっ……!」と変な声が出てスマホで連写された。
買うでもなく試着だけ繰り返しているので店の迷惑になるんじゃ、と思っていたが、店員さんからもどんどん試着を勧められた。
何でも、二人が選んだ服がとても良く売れているらしい。
さすがというか何というか、もしかしたら二人が触った服が欲しいだけじゃないだろうか。
ほら、推しのアイドルが触ったティッシュが家宝になるみたいな。この二人ならあり得そうだ。
そして店員さんも何気に遠くから写真を撮っていて勘弁してほしいと思う。迷惑をかけてるから何も言えないけれど。
「ルイちゃん次はこれな!」
次に猫野が持ってきたのはニットの服だった。だが、なんだか形が変わってて着方がわからない。
夢乃は次の服を選びに行ってしまった。だからそこレディースだってば。
「チエ、これ着方がわからないんだけど……」
「あー、じゃあ俺が着せてやるよ」
そう言う猫野は強引に試着室に入ってきてしまって、狭い部屋に男二人が入るとかなり窮屈だ。
しかし着方がわからないんだから仕方ないかと思い、俺はなすがまま猫野に任せた。
ほとんど密着する形で背後から服を着せられていると──
「ひぅ……っ」
──と、つい変な声を上げてしまう。
不意に猫野の手が、俺の胸の突起に当たって驚いてしまったのだ。
「んー? どうしたのルイちゃん?」
背後から耳元で尋ねられ、何でもないと首を振る。
だって男の乳首を触っちゃったと知ったら猫野も気持ち悪いだろうし。
なのに猫野は、触れている物が服の装飾品だと思ったのか摘んだり引っ張ったりしてきたもんだから、俺は必死で声を殺す羽目となる。
それ服じゃないから早く気づいて! と思うが、なかなか動きが止まない。もう教えてしまおうかと考えたが、今口を開いたらまた変な声が出てしまいそうでふるふると堪えることしかできなかった。
「はぁっ……ルイ、そんなに震えてさ……気持ちいいんだ?」
「ふぁっ……や、そこっ、違……っ!」
いつの間にか腹部に腕を回されて、背後からぴったりと密着されていた。肩から背にかけて広く開いているニットの襟ぐりから手を入れられ、胸をまさぐられる。
もう何をされているのかもわからなくなってきて、おまけに耳元で感じる猫野の息遣いが荒くなっている気がしてなんだか怖い。
そんな時だった。首筋にぬるりとした感触が襲い「ひっ!」と身を縮めた。
と、同時に、凄い音がした。メコッというかミシッというか、派手ではないがとても痛そうな音だった。
驚いている間に背後から人肌が離れていることに気づく。
恐る恐る振り返れば、そこには怖い笑顔の夢乃が立っていた。笑顔なのに怖いと感じたのは初めてだ。
「ルイ、遅くなってごめんね。そろそろ別の店に行こうか」
「あ、はい……」
何かあったのか理解が追いつかず呆然 とする俺の視界には、額と鼻から血を垂らして倒れた猫野の姿があった。
そんな猫野を笑顔のままズルズルと引きずっていく夢乃。怖い。
そして壁がヘコんでるけど、これの弁償はいいのだろうか。
未だに遠くでカメラのシャッターを切っている店員さんに尋ねれば、かまわないと目を合わせないまま言われた。
その代わり振り返る後ろ姿の写真を撮らせてほしいと言われて要望に応えた。
この服は肩から背後にかけて開いてるから後ろ姿は恥ずかしいのだけど、壁壊しちゃったしね。
何に使うのか知らないけど、俺の写真なんかで良ければいくらでもどうぞ。
「ふぅ……疲れた」
私服に着替えた俺は、今度はゴスロリみたいな店にまで連れて行かれそうになった。
ロリータ服を着た店員さんの目がギラギラしていて怖くて、足を踏ん張りイヤイヤと首を振ったらさすがに二人とも諦めてくれたので安堵する。
これがどこかのヤンキーだったら絶対連れて行かれてただろう。
ちなみに猫野はもう復活している。スポーツマンって丈夫なんだな。
その後はゲームセンターに行ってプリクラを撮った。もちろん俺は初めてのプリクラだ。
どんなポーズをしたらいいのかわからなくてピースだけしてたけど、二人からいろいろポーズを指定され、最後は女豹のポーズ(と俺は呼んでる)を三人でした。はやってるのかなこの招き猫みたいなポーズ。
ついでにゲームも教えてもらって、下手すぎて最低得点だったけど凄く楽しくて、時間はあっという間に過ぎる。
夕方になってやっと、寮で解散になった。
「またねルイ!」
「次も絶対一緒に遊ぼうな!」
二人の明るい声が俺の姿が見えなくなるまで見送ってくれる。
楽しくて嬉しくて、だからなおさら、一人になるとすぐさま寂しさが込み上がってきた。だって本当に楽しかったんだ。
「わっ」
そんな寂しさでしょんぼりしていた時だった。スマホの通知音が鳴り響き、俺は驚きで声を上げてしまう。
慌ててスマホの画面を見ると、そこにはさらに驚く光景が飛び込んできた。
「……っ!」
夢乃がグループトークを作ってくれたのだ。
そのプロフィール画像は今日撮ったプリクラ画像で、なんとも言えない喜びが心を満たした。
楽しかったな、また行きたいと思えるほどに。試着はもうしたくないけど。
ベッドに寝っ転がると、二人からさっそく今日撮った写真が送られてきた。
三人でハンバーガーにかぶりついてる写真や、ゲームセンターで銃型のコントローラーを構えてる写真があの時の楽しかった時間を思い出させてくれた。
しかし試着の写真まで大量に送られてきて、いたたまれない思いがぶり返すからもう止めてくれと訴えた。
一通りのやり取りが終わったら、紙袋を手元に引き寄せる。これは二人が僕に買ってくれた物だ。
まさかこんな物を貰えるなんて思ってなくて、俺は何も用意してないから焦ったけど、自分たちがルイにあげたかっただけだから気にしないでと言われた。
友達から誕生プレゼントすら貰ったことがない俺は感動しすぎて泣きそうになった。
友達ができて、休日に遊んで、プレゼントまで貰って、学園に入学してから夢のような体験ばかりだ。
そんな浮かれた気持ちのまま水色の紙袋を開けると、ルームウェアが入っていた。
優しいパステルカラーのふわふわと肌触りのいいルームウェア。
下は太もも半分までのショートパンツで、上はパーカーでフードには耳が……
「……なぜ?」
なぜショートパンツ、なぜフードに耳、てかコレ、女の子用だと思うのだけど。
試験が終わったら部屋に遊びに行っていいかと言われたが、その時これを着ていないといけないのだろうか。
友達付き合いって難しいんだなと思いながら、俺は耳だけでも取れないかと悩むのだった。
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