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第四話「ラッキーカラーはピンク」
大雪のせいで、学校が臨時休校になってしまった。残り少ない貴重な高校生活が、一日潰れてしまう。
高校一年の夏以降、たくさんの時間があったのに。
軽音楽部に入ったり、クラスの陽キャに混ざって遊びにいったり、柄でもないことに力を注ぎ、何かを必死に忘れようとしていた高校生活だった。
それでもタコミンの占いのお陰で、カズミチと再び付き合うための一歩目を踏み出したのだ。
卒業式までの残り九日を、とにかく有効に使わなくてはならない。
学校が休みでも、わざわざ早くに起きて朝の情報番組をチェックした。
タコミンは『ラッキーカラーはオリーブ色。ラッキーファッションはパジャマ』だと言っている。
母親の趣味で白に統一された我が家には、オリーブ色なんて存在しない。ジャージとTシャツで眠る俺は、パジャマだって持っていない。
そもそも今どき、パジャマを着て寝る男子高校生なんていないだろ。そう思ったが、カズミチはちゃんとパジャマを着て、寝ているかもしれない。上までしっかりとボタンを留めたその姿が上手く想像でき、微笑ましく思った。しかし直後に昨日のことを思い出し、気分は奈落の底へと落ちてゆく。
結局俺は、オリーブ色もパジャマも無視して、二度寝を始めた。
だって、昨日は『ラッキーカラーは黄色。ラッキーナンバーは3』に踊らされ、黄色い電車の三号車に乗ったのに、結果カズミチを傷つけてしまったから。
タコミンの占いを信じたばっかりに、カズミチは学校を休む羽目になった。アキラによると、怪我をして捻挫したらしい。
どういう状況で怪我をしたのか分からないが、原因の全ては、タコミンの占い……ではなく俺にある。
心配で仕方がないが、今はアキラからの続報を待つのみだ。
高一の夏、俺のスマホにあったカズミチの情報は、全て消去してしまった。アキラに訊けば、メッセージアプリのIDを教えてくれるだろう。
けれど『カズミチとの関係を修復する気はあるのか?無いのなら、俺がカズミチに告白するぞ』というメッセージを先日もらった手前、躊躇ってしまう。アキラの真意が不明のままだから。
ベッドの中で昨日の出来事を反芻する。
カズミチが電車を駆け降りたあと、俺の友達たちはのんきに「どうしたんだろ?トイレかな」と笑っていた。俺はカズミチを追うべきか、揶揄った三人に反論するべきか迷ってしまい、判断が遅れた。
結果、反論するほうを選択したにも関わらず、その場は「放課後カラオケ行かない?」という話題に移り変わっていた。
俺は彼らに何を言うつもりだったのだろう?
俺とカズミチの仲を疑われたことを怒ろうとしたのか、俺がカズミチを好きで何がおかしいと怒ろうとしたのか。
後者であることを願いたいが、あの雰囲気の中、ちゃんと言えるか自信がない。まだまだ覚悟が足りない自分が情けない。
掛け布団を被り、無理やり眠りにつこうと、固く目をつぶる。カーテンを閉めた七階のマンションの部屋では、雪の降り積もる気配を感じることは少しもできなかった。
僕は夢を見ている。これが夢だと分かっている。だってカズミチが、隣を歩いてくれているから。
カズミチも俺も、浴衣を着ている。
河川敷に向かって歩く道はとても混んでいるが、日が暮れて誰もかれもが浮足立つ雰囲気に、俺たちも浮かれている。
ドーン。
一発目の花火が打ちあがる。カズミチが真上を見上げ「きれい……」と呟いた。
カズミチは感性が豊かで、道に咲く花、電線に止まる鳥、雲の形までが、彼の感嘆の対象となる。俺は常にカズミチの感想をきいて、その美しさを知ることとなる。
花火は確かに綺麗だった。でもそれ以上に、浴衣姿で花火に夢中になるカズミチのほうが、俺には魅力的だった。
さっと手を繋ぎ「もっと綺麗に見えるところ、知ってるから」と二人で走る。神社の階段を駆け上れば、花火との距離が少し近くなったように感じた。
神社の境内はそれなりに混んでいたが、皆が空を見上げている。だから俺は、花火が連発するクライマックスでカズミチにキスを仕掛ける。
驚いた顔をしながらも、カズミチは受け入れてくれた。照れた顔が目を閉じて、俺の背中に手を回す。俺は更に深くカズミチを好きになる。
突然、夏休み直前の学校に場面が切り替わる。
廊下でカズミチが涙を流していた。実際俺は、その場所に居なかったのに、夢はちゃんと見ろと言ってくる。
花火大会の前に「マサムネくん、一緒に花火行こう」と誘ってきた女子がリーダーとなって、数名でカズミチを取り囲んでいた。
花火大会で俺とカズミチが一緒にいるところを見た人間が、いたらしい。
「アンタさ、マサムネくんに何したの?男が男に色気振りまいて気色悪いんだけど」
「マサムネくんにゲイが移ったらどうするの?」
「なんか雰囲気がイヤらしいよね、そうやってマサムネくんを誘惑したんでしょ?」
「手を繋いでたんだってね。エロいキスもしてたって噂だよ」
「ゲイはゲイと付き合いなよ」
アキラが現れて、女子たちを追い払う。泣き続けるカズミチの背中を擦ってやるアキラ。
ようやく涙が止まった頃、その場に俺が登場する。
状況を聞いた俺は、狼狽えている。
「ごめんね、ごめんね」
カズミチは俺に何度も謝った。
俺はそれまで自分を「ゲイ」だと思ったことはなかった。俺にそういう言葉を投げかけてくる人が居なかったから。
だから、怯んだのだ。
「カズミチ、もう一緒にいるのはやめよう。俺たち、付き合っていなかったことにしよう」
俺はカズミチが「女子に責められないように」とまるで彼を思ったようなふりをして、その日から彼を拒絶するようになった。
ただ、俺の対応は功を奏す。人の噂も七十五日。秋には誰も俺たちが付き合っていたなんて、噂する人は居なくなった。
目が覚めたとき、自分の対応が、あまりにも子ども染みていたことに呆れ、涙が止まらなかった。膝を抱え、ベッド上で嗚咽を漏らす。
母が長期出張中でよかったと思った。
—
「二月二十一日金曜日、朝の占いだタコ。今日の第一位は……」
(いい順位でありますように)
思わず、タコミンを拝みそうになる。
昨日はラッキーカラーやラッキーファッションを無視したせいで、悪い夢を見た可能性がある。
そんなことで、再びタコミンを信じる気になっている自分が滑稽だが、占いに縋りたいほど残された時間は短い。
「五位の山羊座さんは、知りたい情報をゲットできるかも!ラッキーカラーはピンク。ラッキーフードはたい焼き。応援してるタコ」
(ピンクか。縁のない色だ……)
それでも俺は、今日中にカズミチのメッセージアプリIDをゲットしようと意気込みながら、登校の支度をした。
学校の最寄り駅で降りたとき、アキラに付き添われ歩いているカズミチが見えた。カズミチは、痛々しく右足を引きずっている。
昨日降った雪が凍り、道路は滑りやすい。アキラが付き添ってくれるだけで、随分と安心できるだろう。
「おはよう」
正門に近づいたところで、背後から声をかけると、何やら話し込んでいた二人が一斉に振り向いた。
「マ、マサムネくん、お、おはよう」
「よぉ、マサムネ。ちょうどよかった。俺、担任に呼ばれてて職員室行かないといけないんだわ。カズミチのサポート変わってくれるか?」
アキラが気を使ってくれたことが、分かる。
「あぁ、もちろん」
アキラはカズミチに笑顔で手を振り、走って先に行ってしまう。
小さな声でカズミチが言う。
「一人で歩けるから、心配はいらないんだ。でももし、もし転びそうになったとき掴まれるように、横を歩いてくれると、助かる……」
「分かった」
凍った雪で滑らないよう一歩一歩集中して歩くカズミチとは、会話がなかったけれど、二人で並んで歩くことができた。
玄関ロビーの手前で「ここまでで大丈夫。ありがとう」と、有無を言わせぬ口調で告げられた。
「そうか、分かった。あのさ、帰りも俺に送らせてくれないか?」
「でも……」
「待ってるから、ここで。それでたい焼きでも食べて帰ろうぜ」
「たい焼き!」
俺の記憶では、カズミチがたい焼きを好きだという記憶はない。それでも妙に喜んでくれた。
たい焼き一つで、一緒に帰ることをOKしてもらえたのだから、タコミン様様である。
帰りは玄関ロビーで待っていたが、人の目がある場所だと、カズミチの緊張があからさまに増すのが手に取るように分かった。だから、数歩後ろをさり気なく歩くことにした。
万が一、転びそうになったらすぐにサポートできるよう、気を配りながら後ろをついていく。
雪は朝よりも溶けて、べちゃべちゃだけど、滑りにくくはなっていた。
俺と一緒にいるからって、もうそんなに人目を気にしなくていいんだよ。もうそんなに緊張しなくていいんだよ。
そう言ってやりたいが、カズミチは俺のためにずっと、気を使って距離を取って高校生活を送ってくれていたのだ。今更、簡単に断って済む話ではないだろう。
駅が近づいたところでカズミチを、北口の彼のお気に入りのベンチへと誘う。
コクリと頷いて了承してくれたカズミチと公園へ行くと、ベンチは頭上の樹々から落ちてきた雪のせいで濡れていた。
俺はカバンから取り出したピンク色のレジャーシートを広げて「どうぞ」と恭しく誘導する。
用意のいい俺に驚いたような顔をしながらも、カズミチは座ってくれた。
家にあった唯一のピンク色が、母が何かの景品でもらったコレだったが、持参してきてよかった。
人の気配の少ない公園では、カズミチの肩の力も少し抜けるようだ。
「あのさ、俺、たい焼き買ってくるから、ここで待ってて。でさ、もし何か不測の事態があってはぐれたときのために、メッセージアプリのID教えてくれる?」
「知ってるはずでしょ?」なんて言わないでくれた。
「うん。わかった」
そう言って、俺宛てにピコンとメッセージを送信してくれる。
カズミチは俺の情報を消さずに、残してくれていたのだ。
彼が送ってくれた犬のイラストのスタンプを眺め、うれしくなる。
「すぐに戻るから」
そう伝え、思わずカズミチの頭を撫でるようにポンポンした。
何もかも再び上手く行くのではないか、そんな気分で俺はたい焼き屋の長い行列に並んだ。
ピコン。
あと一人で俺の順番というとき、再びカズミチからメッセージが届く。
『ごめんね。やっぱり先に帰るよ。レジャーシートは来週返します。僕はもう充分だから。ありがとう』
「お客さん、ご注文は?あんことクリームがあるけど、どっち?」
俺は呆然として、注文をせずに行列から離れた。
二年半という年月を、そう簡単に修復できるわけがなかったのかもしれない。
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